第8話

「――という訳で、孔明さんが消えた所にお前たちが入ってきたって訳だ」

 俺は、今朝まで夢だと思っていた召喚の一部始終を劉備たちに語って聞かせた。

「じゃあ何? あんたは病床びょうしょうの孔明が妖術で呼び出した未来の人間だっていう訳?」

 劉備が感情の読めない表情で確認するように問う。

「ああ、そうだ。ついでにいえば、出身も中国じゃない。日本人――あんたらの言うところの倭人だからな。そこんとこよろしく」

 俺は胸を張って言う。

「嘘をつくならもうちょっとマシなのを考えろ。貴様が未来の、しかも海を隔てた遠い国の蛮族ばんぞくだというなら、何でボクたちの言葉が分かるんだ。この中国に限って言っても、北と南じゃあ言葉が通じないぐらいなんだぞ。どう考えても理屈に合わないだろう」

「知らねえよ。孔明さんの妖術かなんかの効果じゃねえの」

 俺は素気そっけなく答えた。

 関羽の反応は俺の想定の範囲内。

 信じて貰えないことは百も承知だ。

 むしろ、頭がおかしい奴扱いされて、劉備たちが俺を諦めて追い出してくれればいい。

 それが狙いだ。

「じゃあ、さっきの徐福の件はどうなのよ。あんた、曹操そうそうの計略を見破って、徐福じょふくの出奔を思いとどまらせたじゃない」

「それはたまたまだ。さっきも言ったように、俺は未来人だからな。未来ではあんたらは有名人で、その行動が記録に残っているんだ。だから、さっきの徐福が騙される話も知っていたんだ」

 まあ厳密にいえば、さっきの徐福の話は演義にしか載っていない、正史ではない創作のはずなのだが、ここでは実際にあったんだからしょうがない。

「おー、すごいなー。未来のことが分かるなんてまるで神様だなー。無敵だなー」

「それがそう上手くもいかないみたいなんだよな。徐福のイベントはあったけど、俺の大好きな桃園とうえんちかいはなかったし。この世界の歴史は、俺の知っているものとはズレがあるみたいだ。そもそも俺の知ってる史実には、女の武将なんて片手の指で数えられるほどしか出てこない。つまり、結局、俺が持っているのは占い程度にしか役に立たない知識だけってことだ」

 無邪気に目を輝かせる張飛に、俺は首を振る。

 今までの劉備の言動から判断するに、この世界は『正史』と『演義』がごっちゃになっている世界っぽいのだが、それもあくまで推測に過ぎない。

 俺の三国志の知識がどこまで役に立つかは全くの未知数だ。

「でも、仮にあんたの話を信じるとすれば、孔明はわざわざ命を懸けてまで自分の代わりにあんたを呼んだんでしょ。だったら、あんたも孔明みたいに兵法や四書五経に通じてるんじゃないの? ほら、孫子そんしとか、春秋しゅんじゅうとか、論語ろんごとか、色々あるじゃない」

「全く知らん。あ、でも、三国志に出てくるかっちょいい孫子のフレーズならいくつか言えるぞ。『彼を知り、己を知れば、百戦危うからず』とか」

 素直にそう白状する。

 俺は三国志が好きなのであって、別に漢文とかの古典が好きな訳じゃない。むしろ、教科書じみたそういうお勉強本は苦手な方だった。

「では武技は? 未来なのだから、すごい剣術を体得していたり、ボクたちの想像を超えるような武器があったりするんじゃないのか」

「何もねえ。あいにく、俺の暮らしていた日本は平和でね」

 関羽かんうの問いに、俺はそう言って肩をすくめた。

 武器に関していえば、一般庶民いっぱんしょみんレベルでは現代日本はむしろ昔に比べて退化してさえいるだろう。

 なんせ、日本刀一つ持つにも届け出がいる世界なんだから。

「……」

「……」

「……」

 劉備三姉妹は、そこで言葉につまり、顔を見合わせる。

「どうだ? 幻滅したか? これが俺だ!」

 俺はそう叫んで胸を張る。

 俺は間違ったことは言ってない。

 絶対に言ってない!

