第2話 土属性に栄光を!(精霊歴3年)

 勇者の村の周囲には、すくすくと育った畑が広がっている。

 不毛の大地と呼ばれたフロンティアは、いま緑広がる大地へと変貌しつつあった。


「自画自賛かしら?」


 そう、レースの言う通り土精霊(中身俺)が頑張ったおかげである。土の精霊使いとなった勇者は、精霊魔法をつかって食料問題を解決していた。

 なお、分身体と本体はつながっていてるが、反乱の心配はない。全部 "俺" なのだから。不思議ではあるがレースに、神様だからね、と流された。


「アース・シェイクとグロウ・プラントが大活躍ね」

「楽に土を耕すことができて、作物の成長を促進する。チートだよね」

「ここまでくると奇跡のバーゲンセールよ」


 村では "精霊魔法" として認識されつつあるが、要するに人の魔力と信仰をもらった精霊(偽)が、奇跡の代行サービスを行っているだけである。だから、本来詠唱も必要ないのだが、かっこいいので俺とレースでつくった。


「"僕の考えた最強の詠唱" を真剣な顔をして詠唱する人たちをみていると、なんか恥ずかしいよな」

「そうよね。うかつだったわ」


 神様でも中二病になるらしい。


 とはいえ、精霊魔法は好意的に受け入れられているようだ。まだ精霊システムの本格稼働は先だが、勇者たちを利用してサービス品質を上げていこう。


「精霊システムが広がったらさぞ素敵な世界になるでしょうね」

「まだまだこれからだけれどな」

「ヤトなら大丈夫よ。だってノームがこんなに受け入れられているんだもの。なんたって、魔法と違って悪用できないもんね!」


 精霊魔法にはいくつか設定がある。その柱として『悪人は精霊と契約できない』というルールを作った。

 善行を積んだものだけが精霊と契約し、精霊魔法という超常の力を手に入れることができる。そんなうたい文句にしてあった。


 善悪の判断は、俺とレースの主観だけどな!


 ここがみそで、たとえ善人であろうと銃や爆弾、化学兵器を作られたらどうなるか。リ=アースも地球もろくでもない結果になったのは確かだ。

 だから、俺たち神にとって邪魔な人間を、即悪人扱いにして、精霊使いに討伐させるのである。


 しかし、神は万能ではない。信仰心の高い聖人でなければ、神は地上の声を聞き入れることができないのだ。

 レースは最高位の創造神だが、信仰は廃れ地上の声を聞くことができない。そこで、精霊がまた生きてくる。


 俺の分身体である精霊が世界中に広まることで、一種の監視装置になるのだ。

 いまは信仰心が低くて、勇者一人にひっつくことしかできないが、いずれ大量増殖した暁には、世界中の人間を精霊が監視するようにしたい。ビックボスもびっくりな監視社会の到来だな。


「でもまだ契約したのは勇者一人なのよね」

「ああ、次はノームだけでなくサラマンダーとして契約したいな」

「ノームはわかるけれどなんでサラマンダーなの?」

「村の防衛力を高めるためさ。勇者パーティーと元軍人だけじゃあフロンティアでは生きていけないからな」


 フロンティアは不毛の大地であるが、それだけではない。魔物も強いのだ。だからこそ、人類は長年入植しなかったのである。


 ノームの次は、魔物対策だな。樹海の魔物は強い。一般人では相手にならないから、勇者パーティーに負担がかかっている。

 このままでは、やがて武力による支配がはじまるだろう。それはいけない。帝国と同じ末路をたどることになる。みんなで国を守る共同体意識の醸成が急務だ。


 俺が戦う力を与えてやる。英雄を量産するのだ。


 サラマンダーは火を司る精霊で、攻撃に優れた精霊魔法が使えるようになる、という設定。その姿は筋骨隆々の大男である。現実世界の俺をモデルにしたんだ、といったらレースにかわいそうなものを見る目をされた。

