第3話 聖女を作ろう(精霊5年)
レースの話を聞いた結果、『都合のいい文明』を造るために俺が導き出した答えは、「精霊システム」「ダンジョン」の導入だった。精霊システムで人間の行動を誘導し、ダンジョンによって資源をコントロールする。
ファンタジーにありがちな要素、精霊とダンジョンがこの世界にはなかったのだ。
では、精霊システムとは何か?
簡単にいうと、神様が奇跡を起こすサービスだ。善行をなすことで信仰を神(俺)に捧げ、魔力を生贄に俺が力を貸してやる。要するに、継続的な信仰と生贄によって神に奇跡を起こしてもらうのだ。その奇跡を『精霊魔法』として演出する。
なんでこんな面倒なことをやっているかというと、神の世界干渉には制限があるからだ。特に、直接干渉することはほとんどできない。
「だから、従属神を創造して、世界を直接統治してもらおうとしたんだな」
「ええ、そうよ。彼らが暴走して失敗になったけれどね。けれども、人類一人ひとりに精霊と名付けた分身を派遣して、間接的に影響を与えるなんて、すごいわ。同調している自分同士なら諍いが起きようもないものね。奇跡に必要な信仰と生贄の問題も解決できているし」
神様にとって、信仰と生贄は契約の対価である。代償を払った人間には、奇跡を願う権利がある。だから、精霊に扮して精霊魔法という奇跡を起こすのだ。
精霊は6種類造った。土のノーム、火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、光のアウラ、闇のシェイド。姿も使える魔法も違う設定だが、全部俺の分身体である。分身体と本体は意識を統一してあるので、内輪もめは起きない。これはとある忍者漫画を参考にしたものだ。
人類すべてに派遣するといっても、全員と契約できるわけではない。一定の信仰心が必要になる。勇者たちが精霊魔法で大活躍することで、精霊信仰を広めることが、当面の目標である。
「そう、全は一、一は全だ。神だからな。人間たちには、『善行を積むことで精霊と契約でき、精霊魔法の威力も上がる』といっているが、強ち間違いじゃない。善意は信仰を強くするからな」
「精霊と契約すると魔法が使えなくなるのは、魔力を生贄にしているからね。魔力が大きい魔法使いほど、奇跡――精霊魔法が強くなるなんて、皮肉よね」
「そうだな。だが、信仰の方が効率よく精霊魔法を強化できるから、一般人でも希望はある。信仰が強くなれば、精霊と意思相通が出来るときいて、目の色を変えて『よいこと』をしようとしている。何が『よいこと』なのかは、俺の主観的な判断だから、うまく操ってやるさ」
「神とは強い信仰心がないとやりとりができないもの。私たちにとって『都合のいい善人』が増えれば、世界は安定するだろうしね」
「事実、神である精霊との結びつきが強くなれば、強力な精霊魔法が使えるようになるし、精霊使い側からの魔法の細かい制御も可能になる。呪文をキーワードにして精霊魔法を発動させているが、意思疎通ができなければ、威力などの調整ができないからね」
土魔法によって、食料生産
火属性によって、軍事力
水魔法によって、生活水と医療
風魔法によって、移動と通信
光魔法によって、頭脳労働
闇魔法によって、裏稼業
無魔法によって、既存の魔法の強化
他にもいろいろあるが、俺が奇跡を起こして人間に恩恵をもたらす予定の主要な項目だけでもこれだけある。
姿かたちは違えど精霊は全部俺なのだから、力に差はない。ぶっちゃけサラマンダーでも水魔法を使うことができる。火魔法も水魔法も同じ俺が行使する奇跡だからだ。たくさん種類をつくったのは、すみ分けをさせる意味もあるが、半ば趣味である。レースには呆れられたけれどね。
たとえば、土魔法を突然弱体化させれば、人類は飢餓にあえぐことになるだろう。
人口は食料生産量に大きく依存する。土魔法によって、人口問題をうまくコントロールできるはずだ。
火魔法がなければ、人間は魔物に対抗できない。水魔法は生活用水と医療という生命線を握っている。風は物流と情報インフラになっている。光魔法は思考力向上に効果があり、知識労働者に欠かせない。闇魔法は、諜報などの裏仕事に使われる――――予定だ。
人間のさまざまな営みに、俺が介入することで、文明の主導権を握る。これが精霊システムの根幹であり、いつか人類は俺によって裏から支配されるだろう。
ダンジョンについては、まだ未実装だ。精霊が十分に浸透してから稼働させるとしよう、
もちろん、最初は試行錯誤だ。
よし――黎明期の開拓村は順調、精霊システムも順調。思惑通りに精霊魔法に依存しつつある。ノーム、サラマンダーと契約してきたから、次はウィンディーネにしよう。
ん? ちょうど疫病が広がっている……ここはドラマティックな演出をしてやろうじゃないか。誰と契約するかは、俺の選び放題。作為的に誰といつ契約をするか決められるのだ。
そうだ、俺の手で、聖女を作ってやろう。
◆
