【2】
「大丈夫、きっと治るからね。風邪みたいなものだから、ね」
母は涼子の体を拭きながら、慰めるように言う。だけれどそればっかりは、父も母も、そして涼子自身も諦めていたのだ。そうでなければ自宅療養など選んでいないのだから、そんなことが慰みにもならないことは周知の事実だ。
だが、母もまた不幸だったのだ。ただ母のそれは連鎖的な不幸で、『より不幸なもの』が目の前にいる人間は、まるで不幸であることを許されないような扱いを受ける。涼子がいる限り、母は気丈に振る舞うことを強いられていた。それは誰からでもなく強いて言うなら、世間一般。抗いようもなければ、抗う気もない。だから深く考えることはやめていた。それに、たった一人の娘が失われてしまうことを直視してしまえばもう何も手がつかなくなってしまいそうで恐ろしかった。父母娘三人の家族の中で、父というのは敵でも味方でもなく、ただ一人の他人だ。争うことなどなく愛情を持ち協力し合うおしどり夫婦であっても例外ではない。だからこそ、血を分けた娘を失うことは自分の手足を失うに等しい。
だからこそ目を背けるように、母は涼子の世話を懸命に努めた。涼子の体を拭き、飯を食べさせ、下の世話をして、さらに今まで通りの家事までこなす。そのように忙しなくしていればいるほど感じる、現実から遠ざかるような感覚だけが、母に許された安寧だった。
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