 おじいさんノームとおっさんサラマンダーと男が続くが、精霊としての演技を学ぶためという理由もある。


 実は精霊は女性の姿も考えてある。レースに変態を見る目をされたが、ちゃんと理由はあるんだ。信仰する精霊の姿が男ばかりだとどうなるか。


「ひょっとして、男尊女卑になるのを恐れているの?」

「その通り。うまくいくかはわからんが、男ばかりが偉ぶる世界よりはいいだろうよ」

「じゃあ頑張ってシルフやウンディーネの練習をしないとね! 私が指導してあげるわ!」


 レースがはりきっていた。どんな姿でも分身体を操るのは俺なのだから、演技力は大事だ。


「精霊も好意的に受け入れられたみたいだし、もう一度ノームとサラマンダーになって契約してくるから、補助を頼む!」

「まかせなさい。奇跡の扱いは私のほうが上だからね。勇者の魔力と信仰でだいぶ力が戻ったしね」


 そして、うまく精霊使いを増やすことができた。

 飲めや歌えやの宴会を開いている村の人たちがみえる。喜んでもらえて嬉しいな。こっちは、裏で操ってやる気満々だけれど。


「あれ? なんか変よ」


 レースに言われてウォッチした勇者が慌てている先には、魔物に襲撃されている村があった。


「あ、やば。急いで契約してくる!」




【精霊歴3年】


 広大な麦畑が眼前に広がっています。これがあの不毛の大地だったとは誰も思わないでしょうね。

 

 東方フロンティアに来て3年余り。当初は食料にすら事欠きましたが、ノームの力で劇的に解決しました。

 ただ、いまだ精霊使いはタロウ様ただおひとり。このセバスチャン・フィル・ハーベン、負担をおかけして申し訳ない限りです。


「セバスチャンは心配性ね」

「エリザベート様」


 エリザベート様に窘められました。勇者タロウ・スズキとの出会いが、エリザベート様を劇的に変えました。

 この老骨は、幼少のみぎりよりお傍にお仕えしてきました。 


 エリザベート様は優しいお心の持ち主でした。けれども、王族として宮廷闘争を生き抜く中で、徐々に変貌してしまわれました。

 私や使用人にきつくあたるようになり、いつも不機嫌そうなお顔でした。

 

 その彼女を変えたのが、タロウ様です。帝国によって無理矢理召喚されたにもかかわらず魔王と戦い勝利に貢献しました。勇者をつなぎ留めるエサとしてエリザベード様はあてがわれました。

 

 最初は反発していたものの、次第にタロウ様のお心にひかれていき、遂にはタロウ様と共に帝国に反旗を翻すまでになりました。私目も、影でお支えしてきましたが、混沌とする情勢の中、政争に疲れ果てたタロウ様とエリザベート様は、ここ東方フロンティアへと落ち延びられたのです。


「しかし、これだけの精霊魔法をお使いになっても大丈夫なのですか?」

「ははは、エリーのいう通り心配性だね。精霊魔法は精霊にお願いして精霊に力を行使してもらうから、俺が疲れることはないんだよ。もちろん、精霊が疲れてしまえば精霊魔法は使えないけれどね」


 そうだよなノーム。と、虚空に向かってタロウ様が話しかけられています。契約なされた土の精霊ノームは、がっしりとした体格の背の低い老人だそうです。どことなくドワーフのようですね。

 

 精霊は自分と波長の合う善良な人間でないと見ることも話すこともできないそうです。タロウ様から伝え聞くに、私にも素質があるそうです。いまは精霊が生まれて間もないため、これから徐々に精霊の数が増えていくだろうとのことでした。


 そう精霊です。


 私の知る限り精霊とはおとぎ話の存在です。タロウ様によると、生まれたきっかけは魔王討伐だそうです。帝国を攻めてきた魔王は、実は創造神の使いであり、腐敗した帝国への天罰でした。

