第4章
第15話 白の世界
そこは白の世界だった。周りに見えるのは壁。 その壁は階段のように段が折り重なっており、まるで空が見えないほどに高い。その段毎に雪に覆われた石が置いてある。 まるで墓石のようだと思った。けれどこの場所はそのような雰囲気を感じさせない。それよりも、もっと 何かが合わさった雰囲気を醸し出していた。それゆえか、彼処へはいけないな。と何故か感じる。 動けなかった。恐怖ではない。そんなものは此処には存在しない。 語弊があるかもしれない。それを感じてこそないのだと感じるのだから。ただ、此処には何も無かった、・・・自分が思ったのは懐かしさ。暖かみ、だろうか。幼い子供だったというのに恐怖も何もなく1人で歩き出した。気がついたら数段上の場所にいて/友達/と会っていた。 また歩く。見えたのは家。階段の物陰に其れはあった。でもちょっと可笑しいと思う。だって私が来たとき此処は周りすべて壁とそれに付属する階段しかなかったのだから。分かった。彼処は暖かい場所だ、だからあの石は…願いの石、なんてものじゃないのだろうか。だって孤独な感じなんてなくて、本当に暖かくて、満ちていたのだから。 この風景はなんだろう。ずっと忘却出来ないまま抱えている。 何故か忘れたくはなかった。とても大切な場所に感じて。 息をのむほどの一面の白ーーーいうなれば雪、美しかったのだ。あまりの光景に気がついたら声が出ていたぐらい。そしてとても、愛おしく感じた場所だった。 雪は大好きだ。きっと雪を煩わしいと思ってもこの景色が自分から消えない限りずっと好きなのだと思うよ。
シニファンとは音声や意味・・表しているものを指し、シニフィエは概念そのものを指す。だとすれば、私たちは同じシニフィエを持っていた。
言葉で世界を切っていって、区別がついて行く。
だとすれば同じ概念で世界を区別していけば我々は同じ景色を見ることになるのだと思う。
私たちの世界では極端に高い風景を見るのではなく、極端に低い風景を見るのでもなかった。ただ、中間。ちょうど良い風景を見る。そこには痛みも、悲しみも、熱さもない。けれど、同時に幸福も、喜びも、けれど、全体的にいってしまえば私たちは幸せだった。真ん中の風景、その風景を端的に表すのならば幸せ、だった。その中に内包されているものが釣り合いをとった。
言葉は神と共にあったーーーーよく聞くことば。
我々は言葉を介して自己を知り自己を表現する。
物語を持って我々は共同意識を得る。
私たちはその共同意識を同じくしていたので言葉を解す必要は無かったのだ。
世界の人々が今どのような状態にあって、何を望んていて、何をしたくて・・・私たちは大きな差異さえも前提として生活をしていた。
正しく計算された思考。予想不可分のものなどない。
居心地が良い・・・考えずとも答えは目の前にある。不足分は世界があてがう。バランスは0と0。超えることも減ることもない。
ああ、けれどこの満たされた場所で私は何かーー泣き声を聞いたのだ。
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壁から覗くと見えるのはどこまでも蒼い海。 この私のいる島、トネは周りを壁という名の遺跡で囲まれた孤島だった。
とても閉鎖的で穏やかな場所。だからこそ、その異端は慈悲もなく排除されたのだろう。
私たちは悲しい思い出を持っていた。それは、異端視されたものの物語である。主人公は排除されるもの。異端に選ばれたもの、つまり、迫害されていた者。そのような人たちは閉ざされていたルネにおいて、それでも逃げるようにして地下という隠れ家を作って行った。 それはスコップなどの武器で、地面を掘って行き、空間を取得していく膨大な作業だった。そのようにして作られた隠れ家。その過程は少しずつ進んでいった。 その行為は地下だけでは飽き足らなかったのか、自分を異端視したものへの恨みからだったのか。地面から壁の方向へ向かっていった。その壁を上へ登って行って、壁を空洞にしていった。とはいえ、壁は厚かったがために人が通るのに十分なぐらいな隙間を得ることができた。 これは、意図的に造られた洞窟のようなものに思える。
もちろん、完璧に壁だけを掘り進めれたわけではない。 だから、後世になるにつれ、所々サビが出てきた。つまり、その掘った場所、壁のその内側の空洞が次第に、顕在化してきたのだ。 その空間は島の至る所に及んでおり、私としては、この島を隠された遺跡とでも呼びたいぐらいだ。
ルネを一見すると見えないが、見てみると遺跡だらけ。 それが英雄的行為だったら皆は誇りに思ったのだろうかーーーしかしその遺跡は迫害された者が残した結晶であり、叫びだった。 迫害されていたものたちは昔どうやってこの崖を登っていたんだろう、などと考えつつ、私は壁を登っていた。 ロッククライミングの技術、それもある程度なければつけない場所に私の家はあった。なんだかんだ言って私はその世間様の雰囲気が気に食わなかったのだ。気に食わなくても、その世間から出ることはしない。私のこの感情もプラマイゼロの中へ収束されて行く。けれども、わかっていた。それ以前に私は0の枠からでるのが怖かったのだ。
