第19話 monophony

入れ替わりに乗末さんと那古が入ってくる。

あいつらはいいのか?と横目で聞いてくる。いいんだよ、と僕は2人に微笑みかけた。

「お前はの怪我はもう治らないな」と乗末さんは馬鹿なものを見るような態度でこちらを見る。「僕が重々なバカだということは自覚してますよ」感情のままにここまできてしまいました、という。それで、

「そろそろ僕は王さまのところへ行かないといけません。身体が持ちそうに無いので用件を済ませてくれますか」といった。

僕自身では彼らの呪いを受け止め切ることはできない。蓑輪のように背負ったまま生きて行くことはできない。僕はあるなでもあり。また澤奥兎洞でもあったから。乗末さんの隣で那古が不安そうな目でこちらを見る。

「那古・・・畦倉那古・・・」

ふと声が出ていた。そうだな、と頷いて言葉を続ける。

澤奥兎洞は君を最後まで心配していたよ。・・・知っていてほしい、彼の思いを。と僕は続ける。

でも僕は君に申し訳ないことをしたね、そうぼくは思い返し言葉を紡ぐ。

「怒ってくれてもいいんだよ、那古。僕は僕の目的のために君の大切な友達を犠牲にしたのは事実だ」

知っている、君は彼を大切に思っていたことぐらいね。だから、君は私に怒る権利だってあるんだ。

「そうね、最後に私はあなたに言わなければいけないことがあるわね。」そうだろうね、と思ってそっと次の言葉を待つ。

「ありがとう」

あなたの思いは私が見届けましょう、放たれたその言葉は僕の予想を大きく外れていた。

「あるやさん・・・兎洞の意思を継いでくれてありがとう」

これは彼の意思じゃ無いよ、と僕は続けた。

助けてやれってあいつ言ったでしょう。そうだねと僕は言う。

「それがあいつの望みなら・・・そう、それなら」

私は言うことなんてないわとそう言った。


:::::

『何で僕に好きな人がいるとわかって』

ある日の澤奥兎洞との会話だった。

「ふふ、子供はどちらだい。その大切な人、と言う言い方があまりにも優しかったからそう思ったんだ。違うかい?」

『・・・まあその通りだよ。ところで気になったことがある。助けてあげてねって君は君自身の人生を生きようとしないのかい?』

「僕は本来ここで終わるはずだった・・・君がいたから僕は生き延びてしまった」

『だったら、こんなのはフェアじゃないよ。僕はどうやってクラスメイトに顔向けすればいいの?』

:::::


「知ってるよ」と僕は最初に心の中で紡ぐ。

僕も思ったんだ。差し引き0になるような世界になって欲しいって。どれだけ頑張っても無理なことはあるし、人には格差というものがあるんだよ、ということを教えて欲しくはなかった。

その無理の中の幸福の中に居たかったんだって。そう、思ったよ。

君に消えさせられそうになった時。・・・僕はね、実際ずっと、優越感の中にあったんだ。外で遊ぶ僕と同じような子達を見て、この子たちは文字が読めない、この幾万の光景を見れているのは僕なんだ、と思っていました。地面に堕ちてからは長い悠久の時間のように感じました。幾星霜。深い森でずっと見えたのは青い空、空ーーーー。憎しみなのか羨ましさなのかわかりません。

でも、その時間を過ごすうちに気づいたんです。僕は歴史の中にいるんだなって。僕たちからすれば歴史なんて差し引き0ですよ。だってどんな絶望も、幸福も、幸せも、願いも・・・同じ個人なんていないんだから。そんな大きいものは僕たちなんかには手に負えない。

兎洞が僕に生きる希望をくれて、僕もまた、再びこうして生きることができた。1度死んだ身で。僕は彼らを尊重しようとしました。だって、僕は本来いない人間ですからね。でも、わからない。欲求が湧いてきたんです。生きたい、という欲求が。余命を過ごそう、ワタシの願いを彼らに託そう・・・そんな、思い。だから僕は生きることが目的です。 だから、