 討伐した魔王から真実を聞かされたタロウ様は、大層落ち込まれていました。魔王の虚言ではないそうです。勇者パーティーには嘘を見抜く魔道具を持つものが居たからです。

 更に、魔王の死を悲しんだ創造神が降臨し、この世界の真実を聞かされたそうです。


 では精霊とは何なのか。それはタロウ様にもわからないそうです。ただ、世界の悪意の浄化を目的としていることが分かっています。恐らく創造神の新たな使いなのでしょう。

 悪意を憎み、善意を好む精霊の存在は、世界をよい方向に導いてくれると私たちは信じております。



 あくる日の朝、精霊と契約に成功した者たちが出ました。

 この新しい精霊使いによって、懸念していたタロウ様への過度な依存は解消されました。食料から防衛までタロウ様への負担が大きいのはやはり組織としては問題でしょう。

 

 飲めや歌えやの大宴会を開き、久々に楽しめました。ギリギリの生活でしたからね。


 私はいまだ精霊と契約はできていません。私を含めたヒューマンの帝国人は、ほとんど契約できませんでした。

 それも仕方ないのでしょう。私たちは支配する側であり、大小あれど搾取をしていたのは間違えようのない事実なのです。


 精霊使いとなったのは、ビーストやエルフ、ドワーフの方々が多いようです。ヒューマンは4人しかいませんが、出自は平民や奴隷でした。

 つらい試練を耐えながらも、優しさを失わなかった素晴らしい人格の持ち主たちです。


 彼らとともに過ごした私は、当然の結果と受け止めることができませた。けれども、私も早く精霊使いとなってエリザベート様、タロウ様のお役に立ちたい。そう強く思うのでした。

 この思いは私だけではないのでしょう。実際、善行を積もうという意識が芽生え、団結が強まりました。いい傾向ですね。



「魔物が攻めてきたぞ!」


 エリザベート様と共に畑で汗を流していると、見張りの兵士が声が聞こえました。未開発の樹海は魔物の巣窟であり、村は頻繁に襲撃を受けます。


 今日もタロウ様率いる勇者パーティーが迎撃に向かいました。私も一魔法使いとして雑兵相手には遅れをとらない自信がありますが、この地の魔物は強力です。


 新たな精霊使いも経験を積むため、総出で出撃しました。精霊使いは戦闘の素人ばかりでしたが、魔王すら倒した勇者パーティーに守られながら戦うので、安心です。


 しかし、この日はいつもと違いました。


「魔物が迂回してこちらに向かってきています! ゴブリンのようです。推定100以上!」

「馬鹿な、ゴブリンごときが陽動を使ったとでもいうのか」

「勇者様が来るまで持ちこたえるのだ! 非戦闘員を中心に円陣を組め!」


 見張りの叫び声に、元近衛騎士のデュラン殿が冷静に指示を飛ばします。この場で戦える者は私を含め30名ほど。戦力は3倍差以上。しかも、私たちの主力である勇者パーティーと精霊使いは出払っています。いささか分が悪いですね。

 不安を押し隠し、毅然と皆に激励の言葉をエリザベート様がおかけしております。このセバスチャン、命に代えてもお守りいたしますぞ!


「魔法攻撃、開始ぃッ!」

「くらえ、<火炎弾>!」

「<氷結弾>」

「<火炎槍>」

「弓隊、構え――撃て!」


 まずは魔法と弓で応戦します。私も<岩石弾>で攻撃をしますが、一体を倒すのがやっとです。

 たかがゴブリンと侮ってはいけません。Fランクモンスターのゴブリンですが、この地ではDランク相当の強さを誇ります。

 指揮をとるゴブリンジェネラルやシャーマンに至ってはCランク以上、主力のいないこの状況では厳しい。

 デュラン殿が残っていたことが幸いでしょう。


 

 ゴブリン側からも火魔法が散発され家が炎に包まれます。とっさに屋内への避難を選択しなかったデュラン殿の采配はさすがといえましょう。そして、ゴブリンと接敵し混戦になりました。


「申し訳ございません。エリザベート様、魔力が尽きました」

「はあはあ、私も魔力切れですわ」

「白兵戦に参加してきます。お傍を離れることをお許しください」

「当然の判断ですわ。……セバスチャン、武運を」

「御意」


 久々に握った剣を片手にゴブリンに切り込みます。劣勢だった兵士に割り込み切り飛ばし、なんとか戦線の維持に努めますが、多勢に無勢。タロウ様が戻ってくるまでに持つかどうか。


「ぐはっ」

「セバスチャン!」


 不覚をとりました。ゴブリンの剣が私の右手を切り裂きます。続く二撃を何とかかわします。せめて、このゴブリンだけでも道連れに……!

