第46話 The fatal choice
私は家賃保証会社の管理(回収)担当者として働いている。
家賃保証会社の管理(回収)担当者の仕事を明確にイメージできるだろうか?
できない方のために、ある管理(回収)担当者の仕事の風景を書こうと思う。
「家賃を延滞したら死刑というのはどうだろう?」
毎日毎日、家賃の督促をしている。十年一日同じような会話に終始する。
そんな日々を送ると、折に触れ誰かがこんな事を口にし始める。
仕事の合間。ふっと気が抜ける昼下がり。
2つ離れた席に座る私より5歳程年長の──中年の同僚から、そんな言葉が届いた。
「まさに理想国家ですね」
表情を変えず、視線もディスプレイから動かさずに、私は答えた。
「でもそしたら、俺たちの仕事は要らなくないか?」
私の斜め前に座る、やはり中年の同僚が話に加わる。彼は言葉を続けた。
「死刑になるなら、払うだろ? 死刑だし。俺たち失業だろ?」
「そもそも民事事件で死刑になるというのも凄いですけどね」
私は視線をディスプレイに向けたままだ。時間の無駄。何の意味もなさない会話。
「じゃあ延滞したら、額に延滞の『延』の焼印を入れるというのはどうだろう?」
2つ離れた席からまた声が届く。
「卓見に感服いたします」──私は感情を込めずに、心にも無い感想を返す。
更に彼は続けた。
「そして2回目の延滞では『滞』、3回目は『者』の焼印を入れる」
「『延滞者』の文字が額に完成したら右腕を切り落される」
応じた斜め前の同僚の言葉で、彼ら2人は同時に笑った。
私も含めて全員、延滞客への電話を架けながらの会話。
仮に延滞客に繋がって支払いの約束をして──それが履行されたとしても、どうせまた来月も同じように延滞が発生する。
世の中には色んな仕事がある。
が、これほど無意味な仕事も中々ないかもしれない──そんな感傷が脳裏を過る昼下がり。
「ところでさあ……」斜め前の男。言葉を続ける──「もし死んだ客の部屋に大金があったら、どうする?」
私たちにとって、入居者が亡くなった部屋に入る事は日常茶飯だ。
死んだ場所が病院か部屋の中か、死因が病死か事故死か自殺か──それはマチマチだが。
普通、入居者が亡くなれば、部屋は遺族が片付ける。
我々が家財道具の撤去のために入室しているという事は、遺族とは疎遠か縁を切られている状態だ。
警察は入室したかもしれない。場合によっては遺族も室内を見て通帳を持ち出すくらいはしたかもしれない。が、我々の後にはもう誰も入らない。仮に物がなくなっても、誰も気付かない。
なぜなら遺族は部屋の片付けを放棄している。だからこそ、総て処分する準備のために我々が室内に入っているのだ。そういう部屋。
「大金っていくら?」
2つ席の離れた同僚が眼鏡を拭きながら尋ねる。
「うーん……1千万円」
「黙って持って帰る」
応じた2つ席の離れた同僚の言葉で、彼ら2人は同時に笑った。
当たり前だが、そんな部屋に大金がある事など無い。
もちろん、絶対無いとは言えないが、我々は賃貸物件の家賃保証会社である。
そして、単身世帯だから我々が片付ける羽目になるのだ。家族が同居していれば我々の出る幕は無い。
入居者が死んで、遺族はいたとしても片付けを拒否した部屋。
カネのある『故人』なら、普通は遺族が関わってくるものだ。
そうでないのなら──そんな所に大金などあるはずもない。
少なくとも私にその経験は無い。そんな話を聞いた事もない。
「延滞客にさあ……負債を半分にするから他の延滞客からカネ回収してきてってシステムはどうだろう?」──また、誰かが声をあげた。
ふっと気が抜ける時間、ただひたすら電話を架ける昼下がり、こんな無意味な言葉が行き交う。
現在、世間は夏休み。
もしかしたら少年少女や若い方で読んでくださる方もいるかもしれない。
インターネットは世界に繋がっているのだもの。
勉強しないと、将来日がな一日こんな会話をしながら──『もっと子供の頃勉強しておけば良かった』と悔やむ事になる。
私も勉強しておけば、SEになれたかもしれない。
夏休み。皆さんはちゃんと勉強しましょう。
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