第12話 トネ

「やあ澤奥。準備は十分か?」

大丈夫です、と乗末さんに返答した。

さて、トネに行く間の束の間の休息期間も過ぎ去って、僕たちはトネに行くため、教会へ集まった。教会からトネに行くまでさしてたいした事はなかった。

そうして僕らは、トネについた。二度目の街。一番最初の関門を最後に持ってこれば効率がよかったのになあと感じつつ、僕は街を歩いていた。5日後にトネの一番高い場所で集合、と言う約束だった。それまで僕たちには休みが与えられている。

懐かしき我が家、とはこう言うことを言うのだろうかなあ、と思いつつトネを歩いていく。ふと何か懐かしいものを思い出していた。かつて歩いた場所、お祭り・・・この祭壇。


ここで僕は僕のするべきことを決めたんだったなあと思い出しながらそっと行くべき場所へ歩いて行く。もう廃れて言ってしまったもの、伝統となっていくもの、廃れていくもの、全てが愛おしいな、とも思ってしまう。

もう僕たちの境界線がぐらついてきていて僕はどっちだったのかわからなくなってきてしまう。そんな自分に少しばかり嬉しさと寂しさを抱えつつも歩いた。


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「ねえ、人によって過去と現在と未来に対する認識は違うよね」

そうねと静かに答える蓑輪の声を聞いて僕はまた続ける。

僕たちが今までくぐり抜けてきた関門は過去と現在とに対するものだった。けれど・・・おそらく最後の関門は未来だろうという推論を頭に浮かべながらその時、話していた。

「認識に対する差異なんて気にしてても埒が明かないわ・・・それでもあなたが関門を乗り越えてきたことは事実だから、」

いつこんな会話をしたのだっけ。

「それに、あなたが見たものは本当に過去と現在だったの?」

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あのバス事故から助かってはじめに感じたのは眠りたいという事だった。

けれども、同時にふと目がさめる感覚もした。懐かしい感覚だった。

あの、失われたはずの時間と戻らないものすべてが私に覆いかぶさってくるような感じがした。戻ることはない、そして、きっと誰も知ってくれるものでもない。

結局、自身を慰められるのは自身だけなのであって、選択肢を選ぶのも自分にしかできないことであった。

事故に会う前の時間を、もっと何かができたと思う。僕を置いていったすべてのものに祈った。

もっとあの瞬間を血のにかよった、暖かなものにできたと思うのだ。

結局、自分は誰から賛美されようと、拍手喝采を受けようと、本当の自分自身というものを選ぶことができていなかった。

懐かしい、自分を責めるような感触を自分は嫌いというわけでもなかった。

むしろ好ましさと親近感がある。それの行為は、罪悪の念からだろうなと考えることは容易。自分は自分を隔離していたものからようやく這い出たばかりなんだ。

その這い出た場所では、そう在ることを当たり前にした人たちが日々を楽しんでいる。無意識に行ってしまう、祈るような動作を私は決して人前では見せないように努力している。認めてしまったら、重みがなくなってしまうような感覚がして。

さて、自分の心はぐしゃぐしゃに壊れてしまった感覚がある。

このことに関しても、自分以外には理解できないだろう。外見も誰かに対する対応もきっと変わらない。内面も、好きなものも趣味も行動も変わっていない。けれど、確かにそれを支えていた何かは変わってしまった。まだ、前に進もうという意思はある。そのために努力をしようという気力は残っている。自分でもよくわからない。好きなものも、行動原理も、行動だって変わらないのに、確かに何かが無くなってしまった。

もしくは変わってしまったというべきなのか。人間が過ごす上で当たり前に得るものではない、そう言ったものではない。きっとそんなものだ。

そんな心を持って生活するのはさぞ辛いこと。相手は変わらない。ただ変わったのは私だけだ。

いろんな人がいて、多くの悲しいことがあった。

けれど同時に同じこともあった、辛い事情を、私とは違う世界の人だと見ている人もたくさんいた。同じなんだ、ただ選択を間違えただけで、ただ段階が違うだけなんだ。そう思うと、とても悲しくなって・・・許せなくなって辛くて。

そんな風に、当たり前のように接している人に対して私のことを話そうかと思うことも何回か思った。けれど、その考えは多くの人と出会ううちに薄れて行った。背景や、記憶や、辛さを言葉だけでは表現できない。だから私は決めている。

