第36話 About 10 years ago

2010年頃の話。

ある家賃保証会社の採用面接を受けた。職種としては管理(回収)担当者。今と同じ。


私は当時まだ消費者金融で働いていて、興味本位と現実逃避からいくつか会社の採用面接を受けていた。


今から考えると冗談みたいな話ではあるが、その頃の日経平均は10000円程度。

日本経済は現在より、特に雇用面で混迷していた。


私の直前に面接を受けた中年男性は──50代で大手消費者金融の部長職にある人間。(面接の声が聞こえるのだ)


年収1000万円くらいの人間がクビを切られかかって、或いは切られる事を予見して初年度の年収が400万円にも満たない仕事の面接に来ていた。

そういう時代。


私は、中年男性よりは随分若かった。だから面接には笑顔で迎えられた。面接官は部長と、社長。

『社長』はある意味で消費者金融業界でも優秀な経営者ではあった。その根拠は「完璧なタイミング」で消費者金融から撤退しているという一点。


いわゆる過払金返還請求訴訟の多発。事業を続ければ続けるほど出血を強いられる絶望的な消耗戦。彼はそれを選択しなかった。


そして家賃保証業界へ進出した。時勢を読んでもいるし、間違ってもないのだろう。


後出しで評価するなら簡単だ。だが消費者金融を畳み、リスクを背負って家賃保証業界へ進出する。そうそう出来るものではない。

彼はやはり非凡なる商才があったのだ。


しかし彼の目は明らかに、イっていた。


当時はイマイチ、家賃保証会社の仕事がわからなかった。だから私は彼に質問した。どうやって督促するのだ?

私の履歴書と職務経歴書を一瞥した彼は明らかに壊れた目で、教えてくれた。



──君の経歴はバリバリのサラ金だねぇ!君なら出来るよ! 簡単だよ!

まず紙に10人、親戚の名前を書かせるんだ。

そして、上から順に電話をかけさせて、カネを借りさせるんだ。

君なら……君なら、簡単だろう!



あのさ、面接でそれを言うか? どう考えても、問題発言だ。


そして──冗談ではない。


簡単とか難しいとかいう話ではない。


もう嫌だったのだ。有限な人生なのに、なんでそんな自ら破滅するような連中とばかり話さねばならないのだ。


それが、それが、もっともっとバカな連中を相手に、もっともっとバカな真似をしろと?


「あはは。どうでしょうか。あまり自信はありませんが」

社長の目を見返しながら、仕事を辞めて半年くらい東南アジアへ旅に出ようかなと考えていた。



その日の夕方に採用の電話を頂いた。当然辞退した。

そもそもその時点では転職の意思は希薄だったし、面接で言われた督促にはとてもついていけない。



その後、色々あってこの社長の会社に所属する人間と呑むようになった。奇縁である。


私自身といえば、結局は違う家賃保証会社で働いている──彼が言ったような督促はしないし求められもしないが、『もっともっとバカな話の相手をしている』事は同じだ。



「で、電話に出ないから家に行ったんですよ。ドア開けたんですよ。ババア、座って東を向いてました」

その酒の席で一番声の大きな男──『社長』の会社の従業員だ──が、4時間前の経験談を披露した。


Hahahahahahahaha!

周囲の人間が笑う。他も総て同業者。


まず、おかしな点。


延滞した生活保護受給者の家に訪問するのは良い。

しかし、ドアをノックして出てこない。だからといっていきなりドアを開けるのは、ダメだろう。


よく逮捕されないな。2018年の

話である。


聞けば、クレームすら受け付けるような会社ではない。


今回、延滞客の目線に立った事を書いてみよう。


入居するなら大手の不動産会社が管理している物件が良いし、契約するのなら大手の保証会社の方がまだマシですよ。

(ただし小さな不動産会社の場合、正直に話せば家賃を支払いを待ってくれたりする事もある)


あなただって西や東を向いて座っている事はあるだろう。

家賃を延滞したからといって、SWATよろしくドアを開けられてその姿を見られたくはあるまい。


もちろん私の働いている会社はこんな事をしてはいない。しかししている会社が存在するのも確かなのだ。


如何にこの業界がコンプライアンス的に未成熟かを強調したかった話。

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