【 精霊歴5年 】
「エリザベート様、どうかご無理をなさらないでください」
「大丈夫よ、セバスチャン。それと、私はエリーよ」
「いえ、私にとっては、姫様でありエリザベート様なのです。この線引きを決して超えることはありません」
セバスチャンも頑固よね。けれども、彼のおかげで、今の私たちの生活はある。幼いころから侍従として仕えてくれた彼にも報いたい。
一方的に奉仕されて当然だと思っていた以前の私からは、想像もつかないわね。
私は、エリザベート・フィル=アッハ・アストラハン。名前の通りアストラハン統一帝国の第三王女です。
いえ、『元』王女ですね。それに、帝国は内乱でその命を終わらせようとしていますし。アストラハン王家の一員ではなく、エリー・スズキとして生きていくのです。
やはり、昔の私では、考えられないでしょう。
今となってはお恥ずかしい限りですが、私は絵に描いたような典型的な悪の王女した。ささいなことで侍従を責めちらかし、平民や亜人から搾取するのは当たり前の権利だと思っていました。
けれども、勇者様――タロウ様との運命の出会いが私を変えたのです。召喚されたとき、最初に抱いた感想は、なんと凡庸な人間だろう、でした。色気も何にもない出会いでしたが、第三王女で何の期待もせれていない私は、タロウ様の教育係を命じられました。
地球と呼ばれる異世界とこのリ=アースの常識はかけ離れていましたから。
タロウ様の国には、貴族も奴隷もいないと聞いたときは、耳を疑いました。そんな国はあるのか、と。そして、この国の現状にタロウ様が憤慨していても、その理由がわかりませんでした。
でも、お互いに知識を交換しあう中で、タロウ様の思想にだんだんと傾倒していきました。その優しいお心に触れて、かたくなだった私の心は変わったのです。強くて優しくてかっこいい。惚れないわけがありません。なぜか容姿をほめると、皆さん微妙な顔をしますが。
タロウ様が魔王を退治したと聞いたときは、本当にうれしかった。
父からも、タロウ様を引き留めるために、私と婚姻するように言い含められていましたから。
事態が急変したのは、タロウ様が帝都ベルカンティナに凱旋したときのことでした。
あろうことか、父は、魔王と戦った勇者様のパーティ―メンバーを殺そうとしてしまったのです。
彼らが亜人だからという理由だけで。亜人の英雄などいらなかったのでしょう。当然、タロウ様は激怒されて、自由と平等を得るために解放軍をつくられたのです。私も参加し、タロウ様の支えとなるよう努力しました。
矛盾だらけの帝国は、内戦状態となり、多くの平民と奴隷たちが解放されました。ここまでは、良かったんです。しかし、帝国が強引に支配したつけでしょう。あちこちで紛争が起こり、ひとつにまとまることができなくなりました。
階級闘争や種族間紛争が頻発し、タロウ様でさえ抑えることができませんでした。
失意のうちに流れ着いたのが、この東方フロンティアです。生きていくために毎日重労働な日々ですが、とても充実しています。
勇者様を慕って、種族を超えて多くの人たちが手を取り合って住んでいます、
それに、何の見返りもないのに、私についてきてくださった城の皆さんには、感謝してもしたりません。
困難な開拓事業でしたが、あるとき状況が一変しました。精霊魔法です。
食料問題は、土の精霊魔法でなんとか解決できました。魔物との戦いは、火の精霊魔法で状況が好転しています。
徐々に、精霊使いが増えてきています。そして、なんと私が、初めて水の精霊と契約しました。その利便性には驚くばかりです。
戦闘魔法は、氷の槍と氷の壁があります。戦いの訓練などしたことのない私でも、戦闘でお役に立てました。
最大の特徴は、治癒魔法です。怪我であろうが、病気であろうが治してしまうのです。宮廷医よりも優秀かもしれません。
生活水の心配もなくなりましたし、水属性で水を張りと火属性によって温めることで、気軽にお風呂に入れるようになりました。タロウ様が一番喜んでくださいました。うれしいです。順風満帆に見えました、けれども――――。
「受け入れましょう」
「エリィ、本当にいいの?」
「えぇ、苦しむ人々を一人でも多く救いたいのです」
「エリザベート様……」
謎の疫病が流行ったのです。幸い私の水精霊魔法によって治療可能でしたから、開拓村に犠牲者は出ていません。
けれども、旧帝国領ではだめだったようです。ここ開拓村に来れば、病が治る。そう信じて、続々と難民が押し寄せてきたのです。
水精霊と契約したのは、いまのところ私一人だけ。目が回るような忙しさです。
日に日にやつれていく私をみたタロウ様は、苦渋の表情で、難民を押し返そうかと尋ねてきました。それでは、いけないのです。この地を自由と平等と平和に包まれた安住の地にするために、ここは踏ん張りどころなのです。セバスチャンもそれがわかっているのか、止めることはしませんでした。
「わかった。エリィの意志を尊重するよ。けれども、無理だけはしないでくれ」