ひょいと家について、私は洞窟とも思えるような自分の家の中へ入って行く。 地下には本の山。かつてこの場所は図書館だったのだと言う。私はこの迫害者の遺跡について興味があって、トネの図書館へ行って遺跡について調べることが趣味だった。そして、そんなある日に、とある古い地図を見つけたのだ。トネの人は遺跡に近寄ろうとはしなかった。だから、私こそは、と言うことでその地図の通りに彼らの遺跡を見つけようとしたのだ。かくしてその場所は見つかった。そうして、そうこうしているうちに彼らに共感を覚えた私はそこへ住み着いてしまったと言うわけだ。しかし悲しい。私のこのような行いも感情もすべて、結局は差異でしかない。この遺跡の図書館においてあった本の内容はこの空に浮かぶ文様についての文書が多数を占めているようだった。ようだった、というのは図がふんだんに使われていたからだ。残念ながら私にはその本を読むことはできなかったけど。 なんとかこの遺跡を修繕して家とし、住めるようにした。 骨組みと形は残っていたために周りの補強のみを施せば、なんとか形になったことが幸いした。 地下に降りて本の置き場、図書室の奥へ行きレンガをどかす。 そこから壁の空洞のある道へと通じている。 壁の中の空洞、その道は壁が日々入っていて穴が空いていたため、周りの景色が見えるようになっていた。つまり、一面の海。 その穴は、人間では流石に落ちない大きさだが本などは注意しなくてはならない。ただし、夜にこの道を通るのは危険だ。
綺麗だよ、みんな。トネの人々。そう言って私は岩の隙間から見える海を眺める。私たちを遮断する海を見た。
「にしても今日は騒がしいな…ああ、祭りの日だっけ」
壁のうちにいても聞こえてくる陽気な声がしていた。
ふと耳をすまして声を聞いてみる。ああ、やっぱり祭りの音だ。
祭りの日を忘れていたなんていったらなんて言われることか。そう微笑みながら私も手伝いに行こうと元きた道を戻る。
祭り・・・神官へ捧げる祭り。神官とは天上の王様へ唯一繋がる人たち。
その代替わりの時期だった。天上への繋ぎ・・・正しく続けられなくてはならない。だから、私も手伝いに行かないと。
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私たちは自然にある力(テオと呼ばれる)を調律して、自分自身の力としていた。調律のうまさと、それを支えると言う能力は同じではなく、調律だけがうまい人間。ただ操る人間だけに長けた人間といた。
きっと操ることが不得手な人間は、正しく調律された力に敵わなかったのだろうと思っている。ただしく、責任を持つ必要があった。その力は天上のもの。そして、私はその2つの能力に恵まれていたのだと思う。私よりも調律に優れている人間は見たことがなかった。調律が上手い人は多くいれど、調律師は多くはいなかった。だからか、と私は時折考えてしまうのだ。私が彼らと同じ行動を取れなかった理由は そう言った理由なのかもしれないいと。調律の力は音楽の旋律のような感覚がする。綺麗な綺麗なものを正しく直していくのだ。
・・・ふと風景を見て、そうだね、と私は私に言う。何も羨むことはない。何も起こることはない。全て自分のことなんてわかっているから、必死にもがき苦しむことはない。 全ては0へ収束されて行く。きっとそれは私の感情も。けれど0にさせられてたまるか、という声も聞こえてくる。0から外れた数字。それはただの異端として処理されるもの。・・・私はきっと0にはなり切れてなかったのだと思う。
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お祝い事が終わって少し経った頃だったと記憶している。
私はコードの乱れを感じていた。コードというのは私たちの集合的無意識のこと。いつもは緻密な音楽のように張り巡らされているものだった。そう、まるで空の天井の文様のように。そっと空をみる。そして、ふと微笑んでしまう。やっぱり綺麗なのだ。こんなにも美しいのだ。それなのに、今日の空は何か歪んで見えた。
「お祭りはしっかりと終わったはずだ」
そう言ってもいささかの不安を感じる自分がいる。
今回の祭りは重要であった。何しろ神官様の交代だ。
そんな粗雑に行われるものではないし、いつもの変わらない手順で、反響で、結果で。だというのに、不自然な乱れが私にも感じられる。
「・・・」
少し考えはした。けれども走り出す。そう、不自然な乱れの先へ。
見慣れたはずの建物や、畑や、湖を超えてその先へ。
その先に見えたものを今でもずっと覚えている。
そこは、テイア、と呼ばれることになるのだけど、私はずっと白い壁の場所と呼んでいた。
そこは白の世界だった。
周りに見えるのは壁であって、その壁が段のように連なっている。
階段のようにまあるく囲む壁。そんな中で、上を見上げると見ることのできる空があまりにも綺麗だった。それと同時に、その壁がどれだけ高いのかを思い知るのだ。その段ごとにおいてあるのは石。それはまるで墓石のようだった。
