第2章
第7話 買い物
このままだと、もっと雨が降強くなりそうだなあ、と思いつつ僕は小走りで職場の宿舎へと向かっていた。
雨の日も好きだ。雪の日も好きで晴れの日もすき。雨の日は部屋の窓から空を眺めてる。同居人は雨の日は全体的に暗くて、洗濯物も乾きにくくて、外出もしにくいからその点は嫌なんだよな、という言葉も言っていたなあ、なんて言葉も思い出す。ふふ、なんだかスキップして水の飛び跳ねを楽しんだ。ザラザラとした土が固まって行く様子。ふと空を傘の切間から見上げると、文様が際立って見えた。それらを潔白と黒いものにふと例えた。なるほど、白は逆境の中にあっても潔く輝く。
そんな中、今日はとても不思議な光景を見た。
だからなのか僕はろくに考えることもなく話しかけに行ったのだろう。
気づかなかった。この教会にいるのは蓑輪だけだと思っていたから。スカーフを頭に巻いて、大きなバスケットを片手に傘をさしながら歩いてくる人。
ただ、信徒の方だったのかもしれない。村の住人が気まぐれできていたのかもしれない。引っ越してきた人が挨拶にきただけなのかもしれない。
けれど、確かめたくて仕方がない。
「初めまして!見ない顔ですね?この教会に住んでいるのですか?」
え、とその女性は振り向くと
「お、お前・・・」
と何かまずいものを見るかのようにこちらを見る。
僕を知っているのですか?と僕自身も動揺を隠すようにして質問する。
実際動揺していた。だからこそ深く考えずに話しかけてしまったのだから。
ただの杞憂であってくれ、と願っていたがきっとそうでもないのだろう。
この人は間違いなく僕を知っているし、おそらく、僕たちの同盟関係についても知っている。その目が、僕に哀れみを感じさせるのだ。おそらく、彼女は・・・
どこかの箱入りのお嬢様にでも見える。固まっている彼女を見てどうやって話を持っていこうか・・・。
ふと思い出した。蓑輪と出会って数ヶ月、彼女の身の回りを手伝っていた僕ではあったのだが、ある日、もう手伝いはいいわ、と蓑輪は申し出た。
好きなことできてるんでしょ?もう必要ないでしょうし・・・ここはいつでも開かれているから好きなときに来てもいいから、と。
僕の助けを断って以来、蓑輪が食事をどうしているのかとか、とても心配して持って行こうかと質問したことが何回かあった。けれど、・・・彼女の存在を鑑みればようやく合点がいく。
「長らくこの教会でお過ごしのようですね、どうですか、この村は?僕はこの村で生まれ、13までここで過ごしていました。」
それにしてもいつからこの人がいたのだろう。
「そ、そうなのよ。蓑輪に恩義があってね、少し彼女の補佐をしているのよ」
蓑輪の苦労を偲びつつ、僕は質問する。
「そういえば買い物に行くのですね?もしよろしければ」
お手伝いいたしましょうか、天気も悪いし、と言おうとする前に
「結構です」
とその人は答えた。
「僕まだ何も言っていないのですけど・・・・」
笑みを絶やさないようにそう話す。目の前の彼女はむすっとした顔のままで
「手伝いでしたら不要よ。それよりも蓑輪の手伝いに行ってあげて」
といった。
「蓑輪?何か困ってることでもあるのですか?」
あなたは蓑輪の補佐をしているんじゃ、という言葉を飲み込んでこれ以上ややこしくなることを防いだ。その間にまた彼女がその続きを話す。
「ええ、さっき手が欲しいと言ってたのを聞いたの・・・ほら」
対応に困るのよ、という声が聞こえてくる気がする。まあ、大義名分も手に入ったし、はーいと僕は返して教会へ向かった。
:::::::
「ごめんなさいね蓑輪・・・!」
どうも対応に困った私は蓑輪に責任を押し付ける形でその場を後にしていた。
それにしてもこの雨。こんな日は外出がしにくいものね、そうだ、あなた買い物行って来て、という蓑輪の要求によって買い物にきていた。スカーフで顔は隠して・・・でどうかしら、とそんなことを考えながら私はいつもの、蓑輪と歩いた道を通る。さて、商店街についた。
「?」
ふと不思議な感覚。何か他でもない誰かとすれ違った気がした。でもかつての懐かしい感覚ではなく、また不気味なものでもなく。まあいいかと思い直し私はポケットからメモを取す。そして「さあ、願いことクリアするわよ!」と意気込んだ。
:::::::
「こんにちはー!手伝いに来ましたよ!」
予想した通りの顔をした蓑輪が教会から出てきた。うん、あれは何をいってるの、と言いたげな顔だ。
「は?私は何も頼んでいないはずよ・・・」
予想通りの言葉が出てきた。また彼女は付け加えていう。
こんな日は外に出るのも億劫になるの、そんな面倒ごとするはずないでしょ、と話す。
そうですよね。と受け答えて僕は自然な感じで蓑輪に質問をした、