システムは壊れども、残った残滓をずっと感じていた。彼らに生きて貰いたいと思うなら、僕ができることはー

「・・・だから、僕がその”空白”を清算しましょう。そのために作られた僕です」と僕は手を差し出した。

「ありがとう乗末さん」と言って微笑んだ。

その時に、不意に差し出された手。

「じゃあ行ってくれるかな、那古。」

ねえ本当にその選択は正しいの?と那古がそう聞く。

「さあ、これは僕の願いだしわからない。けれどさ、君もわかるんじゃないかな。」

正しいとかじゃないよ、とそっとつぶやき、じゃあ君達は帰って、と僕は今まで助けてくれた仲間へ言った。蓑輪とも仲良くしてあげてね、と話す。

「いいのですか乗末さん、最後まで見なくて」

そう言う僕に、那古、と乗末さんは隣の少女を呼ぶ。お前が最後まで見てこい。お前は教理聖堂の関係者だから・・・お前の報告を持って上へ報告してやるよ。ということが聞こえた。はい、という声も。那古・・・。王様についてなんて興味なんかないよ、そう乗末さんは言った。ただ確認したい。とその意味で那古だけはついて行かせるようだった。

「もう、君の目的は達成していると思うけど」

そう那古に伝える。いつでも帰ってもいいよ、という意味を込めた。そう言いつつ僕は疲れ切っている自分の体を引きずるようにして歩く。正直、かなりの苦痛が僕を襲っていた。いつでも帰っていいんだからね、きっと僕はそれさえ知覚できないから、と言って歩いた。もしかしたら今でさえ1人で歩いているのかもしれない。わからない。けれども自分の目的は果たさなければ。

そう言って着いた場所。そこにあるのはそれは動くことない肉体。生命活動を終え、目を閉じていてもなお、おうさま、とその決定を求められる。

「こんにちは」そう言って僕はそれに近づく。

そして手を述べた。

「僕はここでずっと待っていた・・・」

その聞こえた声に対して、

「そんな程か?」

僕はそっとそれに向かって質問する。

「そうだね。僕には最後まで見届ける責任があったからね」

ひどい戦果を見た、とそれは言った。多くの人が抵抗なすすべもなくこの世界から去って行った、と話す。彼らは恐怖していた、死ぬことは怖い、けれど自分が存在していた証が消え去っていくのはもっと怖い。天上は自分たちを何も救ってはくれず、ただ見守るだけだと。天上のものが我々に不幸をもたらすのではなく、我々を助けようとしてくれているという考え方が主流になった。ワタシはね、そんな世界を見ていて思ったんだ。何かが起こる、ということよりも何も起こらないほうがいい。生きるのならば、清く生きたいものだろう?そのためには、何も起こらず、乱されなければその逆も、悪いこともないだろう。

けれど、反発も出た。だからね、僕たちの世界は僕たちだけで完結させることにしたんだ。過酷な状況下では人の倫理なんて簡単に破られる。意志の力ではなく、その環境をかたち作るものが決めるんだよ。そしてその完結された世界では、その物語全てが歴史として語られるだろう。でも、とその声に言葉をぶつける。

「でも、君のシステムはもう壊れてしまったよ」

「そうだね、この選択は正しかったのかは誰にもわからない」

「・・・そうだね」

そう言って今度は僕が独自を始める。

とある文献を見つけたんだ。人間は傲慢になったねと言う文章。

今僕たちが進んでいる歴史は正しいものなのかどうかわからない。

けれど、僕たちは現在の立場から歴史を、彼らをさばいている。

・・・なんの反応もない空間に僕が独り言を言っている感覚さえある。それでも、心の中から聞こえてくる声に僕は必死に対応する。

僕はしばらく生活していてわかったよ。僕が生きていた時代は別に戦争が起こっているのではない。人々は当たり前なぐらい優しいし強欲で、物資も充実してて、町の外はそれでも身を守る術は必要だけど、街にいれば安心だ。そんな中で彼女は何を欲していたんだろう。

痛くはないのかい、と声が聞こえる。大丈夫だよ。続ける。僕はね、彼らには申し訳ないとは思っているけどそれでも今を生きる者に讃歌をあげるべきなんだと思うんだ。だからね、僕はそれでも存在した不平等を取り除こうと思ったんだ。