 エリザベート様の悲鳴に申し訳なく思いながらゴブリンに組み付いた瞬間でした。

 戦場が光に包まれたのは。


「こ、これは!?」


 突然の出来事に戦闘が停止します。そして、理解しました。左手の指には契約の指輪があります。そう、私は精霊と契約したのでした。感謝しますぞ!


「大地ヲ守護セシノームヨ! 悪シキ者ドモニ怒リノ伊吹ヲ浴ビセタマエ!――――<アース・ニードル>!」


 ノームの精霊魔法でゴブリンを討ち取ります。そんな光景があちこちで見られました。

 中でもサラマンダーと契約したらしき一団は怒涛の勢いでゴブリンを駆逐していきます。とりわけデュラン殿はゴブリンジェネラルを討ち取ると、キングと思しきゴブリンと切り結んでおります。


 戦況は一気に逆転しました。その後タロウ様たちの主力が引き返し、なんとか村の防衛に成功したのでした。


 いまだ火と土の精霊使いのみですが、村の防衛力と食料問題はなくなりましたね。なにより精霊と契約できたということは、我々の善行が精霊に認められたということ。

 私やデュラン殿のような元貴族も契約に成功しました。

 

 今までの苦労が報われる思いでした。これからも村は発展していくことでしょう。老いぼれの私ですが、行く末が楽しみでなりません。




【タイプ別精霊使い判定法 著ルトラ・メットカルフェ】


 どの精霊があらわれるかは、相性と普段の行動が影響していることがわかっています。鍛錬ばかりしていれば、サラマンダーが現れるし、勉強ばかりしていれば、アウラが現れます。

 経験則により、どのような行動が目的の精霊を召喚するうえで最適かは、ある程度わかっているのです。


(中略)


 農業や土木作業、鍛冶といった創造的な仕事をしていると、ノームが現れます。

 しかし、飽食の時代になって久しい現代人は、農業や工事現場などを嫌がる者が多いのです。

 土精霊使いとなった若き彫刻家が成功した話などもありますが、やはり地味な印象は拭えないのは仕方がないのかもしれません。




【土属性という選択 著フィニア・ハーベン】


 若い精霊使いたちは、土属性を地味だといって避ける傾向があるらしい。

 精霊指定都市ノーメンタリアにおいても、同様な意見をもつ若者がいると聞いて驚きを禁じ得ない。


 土の精霊は、農業や土木といった生活にもっとも密着した精霊であろう。たしかに、攻撃スペルのレパートリーは少ないかもしれない。だが、かの勇者が最初に土の精霊と契約していたことを知れば、みな驚くだろう。


 しかし、建国初期の土精霊使いで一般的に最も著名なのは、セバスチャンである。

 本名はセバスチャン・フィル・ハーベンといい、紛うことなき帝国貴族であった。国母エリーの執事長だった彼は、フロンティアへと帯同、開拓に尽力した。


 あるとき村がモンスターに奇襲された。要の勇者たち主力はおらず村は劣勢になっていく。 

 そして、奇跡が起きた。

 精霊が降臨し、何人もの新たな精霊使いが誕生したのである。セバスチャンもまた土精霊使いとなって活躍したのである。


(中略)


 以上のように、王女の侍従頭を務めたほどの教養人だった彼は、内政に教育に辣腕を振るったのである。

 なかんずく土属性による食料の増産により、食糧難の旧帝国や人口爆発の精霊国に対して潤沢な食料を供給し続けた。


 だがしかし、彼は内政だけの人ではなかった。彼の名声を不動とした出来事こそ、有名なサラマンダリア攻防戦である。

 この歴史に残る戦いの陰の功労者であることは間違いない。この攻防戦の発端は――


(中略)


 内政に軍事にと幅広く活躍した土属性は、決して地味な存在ではない。

 なお、セバスチャンの墓は勇者夫婦の横に並んで立っている。

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