第9話 第二関門
せっかくの休暇を文献調査に費やしていた。昔からの癖だ。こうでもしないと気が休まらない。いつかの時のために今はできることをしよう。そのいつかの時は明日かもしれないし、10年後かもしれない。那古は僕のいた都市に行ったと聞いた。どうかな、楽しんでくれているといいんだけど。良い都市だった。文献は豊富にあるし、知りたいことはすぐに知ることのできる環境にあった。そして、僕のことを大切にしてくれた両親と、あのお節介な人。
そんなことを考えている間に電子鳩が飛んできた。蓑輪のものだなとすぐにわかる。ありがとう、といって手紙を受け取った。
その手紙を読んでさて次の場所がわかったか、と僕は電子鳩の飛んできた空を見た。また、その鳥が飛んできた空をみる。数日前の雨と違って今日は快晴だ。風が心地よかった。
数日後、蓑輪のいる教会へ集まった。これにて二度目。もう慣れてきたような感覚がする。前回と家庭は変わらず。
さて、いきますか。と僕は声をかけた。集まった人は那古、乗末さん、そして僕。
「蓑輪さんは今回の計画は休むって行ってたわね」
那古がそう言葉を発する。いつもはテイアへの計画は蓑輪を含めた五人でやっていた。まあ一回は行っているし、大体の順序はわかると思ったのだろう、と乗末さんは気にも留めない様子で答えた。
計画といってもそうたいしたものではない。
場所を確認して経路を見るだけ。後は僕がその関門の場所へ行くだけだから。
そう、テイアへ至るまでの関門ーーー
「よかったな。船で数時間のところだ。決行は明日だなゆっくり休め。」
そう乗末さんは情報をまとめた。特に異論はない、と僕と那古は同意する。
各自、計画を確認すると僕たちは明日に備えてそれぞれの場所へと戻って行った。
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現在は選択肢の連続によって成り立つ。
僕はその選択肢の選び方にとても興味があった。
僕は僕の選択肢を尊重している。僕は僕を肯定しよう。
肯定するのだから、その現実は全て自分のものだ。
でもそれは正解なの?という声もしていた。
僕たちは環境によって大きな影響を受けるよね、君もそんな出自じゃなかったら、きっとこんなことに鍵になる、ということに巻き込まれてはいないよ。
僕にも理解できるよ、君が鍵になろうという、テイアに行こうということについて巻き込まれたと考えているわけではないことを。でも、どうだろう、君はその言葉を初めて聞いたと思ったかい?・・・懐かしいと思ったからこそ、君はそんな話を拒絶しなかったんじゃないかな。
そして、結託してまでしてくれた。僕はそう思うのだけど。
僕はね、その環境というものの考慮の上に立つと、僕たちの選択はなんなのだろうと思うことがあるんだ。だって、他人の言葉によって、思想によって、環境によって、文化によって、記憶によって・・・そんなもので僕たちの行動が決められているのならばそれは、僕たちがただの操り人形だと言っているのと同じじゃないか。
歴史の人物と変わらない・・・ただ外側だけが変わって行く存在・・・。
座っていた背中がほんのりと暖かくなった気がした。
背中合わせに誰かが座ってくれたらしい。
別に他人にまでそれを押し付けるつもりはないよ。ただ、僕たちの感受性は全て外にあって、その感受性だけが僕たちの行動基盤であったのならば・・・その世界で暮らした人はなんと呼ばれるべきなのだろうか。
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次の日、僕たちは手配した船に乗ってとある孤島へと向かって行った。海をこえて崖を超えて。あらゆる自然を体験しているようだ。後は山さえ行けばだいたい制覇したんじゃないか・・・?そんなことを考えつつ僕は甲板にいた。ふと那古の方を見ると冷たそうな顔で海を見ていた。そっと歩いて言って僕は聞く。
「やあ那古、海に何かトラウマでも?」
なぜだか気になった。僕たちは今は仲間だ。だからきっと・・・
「悪い夢」
はい、と僕は意味がわからなくてそう答える。
「だから、悪い夢を見たの」
「へえ、そうなんだ」
夢ぐらいでここまで落ち込んでいるそぶりをみせるとは。
そんな心中が読めたのだろうか。もういいわ、と行って彼女はまた何処かへ行ってしまった。
何か悪いことを言ってしまったのかな、と僕は自問自答する。素っ気なかっただろうか?夢はきっとただの夢だよ。
「おやサワオク〜」
と、後ろから肩を叩かれる。なんですか、と振り返ると案の定そこには乗末さんがいた。那古と何を話してたんだ、と彼女は問う。関係性は薄いとはいえ、同じ陣営の仲間は大切か。
「夢の話をしたんです」
僕に興味なんかないであろうことを感じつつ、その感情を隠すようにして微笑みつつ僕は答えた。へーえ、と聞いて、乗末さんは話題を転換させた。