「そこで教会から出てくる人がいたので会話をしたんだ。そうしたら蓑輪さんが手伝いを欲していって聞いたんだ。ねえ、武失礼なんだけどあの人のこと聞いてもいい?」
天然な感じの人で、気になっちゃったんだー☆と星が出るような雰囲気と仕草をして言葉を発する。
さて蓑輪というと、目の前が真っ暗になった、という言葉でも合いそうな、まるで後ろに黒い影が出そうな感じで
「アルベチーヌ・・・!!」
と聞いたことないような低い声で言葉を発した。
蓑輪の態度を気にしないふりをして
「ふーん、あの方の名前はアルベチーヌというのですね。それにただ教会へきた信徒の方というわけでもなさそうだ」
と僕はさらに会話を続ける。一方蓑輪の方は渋々というような態度で仕方ない、またボロを出すわけにはいけないという理由なのか説明をしてくれた。
「アルベチーヌ・エアレスケイアよ。・・・・私の身の回りの世話。ほら、私は怪我や持病を抱えててあまりここから出られないでしょう?」
ふーん、と僕は呟く。エアレスケイアかあと心の中で呟いた。
「最近雇ったんですね?僕がいなくなって数日間は鳥を介して・・・」
「いちいち電子鳩使うのも面倒でしょう?だからやめたの」
「にしても僕を何か変なものでも見るような目で見てました。そんなに僕は変ですか?蓑輪さん?」
「どうでしょう・・・人なんて先入観で惑わされるものだわ」
パタパタパタッと音がした懐かしい音だ。
僕はこういった自然の音が好きだった。今は、何だか技術が進みすぎている感覚がする。
はいはいと鳥に近づいて蓑輪は手紙を取った。そうしてしかめっ面をすると
「・・・用事ができたわ。兎洞に。」と僕の方を見ずに言った。
「僕ですか?」
懐かしさと嬉しさを伴って返事をする。要件は厄介ごとだろうなと薄々感じつつも。
「アルベチーヌが厄介ごとに巻き込まれたそうなの。見に行ってくれる?」
ほら、場所はここだから、と粗雑に書かれた紙を渡される。僕という厄介ごとから逃げ切れませんでしたね、エアレスケイアさん、と心の中で呟いた。
いいですよ、と1つ返事で答えて僕は様子を見に行った。
:::::
そっと、電子鳩に手紙をつけた。
やはりアルベチーヌを一人で出歩かせたのは悪かっただろうかと自問自答する。ふと頭によぎった風景をもう昔のことよと切り捨てる。
2人に罪悪感を感じながらソファーを窓際までなんとか動かし、横になる。
横になって窓の方を見ると空を見ることができた。昔よくこうして空を見ていたなあなんてことを思い出していた。今はもう空を見ることは好きではなくなっていた。なぜなら、自分の罪を見せつけられている気になったから。私は何度も何度も思っていた。こうしてすれ違う人1人1人が人生を持っていて、その幸せのために頑張っている。”それはまるで星のようだね。この、空に浮かぶ満天の星のような・・・。”そんな言葉をどこかで聞いたような気がする。雨が降りそうな天気で昼間だというのに空はすでに暗くなりかけている。白くくっきりと見ることのできる文様は私にとってなんの映像も結ばない。見続けていると目の前が崩れてくるようだ。なんの映像も結ばない、というのは語弊があった。私は、空の風景は炎に見えるのだ。まるで、私を焼き尽く様な。
「熱いな・・・」風に当たりすぎたせいだろうか。風邪なんて引いたら最悪だ。私には一刻の猶予なんて無いに等しいのに。
:::::
「わーどうしたんですかアルベチーヌさん」
その場所に駆けつけた時、周りは自衛団の人でいっぱいだった。その中心にいるのが、エアレスケイア。
「・・・蓑輪から救援ね、助かったわ」
そっけなくいうつもりだったのだろうなと予想した。ただの予想でしかなかったのだけど、その言葉が申し訳なさと居心地の悪さを当時に見せていたからか、僕は少し、予想ができてしまったんだ。ああ、この人は蓑輪の味方なんだろうなって。同時に、蓑輪もエアレスケイアの仲間なのだろうと。
「気づいたらバスケットの中に拳銃とナイフが入ってたのよ。どうしてなんだろう?」
頭に三点リーダーがつく感覚。うん、
「それはわかりませんねえ・・・」
困りましたね、と両手をお手上げです、とでもいうようにそっとあげて返答する。しかし、なるほど。だから自衛隊に囲まれていたのか。
「はいはーい、身元確認は僕が証明者だ。この人は変な人ではないよ。見かけないし。抜けているところがあってよく分からないけど、ねえ?」
自衛団の人が僕に近寄ってくる。
旅行者か、と尋ねられて、
「そうですね、強いて言いますなら旅行者より」
とぼくが言いかけたところで、
「旅行者じゃないわ。保佐人。・・・教会の補佐人よ」
とアルベチーヌのはっきりとした声が聞こえた。
へえ補佐人。そう心の中に留めながら、僕はそういうわけです、と自衛団の人の誤解を解いて行く。そうして誤解を解き終わった時。
「良かったですね。じゃあこれで。」