最後に別れるときに話そう、・・・その人自身の糧にしてほしい。ただのエゴイズムではあるけれど、私も、私のことを犠牲にしたくはない。

それに、この気持ち悪さ、もきっと大切なことであって、避けられないことなのだ。

また歩く。歩きながら僕は目の前の風景を眺めていた。

僕が何を欲して何がしたかったのか。それはもう思い出すこともできず。

ただ、僕に今科せられたことは、この不自由であり、不自由によって狭められた選択肢であった。・・・ねえ、生きるのには代償が必要なんだね。今まで普通に生きてきたから気づかなかった。

何だってできると思ってた。いくらでも選択肢があるんだって思ってた。

けど、違う。それは子どもであることの代償だった。

幼年期の終わり。

それを特権ではなく、代償と呼ぼう。

この絶望を知らなくして何が特権なんだ。

ただ一つの選択肢によって私たちは道を踏み外し、ぼくたちは正しいとされる道に落ちる。

お気の毒に、と他人事に思っていることは、本当は自分の隣にあるということに気が付かないのか?

道端で泣いている人は自分自身であるとは思わないのか?

周りの他人は本当は自分と近しいものにあるということに気づかない。

/わたしは。きっと手を差し伸べたかったんだ。

 

居場所がないのだと、ずっと思っていた。でも違ったのだ。居場所がない、と居場所を潰していたのはぼくであって、あなたではないということ。

・ 


そうだね、蓑輪?

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さて目的地へと着いた。ありがとうございます、と乗末さんに言って僕はこの崖の上に上がって行く。何をしたかったのかは知らない。

崖はちょっと危険だけど、こんなものは大したものじゃない。万が一落ちてもきっと彼女が助けてくれるだろう。あの崖に行きたいんです、と言うと乗末さんはやれやれとした様子でついてきてくれた。守護してやると言ったのはこっちだしな、と言って。「時間外労働かもしれませんね」とぼくは言う。依頼主の健康・メンタルを守るのも大切な役割だろ、と言って気にも留めない。

「・・・ありがとうございます」本来乗末さんはもっと冷たい人だと思っていた。

そんなこんなで、僕はトネの端にある岩陰へ来ていた。辺鄙な地で教理聖堂の整備も届いていない。この場所はもう過ぎ去ったはずの場所だからもう”僕”には・・・山の頂上まで行ってふと目を閉じた。

「あなたには苦しいことをさせるわね・・・いいえ、許して欲しいとは思わないの。だって私は悪ですもの」

覚えている。その時、僕はその時世界にたったひとりだった。だからなのかはわからない。目が覚めたときからずっとそばにいてくれた人・・・蘇我品蓑輪だけは覚えている。どこか悲しそうな目をしていた。 

あまり人と関わろうとしなかった。関わろうとしなかった、と言うよりも、関われなかったのだと思う。そうだね、とつぶやいた。

第一世界、つまり僕が澤奥兎洞でない、もっと最初の僕だった時に、僕たちはこの場所へきた。あの三つの関門へと行った。だから、今回の関門は僕にとっては二週目だ。もう慣れっこだったんだ、本当は。けれど、前回、関門をくぐり抜けたのは彼女、蓑輪だった。

僕はあの同盟関係の中で言った。あの関門をくぐり抜けて鍵を開けることができるのは鍵である人物だけだと。けれど、実際は誰でもよかったのだ、関門をクリアする人物は。その人物と鍵がともにいればテイアへの道は開かれる。でもまあ、同じことだろう、と僕は僕のみが関門をくぐり抜けるべきだと主張した。結果的にも効率は良いことなのだし。そう思いつつ、真実を知っていたはずの蓑輪がどうして何も言わなかったのかがわからない。そもそも蓑輪がどうしてあの村の、あの教会にいたのかということもわからない。一度別れたはずの彼女ともう一度出会えたと言うこともわからない。しかしまあ、それは僕の心理的関係でもあったのかもしれない。僕はなんだかんだ行って、最初から彼女のことが好ましかったから。

概して、僕はあの村にいたわけだけど・・・事故に会う前に、いつからいたのかと言う記憶は不確かだ。・・・どのみち僕は澤奥兎洞では無いのだから、と心の中で思いつつ歩いた。