そういえばあいつは夢に関しては強い関心を示していたなあ。あいつが教理聖堂に関わった原因も確かそうじゃなかったか。そう言って僕の方を見る。
「知りませんよ。僕なんかより乗末さんの方が詳しいでしょ」
そう言って僕はそっぽを向いた。そうか、と声が聞こえた。
もうつきますね、そう言って視線を海のほうへ移す。
「ああ、そうだな、今の内にしっかり休んでおけ兎洞」
といって乗末さんは歩いて言った。
そしていつものように、関門の前へつく。僕は両手を振って歩いていった。
いいんだよ、そんな申し訳なさそうな顔をしなくたって。その言葉は言葉を発する前に消えていった。僕は
無言で奥へ歩いていく。
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「では取引をしようか」
あの日、月が綺麗だった日、そう言って僕たちは今の同盟関係を始めたのだ。
最初、僕は蓑輪と鍵を探す同盟を組んでいた。
最低限必要だったのは僕らだったから。
そのあと乗末さんも加わった。
あの日、僕は乗末さんに少しばかりの情報を隠していた。
事故の後、僕は気味悪がられた。
外側はそのままで、中身は変わってしまった。いろいろな痛みを受けてきたけれど、それでも暖かい生活を享受されていた。
都市には教理聖堂がいてみんなを守ってくれている。道路や都市以外の道は魔物が出て危ないけれど、それでも交通がある程度機能している。交通がある程度機能している理由も、教理聖堂が整備してくれているからではあるけれど。とても昔は僕たちが魔物から怯えて暮らす側だった。今はどちらなのだろう。僕らの力・・・新幹線や電車といった発達した技術なら、整備されている地域にて、もう魔物はいないにも等しい。
暖かくて平穏な暮らしをずっとすることができる。自分の希望を叶えることができた。けれど、僕は僕本来の価値を否定した。
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「お前、面白いやつだな」
ふと気づくとかつて僕が通っていた学び舎にいた。もう二度目だ。こんな幻想は気づかないとわかってくれればいいのに。
めんどくさいなと思いつつ、僕は対応することにする
「何が?」
僕の無愛想な態度に気をとめもせず彼は僕に話しかけてきた。
「お前は他の人間より知らないことを知っている。知らないことを感じるし、意見がある。なあ。そんな人間この学校で俺らぐらいだよ」
変に似た者同士とみられても困る。ここはうまくまいて僕に興味をなくしてもらえわなければ。
「君、僕の成績知ってるの?」
「ただ知識を溜め込むだけなら簡単だろうさ」
はあ、とため息をついて対応する。
「その溜め込みは基礎中の基礎でしょ。覚えているだけで使えてないから意味がないって言うけどさ、もともとその溜め込みがない連中はどうなるの。覚えているだけだよ、あいつらはって言葉はそうでない連中を卑下しているだけだろ」
君は僕とは違うよ。元々は人間はみんな違うんだ、もう関わってこないで欲しい・・・と言いかけたところで彼は気分も落とさず言葉を続けた。
「さすが物理と歴史と国語はトップクラス。わかるな」
「・・・」
めんどくさい、それが第一印象だった。
/うるさい、こんな夢を早く終わらせてくれ/
事故にあってから僕は大都市へと越すことになった。
良い両親だった。帰ってきたらおかえりと言ってくれて、ともにいてくれて僕のことを案じてくれる。そんな彼らに今はもう感謝の気持ちしかない。
家へ帰ることは楽しみだった。本来、学校は楽しみだった。
こう、一日を過ごすことに自らが成長していることを感じていたのだ。
高等学校が最後の日に僕の両親はもう一度僕に問いかけた。本当に上の学校へ行かなくても良いのか、と。
いいんだ、もういっぱいお世話になって、知りたいことは全部知れたんだから。そう笑って僕は答えた。/知っているかい、と僕はまた何者かに問いかける。僕はね、どれだけのものをこぼしてここまでやってきたとおもう?、と。/
けれど、そう笑って両親、彼らを見る僕の目には一点の曇りがあったと思う。
知っていたんだ。それはある月も隠れてしまっているような夜だった。
「おやすみ」といつものように彼らは微笑んだ。
けどね、その日は眠ってなかったんだよ。
眠っているかな、と見にきた母親を覚えている。
僕はなんだかワクワクして起きている?と呼び声には答えなかったのだ。
子供のほんの冗談だろう。
それに、眠っているのかどうかを確認しにくること自体は珍しいことではなかった。だから、今日もきっと昨日のままで。
けれど、その日は何かが違ったようだ。誰かがひそひそ話をしているのが聞こえた。いや、ひそひそ話をしているとは最初、気がつかなかった。ちょっとした感情があって彼らは少し、声をあげてしまったのだろう。少し、心配になった。
