第88話 誰でもいいから、憶えていて欲しいと思った
明白な加害者とただただ可哀そうな被害者。そして純粋な正義の味方。そんな図式だけじゃないと、わかりきった事かもしれない。そうかもしれないが、もしかしたら皆、それを忘れてしまうかもしれない。
だから、誰でもいいから、憶えていて欲しいと思った。
私は西暦が2000年になった頃に、小さなサラ金で働き始めた。管理(回収)の部署に配属されて『お金を払って下さい』という仕事を初めて経験した。
その時には既に日栄の強引な取り立ては問題化していたし、1999年には商工ファンドの代表共々国会へ参考人招致をされていた。サラ金は明白に悪役だったし、管理(回収)業務は誰からも『取り立て屋』だと認識されていた。
私が大手の消費者金融へ転職して少し経った2000年代の半ばになっても──程度はかなり落ちてはいるが──『取り立て屋』だと批判されても仕方ない部分が、一部にはあった。
その頃にもなれば、過払い金返還請求訴訟に歯止めがかからなくなっていた。
過払い金返還請求に関してご存知ない方にものすごく簡単に説明する。
利息制限法と出資法という法律がある。
利息制限法と出資法上限の間の金利をグレーゾーン金利という(上限金利は何度も改正されている)。
消費者金融は、そのグレーゾーン金利内で貸付を行っていた。
その契約の取引を、利息制限法金利で計算しなおし、過剰に払っている分の返還請求をするのが過払い金返還請求だ。
当然だが出資法金利で消費者金融が貸付を行っている事は秘密でも何でもない。金融庁だってご存知だ。駅前で営業しCMもしている。利益から法人税も払っている。加えるなら、消費者金融で働いているマトモな人間なら『グレーゾーン金利』なんておかしいと、最高裁判決などが出る以前から、思ってはいたのだ。金利の高低ではない。存在そのものが、だ。それでも存在は容認されていた。
最も肝心な所なのだが、契約はもちろん合法だ。
脅迫して結ばせたわけでもない。当事者間の合意の上の融資である。それを、過去に遡って契約とは異なる金利で再計算。『払い過ぎた』分を返還せよというのだから……。
2022年にもなって書く事でもない。
ないが……。2007年にGEコンシューマー・ファイナンスは消費者金融部門『レイク』の売却を発表した。
親会社であるGE(米ゼネラル・エレクトリック)のジェフ・イメルトCEOのコメント『不確実性が残る市場では戦えない。ゲームはルールがあるところでやる』。雑誌に掲載されていたそのコメントを読んで、全く同感だと思った(週刊ダイヤモンド 2008年6月21日号)。
多くの消費者金融が──私が最初に働いた小さなサラ金も──潰れた。大手消費者金融でも多くの社員がリストラされた。過払金返還請求だけが全てではないにせよ、最大の理由の一つだ。
2007年11月3日の産経新聞は、日本消費者金融協会がまとめた調査(消費者金融白書)として、5社に1社が撤退を検討と報じている。『利息返還請求(過払金返還請求 )の増加』を経営圧迫理由にあげているのは95.8%だ。
弁護士や司法書士はそれが正義の実現だと、過払い金返還請求を煽りに煽った。しかしそれは、消費者金融やクレジット会社で働く多くの一般社員や非正規雇用者の職を奪ってでも実現しなければならなかった正義なのか? 消費者金融には誰も同情しなかったけれどそれでも、本当に正義だったのか?
管理(回収)に強引な部分は一部あった。私たち管理(回収)担当者は取り立て屋だったかもしれない。同情されない理由はあっただろう。
それでも断言できる。問題化される程の取り立てなど、殆どの人間はしていない。あくまで一部で、それも相手(延滞客)も大概のものだった。
アイフルが行政処分を受けた2006年以降ともなれば尚更だ。それ以降に消費者金融業界に入社した人間なら、所謂『強引な取り立て』など、殆ど経験していないのではないか。
話は逸れるが、今でも稀に例として挙げられる日栄の『腎臓売れ』に関して、管理(回収)担当者として感想を書く。『よっぽど数字に追い詰められてたんだな』としか思わない。
冷静にアタマが働いていれば『なんでこんな暴言を言ってるのに相手は電話を切らずに黙って聞いてるんだろう?』と不思議に思う。周囲も『時間の無駄はやめたら?』と止める。
とまれ、消費者金融が取った金利は高かった。だが契約は当事者同士で無理矢理でも何でもなく結ばれたのだ。そして末端の社員に金利の決定権など無い。ましてや非正規雇用の方々に一体何の非があったのか?
リストラで最も多くの割合を占めたのは人数的に当然、一般社員だ。非正規雇用者も多かった。彼らに至っては一方的にいきなり職を失ったケースも多い。
なぜ彼らだったのだ?