立ち止まるのは昔の跡形。遺跡。なんの遺跡なのかは明確に答えることができる。家。図書館。ルネの町の一番上。登らないとたどり着けない場所。

昔よりは斜面がなだらかになったようだ。でも近づく人はやっぱりいないんだね。その建物の中に入って周りを見渡した。何かの幻影を見た。もうここにかつてのものはない。・・・もともと僕の住んでいた跡形は。過去の風景がまだこの目には焼き付いている。バラバラになった構成要素は再び同じ様相を見せない。ただその個別のものとして見ていくことしかできなかった。少なくとも僕においては。それぞれのものが好きだったから、また無理に組み合わせたくはなかった。次に組み合わせたらそれはきっとバラバラになる。1度バラバラになった事を知っているから、次こそは幸せであれ。そうあって欲しい・・・。けれども知っている。その構成要素の1つであったものたちは、その構成要素をいう役割に収まりきらなくなっていたのだと。以前の関係でいられたのなら、きっと変わらなかった。同じ、幸せな悠久とでも言えるような穏やかな中に入れたはずだ。けれどもそれをも投げ捨てた。 ああ、と僕は間を置いた。これから、説明するよ、僕はあるななんだから・・・・


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兎洞の守護をしていた彼女は、ふと黒髪の少女を見た。

「・・・那古?」

女性は、澤奥を追ってきたのかと思い、そうか、と言てこの上だと合図してやる。そしてふと思った。

どうか幸あらんことを、と。

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ふと聞きなれたはずの声が聞こえた

「ちょっと何してるのよあなた!!」

って、え何と困惑した声が自分から聞こえた。なぜ彼女がここに?まあ、どちらにせよ、と彼女の方を振り返る。こちらにおいで、と僕はこの地形を何もかも知っていると行った様子で彼女を手招きする。

「おまえ、ふざけるのも大概に・・・」

どっちでもいいけどさ、と言って僕は奥へ進む。

この道は細いから気をつけないとね、と思いながら懐かしい道を歩いた。

彼女はついてきていた。そうだろうね。そんな臆病さが君の良いところだろ?

そう考えつつ、しばらく歩いて地下の空洞まで出た。

「ここから上へ登れば外に出られるよ、すごいよね。恐怖心だったのか、なんだったのかは知らないけど、こんなものを作り上げちゃうんだから。」

そうだ、この場所は残っていてよかった。とつぶやく。

もう誤魔化すのはやめだ。そうだろう、蘇我品兎洞。


「違う・・・」

「うん?」

彼女も僕のいる場所まで追いついていた。僕は半分期待を込めて聞く。そうだ、僕はそのような言葉を聞きたかった。

「違う。あなたは兎洞じゃない・・・ねえあなたは一体誰!?」

最初からその言葉を彼女はいえばよかったのになあと思った。

こんな僕でもなんだかんだ言って気にかけてくれていたのは知っている。

ごめんね、君の友達を。


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私は随分と前、兎洞の住んでいた都市に言っていたことを思い出していた。

そこで出会った歴史科の学生をも。

「彼は歴史が好きでしたね。加えてその逆の知識も持っていた」

その逆って何よ、と私は質問する。

「哲学、理想ってことですよ」

「哲学やその思想が表面に出てきたものが歴史。現実が表面になったものが歴史というものです。・・・そうですね、僕は歴史科の学生ですから」

「へえ。そりゃ兎洞と気が合いそうだわ」

あと、敬語は必要ないわよ、とぶっきらぼうにいう。どうせ同い年でしょ?付け加えて。

「・・・僕は数年遅れているから同い年ではないよ。兎洞と同級生だったとしてもね」

「そ、そうだったのね・・・」

変わらないさ、1年や2年ぐらい、と彼は笑い話を続けた。


「違います、いや、そうですけど!」

といって私は話をした。

「兎洞が同じ人間だったらいいって問題じゃないんです。私にとっては・・・」そんな言葉で話を続けた。

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「あなた一体何者よ、違うでしょ、澤奥兎洞じゃないでしょう?」

そう言って詰め寄る。そこにはこのままでいたかったという願望と、真実を知りたいという矛盾な願望を持ち合わせていた。真実を知ってしまえばこのままではいられないということはもうすでにわかっていたのだろう。・・・僕が思うに、彼女はだいたいのことを察知していたのではなかろうか。

