【4】

「お見舞い……? 誰から?」

母が果物を枕元に置く。籠に入った贈呈用のもので少し高そうだ、と涼子は思う。

「お父さんの同僚さんからだって。お父さん、会社にはちゃんとあなたのこと伝えてあって、それで事情を汲んでもらってるから、みなさん知ってるみたいね」

林檎やバナナやメロン、色とりどりでどれも美味しそうに見えたが、それを見て涼子の食欲はあまり湧かなかった。手足が動かなくなってきた頃、その痛みのせいで体を動かすのが億劫になったように、最近では食事を摂るのも辛くなってきている。口をあまり動かさなくて済むおかゆなどが増え、不足しがちな栄養は点滴でまかなうようにもなっていた。

「林檎、剥いてあげるね。すりおろしたほうが良い?」

「ううん、小さく切って。食べたいから、ちゃんと」

当たり前にやってきた生活さえ失われていく。そんなことへの、些細な抵抗だった。指の爪くらいに小さく切られた林檎を、母が涼子の口へ運ぶ。顔の皮膚はまだあまり水晶化していなから、咀嚼することにまだ痛みはないが、大きく口を動かせば首の皮膚が引っ張られるし、もはや体のどこかを動かすこと自体に抵抗があり、ためらってしまう。それでも細心の注意をはらって口を動かして、飲み込む。それだけの当たり前のことがまだ可能であることに少し、安心した。

 それと同時に失われたものの方が圧倒的に多いことに気付いて泣きそうになった。鼻があまり効かなくなっている。普段であれば林檎の甘い匂いが口の方から香ってくるはずなのに、今感じたのはタンパク質の臭い。体の奥と、そして表層に現れる水晶化する時の体液の臭いだ。自分がどんどん蝕まれていくことを実感してしまう。いずれ嗅覚は完全に失われ、聴覚や視覚も失い、五感は絶えてしまうのか、いや、死ぬのが先か。たったひとかけら、林檎を食べただけ。そんなことでさえ聞こえる死の足音に、忘れていた怯えを取り戻してしまった心地だった。

「……? 涼子、大丈夫?」

「ああ、お母さん。なんでもないの。この林檎、美味しいよ」

涼子は動かしにくい顔の皮膚を引きつらせながら、笑った。目尻の皮膚が、ぱりりと割れた。涼子は味気ない林檎をあと四切れだけ、食べた。

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