そんな風に無理をしていた人を知っていたから。だから僕は忍び足でその声の方向へ歩いていったんだ。
「ねえ、あの子本当に兎洞なの?」
そっと僕は物陰に身を隠した。
「趣味も、性格も、思考も全て変わっている・・・」
「けれど、どうであれ、あの子は僕達の子どもであろう?だったら、僕達がすることは変わらないさ」
「でも、あの子を兎洞と呼んでもいいのだろうか」
「どのみち僕らには兎洞しかいないじゃないか」
「養子に出して、違う養子をもらってもいいんだよ・・・むしろそっちの方が安心するじゃないか」
「・・・実際私もあの変わりように恐怖しているんだよ」
そんな話をしていたのは両親。その時の感情は絶望というより、悔しいというよりも安心した、というものだ。僕が目的を達成するまでは彼らは僕を助けてくれるのだなと思ったから。けれども、それは理論からくる正当であって、本当は僕へのものでもないともわかっていた。
彼らは僕が澤奥兎洞ではないよといったら、どう対応していたのだろうか。
僕も僕で澤奥兎洞のように振る舞えばよかったのではないかともわかっている。けれど、僕がしたことは真逆だった。
あの時この日以前の自分を模倣しようとはしなかった。あの優しそうな話し方に対応。この無常の世ではそんなものだけでは生きていくことはできない。理想だけではダメだよ。僕もかつてはあんな風に、優しくなりたいと思ったこともあっただろう。
けれど、そんな考えには感情はついていってはくれなかった。むしろ、僕は僕の優しさを拒絶した。だから、両親のそのような言葉を聞いてせいせいしたのは、いささかこの幸福があまりにも眩しすぎたからなのかもしれない。あまりに夢を見ているようで。そっと手を伸ばす。/もう、夢の主導権は握ったよ、と僕は心のなかで呟く。そして終わらせるんだ。幸せな夢を、その事実で。/
覚えている。学校というところに通った記憶。手を伸ばせば手に入れられた幸福を。僕はそれでも荒波を立てず、その与えられた時間を古代の時代を探ることに捧げた。話しかけてくれる人もいた。だから、知っている。居場所がなかったのは彼らのせいじゃなくて、自分のせいだったことぐらい。そして、現在の状況を自分で作り出したことぐらいは。
・・・はい、これでこの関門も終わりだよ。
そういって手を叩いた。粉々になっていく<それ>をただ無言で見つめていた。
ふと振り返る。
「本当にここにとどまるつもりはないの?」
そう心配そうに聞く母親の人へ言った。知っています、本当に<僕>を心配してくれていたことは。
「・・・うん、ごめんね、僕にはやりたいことがあるんだ。」
そう答えた。そして僕は少しばかりの独自を始める。
この世界を回るんだ。彼女がやろうとしていたことを僕もまた知るんだ。
それは大昔の人間のように神に近づくような侮蔑行為なのかもしれない。
けれど、そんなことしてもおあいこ様だ、という気持ちがどこかにあった。
結局、彼女は僕のことなんか放っておいて何処かへ行ってしまったんだから。
この事実は僕の選択の結果・・・。
::::
「でも私たちは知っている。私たちの選んだ選択肢はまた選ばない選択肢でもあったと」
昔々の記憶だったと思う。僕はこのような言葉を聞いたのだ。
「どゆこと?わからない、選択はそれ自身が選んだものではないの?」
違う違う、私がいっているのはといって彼女は人差し指を上へ立てる。
そして指を振りながら言葉を続けた。
「選択肢を選ぶ際の基準のことだよ」
基準、環境、星の巡りそれらのこと・・・・
「君が今ね、とても不幸な人を見ていたとする。その人を見て、自己責任だとは思う?」
「・・・その選択をしたのは自身です」
「そうかもしれない。けれど、私たちもそう行った選択をしていたら、その人と同じだったのかもしれない」
「?」
よくわからなかった。その言葉を理解するための概念が僕にはまだ足りてはいなかった。
「つまりね、私たちは同じなんだと言いたいんだーーー」
そうだね、同じだったんだ。
「知ってるよ、この選択が最悪だってことは」
「けどね、僕にも譲れないものがある」
::::::::
「ふふ・・・よかった。これで2つ目もクリアだね。」
そんな声がどこかで聞こえた。
「でも本当に良いのかな。僕は君に幸せになってほしい、と言ったのに」
その声に僕は曖昧な感情を抜きにして答える。
「僕にはこれが幸せなんだよ」
正しいことを言うことが正しいとは限らないように、涙を流すことの方が幸せだって人もいるんだよ。なまった体を動かしてなんの異常もない事を知る。そうして僕は歩き出した。
歩いて、歩いて、関門をでて、外で待機している二人にクリアしたよ、行こうか、と僕はいつものように手をふる。お疲れ様、とそっけなくいう那古も、なんてことないように先を歩く乗末さんも今では見慣れたものなのだった。
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