「そうだね、決定的証拠を掴むまで、そうやって責めるのを待っていたのかな、那古。」そう言って困った顔をする。その言葉には答えずに那古は言葉を発する。「知ってるわ、それでも澤奥のことは知っているの・・・あのバカに礼儀正しくてまっすぐにしか生きれなかった人!」そうだね、そして、僕は誰だなんろうね、そう心の中で呟いた。

真実が知りたいかい?と僕は彼女に問う。

「僕の名前はあるやという。第一世界で生まれ育って、そして潰えた人間だよ」そう続ける。その言葉にハッとしたように彼女は考え込む仕草を見せる。

第一世界?と彼女は震える声で聞き直した。そうだよ?と僕は言葉を続ける。「空のお伽噺を聞いたことがあるよね?、そう ある種言葉が必要とされてなかった時間のことだよ」それが何よ、と彼女は僕を睨む。あんなの伝説でしょ、といって。

「それが伝説じゃないんだなあ。生き証人は僕だよ。それで、その言葉が必要とされていなかった世界のことを区別する用語として第一世界と呼ぶんだ」

話がうまく理解できない、と彼女はいってどこにその証拠があるのよ。と僕に聞いてくる。

「僕は鍵だよね」

「ええ」

「僕以外の鍵の適任者はいない、と教理聖堂で聞かなかったかい?」

「・・・」

知らない、そんなのはどうでもいい、と那古は話の流れを続く。お前の正体だ、お前が何者なのかを話せ、と僕に話を促す。

「僕は第一世界のある意味の地縛霊だよ、完全に消え去れなかったんだ。だから澤奥兎洞、彼が事故にあった時に身体を譲ってもらったのさ」

彼はもう死に体だったし・・・彼も僕が後を継ぐことに同意してたしね。と僕は言った。驚いた。あまり驚かないんだ。もっと驚くかと思っていたのに。

「もう同盟は終わりだし、今までの関係ももう解消されるだろ、だから隠す必要は無くなった。だから話した。もういいかな?那古?」

そういって彼女を見る。彼女は思案していたようで

「きっとあの騎士と・・・そう、あなたもそうだったの・・・それで・・・」

などの言葉が聞き取れた。その言葉の意味はわからない。僕はなぜか言葉を続けた。

「僕は望みを捨てきれなかったんだ。だから、・・・」僕は独自を続ける。何を言えばいいのかなんてわからない。だったらまずは僕のことを言うべきかな?などと考えた。そんな時に彼女がおもむろに口を開く。

「ねえ、あなたも吟遊詩人にあったりとかしたの?」

話はどこへ言ったのかな、と思いつつもその質問に答える。

「吟遊詩人?残念だけどそのような人とは関わったことがないなあ・・・機会があったらあってみたいとも思うけど」

「・・・」

ふふ、と笑いながら彼女に問いかける。

「僕を許したく無いかい?那古?」

「別に。兎洞は望まなかったのならもう私が言うことなんてないもの。」

でも、と続ける。確かに彼らの思いは重かった。けれど、私たちには私たちの生活というものがあるでしょう・・・?

「・・・」

僕は無言を貫く。かける言葉は見つからない。

「全てを・・・全てを彼らのものにしてどうするのよ、兎洞・・・。死人が生きているものにまで干渉してくるなんて・・・そんな事!」

それはある種彼女がただ思っていたことだったのかもしれない。きっとその言葉を聞いて欲しかったのだろう。そうだね、と僕は言う。僕が言えることじゃないけど。ふと決心したように彼女は僕の方へ振り向いて言葉を言う。

「私が好きだったのは澤奥兎洞であってあなたでは無いの」

「・・・そうだね」

そう答えて僕はまた言葉を投げかける。

「それで君はどうする?」

「私は一旦宿泊先に帰るわ」と彼女はいった。

そして着いてこないでね、と言う言葉とともに彼女はこの場所から立ち去った。もう以前のような関係は望めないだろう。いや、そもそも以前の関係もそうよくはなかったなと思い返す。けれど、それでも機能していたあの関係を懐かしんでいることで僕が、あの時間を大切にしていると言うことがわかってしまった。