「……姉上。こいつはダメです。さっさと追い出してしまいましょう」

 関羽が俺の方を顎でしゃくって言う。

「そうなのかー。劉姉。哥哥お兄ちゃんポイしちゃうのか?」

 張飛ちょうひがつぶらな瞳で劉備を見つめた。

「そうね。こいつは――」

 劉備りゅうびはそこで言葉を区切り、俺の瞳をじっと見つめてきた。

 俺も堂々とそれを見つめ返す。

「やっぱり、うちに置いてやりましょう」

 劉備はきっぱりとそう言った。

 意外なその返答に、俺は目を見開く。

「姉上! 正気か!?」

 関羽が『信じられない』といった表情で劉備を見つめた。

「ぷっ、くくくくくくくくくく。だって、おもしろいじゃない! 普通、孔明に呼ばれたからって、ほいほい代わりを引き受ける? 何の義理も、お礼もないのによ! そんなことするの、よっぽどの馬鹿か、お人よしだけよ! あはははは! ほんと笑える!」

 劉備は腹を抱えて大爆笑しながら俺を指さした。

「そ、それは寝ぼけてたからであってだな。まともな状態だったら俺ももうちょっと考えてから結論を出したさ」

 俺はボソボソと言い訳した。

 あの時はゲームをクリアしたばっかりで気持ちが高揚してたのだ。

「だとしても、あんたやっぱり変わってるわよ。何の準備もなく、訳のわからない状態で異郷に放り込まれたら、普通、もっと動揺するでしょう。心細く思って、住居や食事を与えて庇護ひごしてくれた私に依存するはずよ。あんた、私に嫌われないようにしようと思わなかったの? びるでしょう。常識的に考えて。なのにあんた、よく私に仕えるのを拒否したわね」

 劉備は呆れとも感心ともつかない声で言う。

「お、俺だって最初はお前に取り入ろうと思ったさ! だけど、お前があまりにも劉備っぽくない発言ばっかりするから……」

「だから私に意見したっていうの? 一応、私、一軍の大将なのよ。気分次第であんたを殺せるのよ?」

「うっ」

 そう言われると返す言葉がない。

 だって、こんなしょく、絶対に嫌だったんだもん。

「くすくす。本当に何も考えてなかったのね」

 劉備は再び愉快そうに忍び笑いを漏らす。

「しかし、姉上。本当にこいつは信用できるんですか。もしかしたら、こいつが押し込み強盗を働いて家主の孔明を殺して成り代わったのかもしれませんよ」

 関羽が胡散臭うさんくさげな視線を俺に向けてくる。

 まあ、確かにそう思うよなあ。

 死体もないしね。

「私は人を見る目だけには自信があるのよ。こいつはそんな奴じゃないわ。大体、二人っきりになっても私に手を出せないようなチキンが人殺しなんかできると思う? そもそも、孔明が押し込み強盗すら防げないような人物なら、はなっからいらないでしょ」

 劉備は関羽の懸念を一笑に付した。

「それはそうかもしれませんが……。こんなうさんくさい奴を重用したら、我々の軍の権威を損なうのでは?」

「いいじゃない。元々私たちの軍なんて変人ばかりよ。あんたはうぬぼれやだし、張飛はアホの子だし、徐福は歌うし、趙雲ちょううんは一日に二言くらいしかしゃべらないし、今更一人くらい未来人か、大ウソつきが増えたって、どうってことないわ」

 劉備は鷹揚おうように答えた。

「姉上がそこまでおっしゃるなら……分かりました。まあ、偽者の孔明なら、ボクの上に立つことにもならないでしょうしね」

 関羽が不承不承ふしょうぶしょうと言った感じで頷いた。

「おー! じゃあ、こいつやっぱオレの哥哥かー」

 張飛が嬉しそうに言って、俺の肩を蛇矛の柄でポンポンと叩いた。

「勝手に話を進めんなよ。俺はまだ、お前らの仲間になるなんて一言も言ってないぞ」

 俺をないがしろにして進んでいく話に、口を差し挟む。

「ふう……。あんたまだ言ってるの? ちょっとは現実的に考えてみなさいよ。私のところを出て行って、あんた行く当てはあるの? そんなひょろっちい腕じゃ農業は無理だろうし、かといって職人の手でもないし、軍師としての知識もないんでしょう?」

 劉備は双剣で、俺の腕と頭を指してため息をついた。

「それは――そうだが」

 悔しいが、劉備の正論に反駁できる言葉を俺は持たなかった。

 三国志愛に任せて劉備ともめてしまったが、俺が頼るあてもない異邦人いほうじんである事実は揺るがない。

「別に私に心服しろって言ってんじゃないのよ。あんたはこのまま私たちと一緒にいて、ふんぞりかえって孔明のフリをしてくれればいいの。それがあんたの仕事。そんな簡単なお仕事でタダ飯を食わせてやるって言うんだから、悪い話じゃないでしょ?」

「……そんな孔明を配下にして、何かお前に得があるのか?」

 よく考えれば、劉備は別に天下を獲りたいと思っていないニート志望なんだから、孔明なんていなくもいいはずだ。

「私はね。元々噂だけで真偽の分からない孔明の能力に期待してなんかなかったわ。ただ孔明には名声があったから、仲間にして私たちの軍の箔付はくづけに利用したかっただけ。呉との同盟の交渉を有利に運ぶためにね」

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