「もちろんですわ。それに、手の空いた皆さんが手伝ってくださって、だいぶ楽をさせてもらっていますもの」
『もう少しで、水精霊と契約できるものが現れるでしょう。心配しなくて大丈夫ですよ』
「そうか、ウンディーネが水精霊と契約できる人間がもすうぐ現れるってさ」
「よかった……」
これでもっとたくさんの人を救うことができる。ウンディーネ様のお姿がみえないのが残念です。タロウ様曰く涼しげな美女だそうです。
好みのタイプのようで、少し嫉妬してしまいそうです。
いまのところ、精霊の姿が見え、会話可能なのは、タロウ様ただお一人。タロウ様だけが特別なのかとも思いましたが、私たちでも善行を積めば、見ることも話すこともできるそうです。お会いできる日が楽しみです。
勇者と精霊の存在で、きっと世界が変わる。私は、そう願うのでした。
◆
【 誰でもわかる精霊魔法 著アウレリア精霊学校教育出版部 】
土属性の精霊は、ノームです。
がっしりとした体格をした頑固者のお爺さんの姿をしています。
ノームは、農耕、牧畜、土木といった我々の生活の様々な局面で力を発揮します。
衣食住に欠かせない土魔法は、なくてはならない魔法です。
主要な魔法を記します。
・アース・シェイク
土を耕します
・グロウ・プラント
植物の生長を促進します
・クリエイト・ゴーレム
土人形をつくり、使役します
火属性の精霊は、サラマンダーです。
燃え盛る髪を逆立てた筋骨隆々の青年の姿をしています。
サラマンダーは、武の象徴であり、戦う力を与えます。
契約するだけで、暑さ寒さに強く身体能力が上がることで知られています。
魔物の脅威にさらされている人類に、サラマンダーの力は光明を与えました。
前に触れましたように、精霊魔法の特徴として、呪文の詠唱さえできれば、誰でも行使可能だという利点があります。
特別な訓練をしなくても、火精霊使いは、即戦力たり得るのです。
主要な魔法を記します。
・ファイアウォール
炎の壁を作ります
・ファイアボール
炎の玉を発射します
・パワーアップ
身体能力を向上させます
水属性の精霊は、ウンディーネです。
ウンディーネは、癒しの精霊であり、衛生医療の向上を果たしました。
青くたなびく水の長髪に、目をつむり優し気に微笑む美女の姿をしています。
ある統計では、精霊魔法以前の平均寿命は50年足らずだったのに対し、ウンディーネによる医療体制が整備された後は、100歳以上にまで伸びたという衝撃的な結果を報告しています。
たとえ医療知識がなくても、精霊が怪我や病気を治療するため、致命傷も不治の病も治療できてしまうのです。
たとえば、精神の病から痴呆やがんといった難病まで治してしまいます。
高度な医療知識を必要とする既存の医者や治癒魔法使い(法術師)との大きな相違点でしょう。
とはいえ、大病を癒すには、医学知識も必要であり、高度な技術が要求されることも事実です。
主要な魔法を記します。
・ヒール
怪我を治します
・エイド
病気を治します
・プチウォーター
水を生成します
【 白死病が開拓村黎明期に与えた影響 著パミラ・シルバーマン 】
勇者による東方植民が本格化し始めたとき、謎の疫病が流行った。
それは、肌に白い斑点ができたのち死亡することから、白死病と呼ばれた。
原因不明の病によって、多くの人間が命を落とした。とりわけ劣悪な衛生状態に置かれた旧帝国の奴隷たちにとって、まさに死神だった。
特筆すべきは、魔法が役に立たなかったことである。一部の優れた治癒魔法使いは、疫病を治すことができたが、到底人手が足りない。
その最中、東方フロンティアに行けば、病気が治るという噂がまことしやかに流れた。
事実、水の精霊魔法によって、白死病は完治することができた。
それを受けた人々は、続々と東方を目指した。折しも食糧難も併発していたことも、拍車をかけた。
精霊使いの増加に支えられた開拓村は、豊かな食料と軍事力、医療技術を持ちつつあった。
そこに人口流入が加わることで、爆発的な発展を遂げた。その一方で、帝国は国力を低下させた。黎明期に帝国の侵略を防いだ影の功労者は、白死病といってもいいかもしれない。
かつての『忘れ去られた大地』は『希望の大地』へと変貌した。疫病という災厄が、開拓村初期の発展に多大な影響を与えた点は、歴史の皮肉といえよう。
白死病発生後に、名もなき開拓村は、「精霊の隠れ里」と名を変え更なる発展を遂げるのである。
また、このときの聖女エリー・スズキの目覚ましい活躍を忘れてはならない。彼女がいなければ、精霊の隠れ里が成立することはなかったであろう。勇者の陰に隠れがちだが、聖女の功績もそれに劣らないものである。
なお、現代では、白死病はねずみを媒介として感染したことがわかっており、猛威を振るうことはなくなった。
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