「騎士の夢、といっていたっけ」

ふと言葉に出して考える。何か思い当たる節でもあったのかな、やけにあっさり理解しちゃうし。・・・もしくはすでにわかっていたのか。どのみち僕には関係のないことだ、と今来た道を振り返る。

せっかくだ。僕も帰って休もう。僕の半分の隠し事はもう解決できた。僕はもう澤奥兎洞、でなくてもいいんだ。


:::::

第一世界の僕の記憶の潰える日、その日はただ冷たかったと言う記憶がある

地面に打ち付けられて過去の生活を失った。多分計算の狂いだろう、僕は生き延びてしまったのだ。ちゃんと処理してやろうと言う彼女の気遣いは伝わってきた。こんな状態で僕は何年生き延びるのだろう。ねえ、今度僕が生きることができたら、誰にでも話しかけることができるような明る人になるんだ・・・困っていることをただ傍観してるんじゃなくてさ。今思い出せば”生きていた”時なんて一瞬だった。取り返しがつかないし、一回しかないんだぜ?もっと僕たちは自由にやってしまっていいんだよ。こんな、取り返しのつかないことになる前に・・・。もっと正しく物事を見ることのでああきるすべが欲しかった。理想を持つことは良いことだと思った・・・その考え自体を否定する気なんて毛頭ない。けれど理想を持つとともに正しく判断することのできる理性が欲しかった。正しい目が欲しい。技術じゃなくてそれを扱うものが欲しい。人生を、怖いと思わずに生きることができるようなものが欲しい。怖かった・・・怖かった何もなかったから。暗闇の中を歩いて行くのは怖かった。だから僕はあかりになるものを探してきたつもりだった。それは言語であったり、技術であったりした。けれどそれでは道しるべにはなり得ない・・・ライトを持っていても使い方を知らなければ僕たちは前を向けない・・・見事な演技をする選手がいる。その選手がどのような仕組みでその演技をしているのかわかっていても僕たちはその仕組みだけではただ無力だから。また・・・また・・・

「また・・・・」

ふと声が聞こえた気がした。

「・・・また・・・そら・・・」

空耳ではない。僕は必死に声を出そうとする。その声を聞こうとする。はあ、と意気込んで

『・・・君は空が好きなのかい?』

真っ暗で冷たい暗闇だった。その暗闇に飲み込まれないようにして、言葉を道しるべとして僕はその言葉に返答する。

「大好きだよ」

安心した。そう答えてくれたことに安心した。いいんだ。どれだけ矮小な自分であると考えていたって。ただ、その表現は、誰にも真似できるものではないノアだから。

『そうなんだ。・・・じゃあ同じだね。僕も空が好きなんだ。僕の好きな人が好きだったから。』

「好きな人が好きだから、とか好きな理由になるのかなあ」

笑い声が聞こえる。恐怖心なんか忘れてすがりつくように答えていた。

『なるよ、君の好きな人はいる?』

「好きな人!?そんなのまだわからないよ」

こうしてまた会話ができることが嬉しい。

『ふふふ、まだ子どもだね。ほら、大切に思える人。帰ると安心できる場所・・・』

『いるよね』

「僕には大切な友人がいるんだ。」

少しためらうようにしてその少年は答えた。

『友人?』

「うん、幼稚園からの幼馴染なんだ・・・傲慢で、強気で、だというのに臆病で。まあ、大体自分の意見を押し通すしそうは見られないのだけど・・」

『苦労が目に浮かぶよ』

その言葉に満足したのか彼はまた言葉を返す。

「僕は澤奥兎洞っていうんだ。」

そして、君は、と問われる。

『僕はあるな』

新鮮な気分だった。もともと、僕には蓑輪以外の話し相手なんて滅多にいなかったから。

「ねえ、あるなはみんなを助けられる?」

それは答えにくい質問だった。

『できるよと思うよ、でも・・・』

そのためには君が犠牲になる他ない、という言葉はためらわれた。

「そっかじゃあ、僕があるよの仲間になる・・・きっとその大切な人を助けてあげてね。」

何を言っているのだろう、と一瞬思った。

「聞こえてたんだ、泣き声。それに君がきっと僕たちとは違う人間であろう、ということも。」

ね、そうでしょ?と聞かれていた。

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