僕も矮小な人間だから、大切な人間しか見れてはいないんだけどね。・・・王様、きみも今は僕の大切な人間だよ、と僕は言った。

ワタシにもうできることはないと思うよ、とそれは喋る。そうだね、と僕は言って、そして思いを馳せた。ぐるりとこの風景を見渡す。いらないよこんなものは、と僕は言った。

君はここから離れてもいいよと僕は手を乗せた。それは・・もう形容のしようもない形。王様、それはもはや元の原型もわからない。”それ”を表現する言葉は僕の中にはない。そうなってもなお、しがみついていた執念。ああ・・・「最後まで守ってくれてありがとう」、と僕は言った。

君はどれだけ優秀だったのかな、こんなシステムはわけがわからないよ・・・。けれどね、あとは彼らがやってくれるから。

「その傷が痛くないと言っても、その外部的影響は避けられないのか、君も」と聞こえた。そうだね、と僕はなくしてしまいそうな感覚を掻き集めながら話す。ボロボロ、と音が聞こえる。一度感じた喪失。けれどもかつて感じたものは外側が壊されていくような感覚だった。だから、もしも僕が跡形もなく、なくなってしまっても、思いは残ってくれるのだなと感じることができた。しかし、今回のは違う。内側から溶けていく感覚がする。

この思いはどこへいくのだろう。「いいんだ、僕1人ではなかったんだから」ほら、とそれでも原型をとどめている腕を王様の亡骸の方へ近づけて彼の心臓を聞く。「ありがとう」君も疲れていただろ?もういらないんだってよ、人は自分で生きていくんだってよ、王さま。

そっとそのシステムの隅に座り込んだ。なんとかここまで動けたのが奇跡のようだ。もう視力がほとんど機能していない。泥は崩れ去ってしまったかな、と思い、それでも生きているという感覚を感じつつ神経を動かそうとする。

無理かな、そう思って倒れこむ仕草をしようとする。まだ手の感覚があったのならば手を体の前へ移動して体へ寄せたかった。

消えていくことに恐怖はない。もともと自分はただの土塊であり、僕たちはただの1人ではないのだから。僕たちはただ歴史に生きるもの。その大いなるものへ生きるもの。僕はただその大いなるものの一部になるだけなんだから・・・・。

死人はここで退散としよう。きっと僕の代わりだってすぐに現れて卒なく歯車を回して行く。役割だけは演じられる、またの別人がどんどん入れ替わって行く。ふと不思議な夢を見たことを思い出した。数字に関する夢だ。無限の数字がこの世界にあってそれらは無限に広がっていて僕なんかではつかめようになかった。けれどその軌跡を感じ取れるものがあった。

それは公式であり、理論であった。歴史は人類の精神の軌跡。そう、その一端に現れたもの、ただそれだけなんだ・・・!

視界も曖昧になる。だからだろうか、不思議な影を見た。黒髪なのか白髪なのかがうまく判別ができない、けれどとても見知った顔だった。口を開く光景が見える。視力はもうないと思っていたけれどどうなっているのだろう?わからないことなんていくらでもあるさ、と僕の中の誰かがいう。でも、その音は聞き取れない。ああ、聴覚まで失われたか。困ったな、これでは声が聞き取れないのに。五感が消えるにつれ、感覚がはっきりしてくる様相を垣間見た。

ふふ、でも幸せだ彼らの生はきっと死ぬとか生きるとかそう行ったもので語ることができるものではなかった。僕は僕の幸せになれた。

視界は反転する眩しかったものはすでに地に落ちたのか。空白は埋めた。もう、事実を持って、記録のできるものはいない。僕たちの世界は消え去った。

『どうだった?あるな、良い夢は見れた?』そんな声が聞こえた気がした。

必死に生きた生が悪い夢だったわけがないだろ、声には出なくてもそっと手を伸ばして”それ”にたどり着こうとした

monophony


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Monophony 小々結 白野 @hakunois

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