管理(回収)部署で働いていた私の先輩には持病があった。週に1度早退して通院せねばならなかった。『強引な取り立て』など一切しない、温和な人だった。そして40半ばを過ぎた平社員。リストラの対象になった。
面談と称した退職勧奨が行われた。持病というハンディキャプのある中年にマトモな転職先など無いと彼は考えた。家族もいる。辞めるわけにはいかない。会議室に呼ばれて彼は「辞めたくありません」と答える。次の日も会議室に呼ばれる。「辞めたくありません」。その繰り返し。同じ答えを返すだけ。それでも毎日毎日、会議室に呼ばれた。日に日に彼は憔悴していった。
あるシングルマザーは非正規雇用だった。物覚えは悪かったが一生懸命やっていた。ある日、1ヵ月後に彼女が働く部署丸ごと『消滅』すると告知された。本当にそうなった。非正規雇用者は全員が解雇された。
私は少し事情があって、その部署の『消滅』を発表1ヵ月前には知っていた。だけれども伝えるわけにはいかなかった。教えてくれた人との約束だったからだ。
発表後に彼女と少しだけ話をした。知っていたのになぜ教えてくれなかったのかと彼女は呟いた。伝たからどうなったわけでも、なかっただろうけれど。
確かに消費者金融の管理(回収)担当者はある人にとっては加害者かもしれない。ただただ可哀そうな被害者もいただろう。正義に燃えた弁護士もこの世のどこかに存在するのだろう。
だがそんな単純な構図『だけ』しか存在しないなど、人の世にあるわけがない。
消費者金融の中にも、リストラで追い込まれた人、唖然としながら職を失った人がいた。彼ら彼女らは金利の決定にも関わっていないし、強引な取り立て屋ではない。絶対に加害者ではない。
コールセンターの女性社員を泣かせる程に怒鳴りたてる延滞客は沢山いたし、今もいるだろう。彼らが可哀そうな被害者か? まさか!
私の同僚を『お前らサラリーマンの何倍俺が稼いでると思ってんだ。口の聞き方に気を付けろ』と罵倒した弁護士がいた。私だって似たような事を言われた事がある。 同僚も、私も、別に何もしていないのにだ。確かにアンタは我々の何倍も稼いでいるし、いたんだろう。だから何だよ。
構図の中で、消費者金融の管理(回収)担当者は明白な悪役だ。覆しようがない。弁護する人間もいない。何せ消費者金融の会社そのものが自己弁護を放棄した。現場感覚とは到底かけ離れたコメントを発表した。『延滞客も大概なもんですよ』と言えなかった事情は理解できる。しかし、言うべきではなかったのか?
例えを戦争に求めるとイカれたビジネス書みたいで嫌になるが、どこからどう見ても一分の理もない侵略者でさえ、自身の正当性を主張する。その方が有利だからだ。善悪は措いて、生存のためにはそうすべきだ。その宣伝すら行わないなら、怠惰を通り越してアタマがおかしいのだ。
ましてや自分たちが本当に一方的に悪いわけでもないなら尚更、自己弁護すべきだし、すべきだった。
明確な加害者とただただ可哀そうな被害者、そして純粋な正義の味方。世の中に何社の消費者金融があって、何百万人の顧客と何万人の弁護士・司法書士がいたのか。
少なくとも私は、追い込まれた先輩も、仕事を失ったシングルマザーも可哀そうだと思った。被害者の一人だと思った。
そして、家賃保証業界である。まだ私は管理(回収)担当者をしている。
家賃保証会社の管理(回収)担当者も取り立て屋、または追い出し屋とも呼ばれる。蔑まれる。別にそれ自体は構わない。そういう部分がある事を私は否定しない。
大家や不動産会社から『(延滞客を)追い出してください』と頼まれる事もある。
『やりたきゃ自分でやれよ』『そうだな、追い出す方向に進めよう』──両方を内心で考えつつ「我々は追い出し屋じゃないんですよ」と答える。
追い出し屋なんて職業が世の中にあるのかは、知らないけれども。私は単なる会社員だ。
消費者金融・事業者金融と違って、地上波でも大々的に報道される程の管理(回収)面での問題は、まだ家賃保証会社には発生していない筈だ。そもそもマイナーな業界。大家・不動産会社も大きく関わっていて、関係者が消費者金融よりは複雑なのももしかしたらあまり騒ぎにならない理由の一つなのかもしれない。
だが、いずれ大きな問題が発生する可能性はある。その時、構図の中で家賃保証会社の管理(回収)担当者は明確な悪役・加害者になるのだろうか? なる可能性は充分にある。消費者金融がそうだったではないか。
だから、少なくとも我々は単なる加害者・純粋な悪役ではないと書いておきたかった。
我々、管理(回収)担当者の中にも可哀そうな人間がいる。延滞客から殴られたり監禁される人間もいる。
延滞客にも、生活保護費を使い込んだり、自分は弱者だ払えるわけがない、『取り立て屋取り立て屋取り立て屋』と呪詛のように叫ぶ人間もいる。
尊大な態度で『訴えるなら訴えろ』とビタ一文払わず、本当に明渡訴訟になって、そのまま消える人間などザラだ。
何の協力もしない不動産会社や大家が、我々(家賃保証会社)へのカネの請求には几帳面なんて日常風景である。
いつか世間から家賃保証会社が大々的に叩かれる日が来るとするなら、その原因はたぶん管理(回収)になるだろう。
だけど我々は本当に、ただただ叩かれるべき存在なのか? 一分の理も無いのか? 単なる取り立て屋であり追い出し屋なのか? 絶対に、違う。単なる会社員だ。
いままでのお話は9割──これまで何度も書いたように──私の、管理(回収)担当者の愚痴。しかし1割だけは、いつか家賃保証会社の管理(回収)担当者が大々的に叩かれた時──『そんな単純な図式だけなわけがないだろう』。
世界で数人しか読まなくても、それでもいいから、誰でもいいからそれを、憶えていてほしいと思って書いたお話。
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