銀色の星

鴨田とり

第1話

「今、どんな気持ちですか?!」

そう言ってビルの屋上の端で佇む私の服をがっしりと掴んだ犯人は女子高生だった。

「貴方には無関係よ。偽善で止めたいならやめてちょうだい。」

あと一歩踏み出せば、この12階建てのビルから飛び降りれるのだ。

無粋なことはやめてほしい。

「いえ、別に留まって欲しいわけではないんです。」

「それならこのタイミングで話しかけないでよ!」

いったい何なの、この子。

夢や希望で将来が輝いているような子が初対面の私に何の用なのよ。

「すみません。ええと、自殺をされるご予定の貴方だからぶっちゃけてお伝えするんですけれど、私宇宙人なんです。」

「は……?」

モジモジと恥ずかしがる姿はどう見ても女子高生だ。

しかも女の私から見てもカワイイと思える部類の子。

この子の着てる制服って良いとこのお嬢様学校じゃない。

「厳密に言うと、この宿主の意識を乗っ取っている、というのが正しいのですけれど。」

宇宙人だなんて馬鹿馬鹿しい。

「それで、その宇宙人が私に何の用なの?」

信じたわけでもないけれど、とりあえず今はそう言うことにしておいてあげる。まぁ、私に関係ないでしょうけど。

「はい。先程もお伝えしたのですが、宿主の意識を乗っ取って地球の情報を収集するのが私の任務なのです。しかしどうしても『自殺』という概念が理解できずにいます。なので、今まさに自殺をしようとされている貴方に情報収集のご協力をお願いしようと思いお声掛けをさせていただきました。」

おおよそ巷の女子高生から発せられない言葉の数々に少しばかり面食らってしまう。やはり、冗談ではなく本当に宇宙人なのかしら?まさか、そんなわけないでしょう。

「自殺が理解できない?」

「ええ。この地球という星は知れば知るほど感動を覚えるものがたくさんあります。美術品や世界遺産に限らず、100年も存在するのがギリギリの生命体である人間まで美しいと思えるのです。新しく誕生した個体へ向ける既存個体の眼差しは感動ものです。なのにその一方でこの美しい地球から自ら死ぬ人間がいる。」

女子高生は僅かに煌めく星空を見上げ、抱えるかのように両手を広げている。

彼女にとって世界はそれほどまでに興味深いのだろう。

「その美しい世の中の物が私の辛さとなんの関係があるの?」

くだらない、心底くだらない。

「おや?どういうことですか?」

きょとんとした顔で小首を傾げる女子高生。

「世の中に美しい物があるのは認めましょう。否定もしないわ。でもそれが私の辛さを解決してくれるわけではないでしょう?」

疲れ果て毎日仕事に明け暮れるOLの心には何一つとして響かない。

眼下に広がる無機質な夜景を横切る救急車のサイレンが私の心を余計に逆撫でしてくる。

「それも一理ありますね。では、貴方の辛さを解決すればいいんじゃないですか?」

ムカつくほどの正論をぶつけてくる。それが出来ればここまで思い詰めないわよ。

ぎゅっと眉間にシワを寄せる。

「気力も体力も、奪われて、どうしろと?」

自分の仕事を押し付けてくる上司。

他人の成果を自分のものとして奪う同僚。

陰で他人を貶めるのに忙しく自分のやるべき仕事をしない後輩。

大量のノルマで毎日終電ギリギリまで行う残業。

帰り着いた自宅の真っ暗な部屋がこんなにも心を凍らせるものだと思わなかった。

世の中の美しい現実の数と同じくらい、いや恐らくそれ以上の現実がある。戦争や紛争など言い出せばキリがない。

もちろん最初の頃はそんな事実に負けたくなくて色々な努力をした。遣り甲斐を持って就職した職場をより良いものに変えたかった。守るべきルールやマナー、思い遣りの大切さを誰よりも私が理解していた。

私を応援して、愚痴を聞いてくれてる友人だっている。

だけど、変わらなかった。

『またそんなどうでも良いような内容の話か』と言う顔を何人も、何回もされた。会社の上層部は『事実確認をして連絡をします』と言ったきり音沙汰もない。

会うたびに同じ愚痴を友人に溢す訳にもいかなかった。いつからだろう、友人と休みの日に会って話をするのが億劫になったのは。

友人と会って、話をするときは、せめて楽しく居たかった。友人は楽しそうな日常を話してくれる。恋人とお揃いであろうアクセサリーが暖かな日溜まりのなかで輝いている。

それにひきかえ私はどうだ?

毎日ボロボロになりながら仕事をして、休日は日頃できていない家事をして。もちろん終わっていない仕事は休日にやることだってある。

旅行なんて行ってない。里帰りできるような連続休日なんてない。同僚の愉しそうな話し声を聞きながら奥歯に力を入れる。

同じフロアの同じ部署にいる私だけが。

…なぜ。

「なるほど、その様な要因が存在した上での自殺という選択なのですね。しかし、そこに転職という選択肢が候補に無かったのでしょうか?」

転職。そう、それも考えた。

転職サイトに登録して、幾つかの企業に応募をしてみた。

書類審査をして、面接をして。

不採用の連絡が入る。

最初のうちは、そんなにすぐに上手くいかないって理解していた。

理解しているのに、不採用の連絡が入るたびに、私は必要のない人間なんじゃないかと暗い意識がささやくのだ。

お前など要らない、いても困る、迷惑なんだ。

誰に言われたわけでもない。なのに自分を責める言葉ばかりが頭に浮かぶ。

要らない。ちがう。要らない。ちがう。

要らない。…ちがう。

「お辛い精神状態なのですね。」

辛い。そう、言われた瞬間、理解した。

あぁ。私はつらかったんだ。誰かに優しい言葉をかけてほしかったんだ。

込み上げる涙と嗚咽が止められなかった。

女子高生の手が優しく私の背を撫でる。

暖かい。人の温もりはとても暖かくて、そして彼女の言う通りとても素晴らしいものなのだ。

「あなたは職務が不当であると考えた時点で、辞職し転職をするべきでした。お話を聞く限りあなたの精神は不安定な状態であり、その状況のまま転職活動をするには最適ではなかった。無職である間の金銭的不安は恐らくないのではないでしょうか。なるほど、人間の精神状態が中庸でないと正常な判断力が働かないのですね。」

そうか、別に辞めてから転職先を探してもよかったのか。なんだ、そんな簡単なことに気付かなかったなんて。

「ありがとう。」

彼女のお陰で、目の前の霧が晴れたようなスッキリとした気分だった。そうだ、辞めて旅行に行って、それから仕事を探そう。素晴らしい景色を見に行きたい。美味しい食べ物をたくさん食べよう。ぐっすり寝て、起きて。やりたかったこと、やれなかったことたくさんあるじゃないか。

遺書よりも書くべき書類はそっちじゃないか。

「いえいえ、御礼を言うのは此方です。」

にっこり笑った彼女が私の背中を叩く。

え?


彼女の、


姿が、


傾いで、



いや、わたしが落ちて。







「貴重な情報サンプルを有難う御座います。心置きなく死んでいただいて構いません。」




最後に見た彼女の瞳は銀色に輝いていて、美し

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銀色の星 鴨田とり @kamodashi

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