1回断わられているし、と踵を返すと、あの、と引き留められた。
「私だけが助けられてしまったから・・・」
と彼女はやはり申し訳なさそうな顔をしてこちらを向く。
貸しができてしまったとでも思っているのだろうか。
「何かお礼でもしてくれるんですか?」
とぼくは問う。そうよ、とアルベチーヌは答える。全く・・・
「じゃあ蓑輪に何か礼でもしておいてください。僕がここにきた理由は蓑輪に頼まれたからだし」
そういうことじゃなくて、単純にお礼がしたいの、と彼女は言った。
なんのお礼だろう?ふと微笑んだ。そして僕は言葉を続ける。
「じゃあ、買い物に付き合わせてくれますか・・・前は」
前は蓑輪と行ってたんですが、最近はずっと1人ものですから、と言いたくなる自分をを我慢して
「前は一緒に行ってくれる人もいたのですが、最近は1人でしかこないもので。新しい発見がないんですよ」そう表情を隠して答えた。
・
・
・
うん、誰かと話し、誰かを理解するという行為はとても大切なものなのだと思う。我々はただ自己だけで生きるにあらず。僕たちを構成しているものとは一体なんだ。僕たちは結局世界のコピーなのか。商店街をまわって、買い物が終わった帰り道、彼女は玉ねぎを僕に差し上げるかのように手を動かした。
「これはあげるわ。あなた好きでしょ?」
ああ、ありがとうございますと言い、付け加えて、なんでわかったんですか?と受け取りながら質問した。
「だってあなたこれ見てる時にまるで目でも輝いている様だったから」と笑いながら話す。なんだ、笑った顔は可愛いじゃないか。でも、エアレスケイアは可愛いというよりは、綺麗という印象を持った。それに、よかった。もう彼女も緊張せずに話せる様になった様だ。
もらった玉ねぎをじっと見つめた。一番最初に浮かんできたことは
「玉ねぎだけで何を作ろう・・・・」
という言葉。
お、とエアレスケイアは固まって、バスケットと僕の顔を交互に見て、
「な、何があれば料理を作れるのかしら?」
とまた微笑ましい返事をした。
「いいんですよ、それじゃあ買った分までなくなっちゃうでしょ。さて、僕は買い物して帰りますが・・・」
その続きを言いかける。また問題に巻き込まれないかな、とか幾らかの心配はあったのだ。それはきっと蓑輪が感じた類と同じもの。
けれど、そんな僕の言葉を遮って、
「大丈夫よ、きっと今日は星の巡りが悪かっただけだもの」
そう胸を張って彼女は答える。
そうですか、と僕はいってでは雨に気をつけて帰ってくださいね、といって踵を返す。雨脚は強くなってきていた。兎洞、と不意に名前を呼ばれる。振り返ると、エアレスケイアはおもむろに手を差し出していた。
「澤奥兎洞」
不意に名前を呼ばれて驚いた。
「へ?」
「アルベチーヌ・エアレスケイア」
ほら、早く、とその目がいっている。
名前言ってなかったでしょ、と言った。そういえばそうだった、僕たちは今日初めて出会ったのだ。
その日は玉ねぎを焼いてみた。
どこか懐かしい匂いがしたんだ。家に帰るといつもお母さんが作ってくれていた料理の匂い。
「そっかこの匂いだったんだなあ。」
今更発見した。何世紀経ってもこの匂いは変わらないのだろうか。
玉ねぎは店頭に行けば必ず置いてあるものだから、きっと大方の世帯で使われているものだろう。きっと、ご飯を作っている家庭では同じような匂いを感じられるに違いない。だったら、僕だけでなく、みんなが玉ねぎを焼くときに懐かしい思いをするのかな。・・・・ごめん、父さん母さん。そう心の中で呟いた。まだ実家を離れてそう年月は経ってはいない。思い出す、あの都市で過ごしていた日々。多くの友達と僕は関わった。多くの人とか関わった。それは、学校で。ボランティアで。公民館で。活動で。彼らは今何をしているのだろう。僕は結局、彼らと主観的にも客観的にも仲良くできたという自信はないんだ。ひどいジェネレーションキャップさえ感じることもあった。事故というフィルターを介して見てくる人たち・・・。
「そうだね偏見、で。自分のいい情報で」
雨が降り続いていた。いつもの明かりもなくて真っ暗な夜。
暗いのは嫌ね、そういった彼女の気持ちが少しわかった気がした。けれどね、そんなことが僕を過去の追憶に誘ったんだよ。
窓をそっと開けて満天の星空を見る。そして空に奇妙にも浮かぶ数々の文様。
「あーあ。流石に空の風景まで同じとはいかないかあ」
どうか私に変えられるものと変えられないものの区別をお教えください天上の神よ。
都市といえば、で僕はふと思い出した。那古が僕の住んでいた都市へ行くといっていた。離れた今となっては感じる懐かしさと好ましさ。彼女がどうか楽しい旅ができることを。
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