けれどここは、お墓、というそういった雰囲気を微塵も感じさせなかった。
あえていうのならば、神聖すぎる場所。彼処にいてへはいけないな、とどこか感じていた。
事実、私は動くことができなかった。恐怖ではなかったと思う。そもそも、そんなものは此処には存在しない。
・・・ただ、此処には何も無かった、自分が思ったのは懐かしさ。暖かみ、だろうか。
恐怖も何もなくただ1人で歩き出していた。その中心へ。気がつくと、私は壁の数段上の場所にいて、懐かしい友達がいるような幻影を見た。 歩く。見えたのは家。階段の物陰に其れはあった。でもちょっとその幻は可笑しいと笑う。だって私が来たとき此処は周りすべて壁とそれに付属する階段しかなかったのだから。 ・・・分かった。彼処は暖かい場所だ、だからあの石は…願いの石、なんてものじゃないのだろうか。だって孤独な感じなんてなくて、本当に暖かくて、満ちていたのだから。 この風景はなんだったのだろう。ずっと忘却出来ないまま抱えている。 何故か忘れたくはなかった。とても大切な場所に感じて。 一面の白ーーーいうなれば雪、美しかったのだ。あまりの光景に気がついたら声が出ていたほどの。そしてとても、愛おしく感じた場所だった。 雪は大好きだ。きっと雪を煩わしいと思ってもこの景色が消えない限りずっと好きなのだと思った。また元いた場所にいって壁をまじまじとみる。格段ごとに置かれる石はまるで墓石を暗示した。こんな場所はトネにはないはずだ。私はどこまできてしまったのだろう。
「・・・神官さま?」
それは何気なくいった言葉なのだと思った。けれど、私は私の中に疑問があったということも否定することはできない。そう私は不思議に思っていたのだ。どうしたらあの天上に近づくことができるのだろうと。神官様は、王様はもともと私たちと同じ人間だった・・・同じ、人間だった。行動は違っても本質は同じものだから。だから、私にも幾らかの傲慢があったのかもしれなかった。
かつての英雄もこのようなわけのわからない経験をして、そして乗り越えてきたのだと。私はその奥へ進んで、手を出してしまったのだ。
これはなんだろう?と言って私はそれに手を伸ばしてしまった。
「!?」
とある塔の話を聞いたことがあった。神に届こうと傲慢になったために塔が崩され、言語がバラバラになってしまったという話。それをなぜかふと、おもいだしていた。幾万の記憶が通り過ぎる。大丈夫、私はまだ肯定していられる。けれど、壊れて行くという光景、その光景を見た瞬間に「それはだめ!」私は叫んでいた。それがいった言葉は”私たち”を否定するものであったから。その瞬間、私は感じたことのない感覚を味わった。そう、意味がわからない痛さだった。
「拒絶された・・・?」
そう、私は呆然となって呟いた。ここは暖かい場所、ここは0の場所。
「そんな。・・・それじゃあ私たちはバラバラになる、私たちを繋げてくれているのは物語、言葉でしょう?」
私かしらぬ、ことだった。自分を異端と言いつつ、そうあれないこと。いや、最初からわかっていたことをわからないふりをしていただけだ・・・。
「それも拒むの?ねえ私たち、本当は心通わせたくはなかったの・・・?幸せじゃなかった・・・みんな祝ってたのに本心は違ったの?」思考がバラバラになる。考えがまとまらないけれど、言葉を止めることはできなかった。
共同体は何で構成されていたのか。構成されていたもの、それを、本当は、みんな「は・・・痛い、な・・・」
今まで傷つけられなかった。言葉も、行動も、それは痛いことなんだよと、概念のみで知っていたとしても。痛いんだよ。傷をつけたら痛いと学ぶよね、当たり前だよ、手を切ったら痛いに決まってるじゃない。
全てが0に収まるのなら 本当は だ。
どうして、ここまでして満足なの?邪魔者は排除するってこと?声に出さず心の中で叫ぶ。もう、痛いことを味わいたくはない。この憎悪を知りたくはない。いや、ある人ならこの憎悪を希望と呼ぶのかもしれなかった。
「そうか、神官様たちはこれを・・・」
今更わかった。初めからこの共同体は壊れゆく運命にあったのだと。こうした、神官という保佐人がいなければ。行きたいのですか?0の枠から出たいですか?私は問いかけた。0の中に収まる世界。きっと私はこの世界を好きだったのだと思う。だから、裏切られた気持ちにでもなったのだろう。目の前が暗くなる。この風景から押し出されて行くような感覚に私は言葉を出す。それは忘れないようになのか。
「またこの場所に来るわ・・・・」そう、せめてもの言葉を残す。
この言葉を誓いとして。こんなものは認めない。という意思の表れだったのか。でも、不意にああ、そうだね、とおもってしまった。彼らが言葉を必要としていたわけーーー
今までの日々をなくしてたまるものか。そう思った。皮肉なものだ。私はこの世界と合わないと、その日の前まで言っていたはずだったのに。
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