【3】

父はおそらく、一番涼子たちに無関心だったかもしれない。かと言って何もしていないということではなく、父がしっかり働いていなければ毎月かかる涼子の医療費を支払えなかったし、それを彼自身も理解していたからこそ今までの生活を大きく変えるようなことはせず、そしてできなかった。しかし以前のように同僚たちと一緒に飲んで帰るようなことはなくなり、家の家事も手伝うようになった。趣味の麻雀とゴルフの誘いさえ断り、帰っては涼子の様子を見て、今日も生きていることを『確認』していた。

 良く言うなら彼は一番この事態を現実的に、即物的に受け止めていたのだ。数ヶ月前、医者はさじを投げ、涼子の余命を宣告した。入院して延命治療をするか、それとも自宅で家族と最後まで過ごすかと聞かれて正直ぞっとしていた。最終的に涼子たちは何かを察したのか自宅療養を選んだが、前者を選んでいたら自分の働きなどで足りていたかわからない。いつまで続くかわからない高額の医療費を払い続ける、もし保険が降りていたとしてもまかないきれないお金を自分が馬車馬のように働いて稼ぐ。もしそうなれば母も働きに出なければいけないのかもしれない、娘の命がかかっている時に何を考えているんだ、と自分を叱責しそうになったが、思い改めた。金や生活のことを第一に考えるのは当たり前だ。金がないことは不和を生む。生活に無理があることは対立を生む。それが家族であっても仕事仲間であっても同じだ。きっとあの時、無理な選択をしていたなら、仕事の疲れで互いを気遣うこともできなくなった父母が言い争い、交代制の介護なんてものは押し付けあいになり、最後にはなぜ涼子はそんな体になったのだと憎むことになっていただろう。それだけは絶対にしてはならない。

 せめて、最期まで今まで通り仲の良い家族で終わりたい。父は心の底から、ほんとうにそう思っていた。

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