第5話

「……さて、みなさんが食事を終えたところで、悲しいお知らせがあります。来る者があれば去る者がある。それが五行の摂理というものなのかもしれません。――徐福じょふく。こちらに」

 何か劉備が小学校の帰りの会的なトーンでそう前置きした後、一人の名前を呼んだ。

 広間の中ほどから、少女が立ち上がる。

 野暮やぼったい三つ編みをした、委員長っぽい外見。

 学園デスゲームだったら真っ先に犠牲になりそうな気弱な感じだ。

 徐福は足を引きずるようにゆっくりとこちらまでやってきて、皆の前に立った。

「まことに残念なことですが、徐福があのみすぼらしい宦官かんがんの娘、曹操そうそうの下に降ることになってしまいました。ですが、これは徐福本人の意思ではありません。卑怯者の曹操が、彼女の母上を人質に取り、無理矢理、曹操に服属するよう諭す手紙を徐福に宛てて書かせるという、畜生にも劣る蛮行ばんこうに手を染めたせいです」

「このような結果になってしまい、申し訳ありません。劉備りゅうび様が私にかけてくださった温情は海よりも深く、山よりも高く、やっと終生仕えるべき主に巡り合えたと思っておりましたのに。しかし、母が私に会いたいと申しております以上は、参らぬ訳にも行かず……」

 徐福は瞳を潤ませながら、何度もペコペコと頭を下げる。

「顔を上げてください。私はいみじくも、漢王朝かんおうちょう末裔まつえいです。漢は儒教じゅきょうの国であり、儒教では、親への『孝』をなによりも大切にします。母上のために身を捧げるあなたを、私がどうして引き留めることができましょう」

 劉備がアルカイックスマイルを浮かべ、徐福の手を取って言う。

 さすがゲームの中でも魅力値ナンバーワンのキャラクター。

 聖人君子せいじんくんしの評判に違わぬ振る舞いだ。

「劉備様! 私はたとえ曹操の下におもむいいたとしても、絶対にあの者のために策を立てることは致しません!」

 徐福が滂沱ぼうだの涙を流し、居並ぶ臣下しんかたちもすすり泣き始めた。

 俺的にはまだ出会ったばかりの思い入れのない集団の話なので、さすがに涙を流すほどまでいかないが、それでもちょっと感動して、他の人たちに同調するように俯く。

「無理はしなくていいのですよ。徐福。あなたは、私に孔明先生の存在を教えてくれました。おかげでこうして新野に先生をお招きすることができたのです。私にはそれだけで十分なのですから」

 劉備はそこで俺に視線を寄越す。

「はい。孔明様。お噂はかねがね。このような形の初対面となってしまい残念ですが、後のことはどうぞよろしくお願いします」

 徐福がそう言って俺に頭を下げた。

「はい。非才浅学ひさいせんがくの身ではこざいますが、誠心誠意、劉備様にお仕えするつもりです」

 俺も頭を下げ返す。

「孔明様のお言葉を伺って安心致しました。それでは、劉備様。最後になりますが、劉備様に献上けんじょうしたい別れの贈り物がございます」

「なんでしょう」

「ラン・ラ・ラ・ラ、劉・劉・劉皇叔りゅうこうしゅくー。みんなの希望。行けー! みんなの平和を守るためー。その髪は赤く燃える太陽ー。あまねく人徳の光が、四海を照らしー。漢の火徳を今、再び熱く燃え上がらせるー」

 徐福は急に歌い始めた。

 しかも、漢詩調じゃなくて子どもアニメのOP調で。

 先ほどの気弱そうな面影はどこへやら。目をらんらんと輝かせ、人格が変わったようなオペラボイスで俺の鼓膜をビリビリと震わせてくる。

 っていうかここ笑うとこ?

 でもみんな黙ってるし、とりあえず俺も静かにしとこ。

「――以上。私が、劉備様を想って作った詩にございます」

 徐福は真面目くさった顔でそう言って、達筆で歌詞の書かれた紙を劉備にうやうやしく手渡した。

「ありがとうございます。これを徐福だと思って大切にしますね」

 劉備は淡々とそれを受け取って、懐にしまう。

「それでは、御者を待たせておりますので――」

「ええ。一刻も早く、お母上に顔を見せ、安心させてあげなさい」

 徐福が、何度も劉備を振り返りながら広間を出て行く。

 劉備は片時も目を離さずに、その姿を見送った。

「すみません。しばらく一人にしてください」

 やがて徐福の姿が見えなくなると、劉備は耐えかねたように顔を服の袖で覆い、奥に引っ込んでしまう。

「おいたわしや、姉上。張飛、ボクたちが姉上の部屋に誰も入れぬように見張り、静謐をお守りするのだ」

「おー」

 関羽と張飛が、劉備の後を追う。

 どことなくしんみりとした雰囲気で、三々五々、劉備の臣下たちが退出していく。

 そんな中、俺は広間に残って考え込んでいた。

 何か、このイベントに既視感があるんだよなー。

 三国志には陳寿ちんじゅが書いた正史と、その正史を元に羅貫中らかんちゅうが脚色を加えた演義があるが、確か演義の方の、徐庶じょしょが劉備の下を去るのがこんな感じだったけど。

 でも、こっちは徐福だしなあ。

 微妙に違う。

 徐福、徐福、徐福、徐福。

 小声でぶつぶつと呟いてみる。

 あっ!

(思い出した! 徐庶って途中で改名したんだった!)

 徐庶っていうのは確か彼が魏に降ってから改名した名前だったはずだが、三国志的にはそっちの方が有名だから、すぐには気が付かなかった。改名前の名前が徐福なのだ。

(っていうことは、これっての軍師の計略じゃん! 母親の手紙は偽造か!)

 そう気づいた俺は、慌てて立ち上がった。

 早速、俺が孔明として役に立つ機会が巡ってきた。

 敵の計略を看破して離反を阻止するなんていかにもそれっぽいじゃないか!

(確か、右に行ったよな)

 徐福の後を追う。

 廊下に出ると、塀の外に、今にも馬車に乗り込もうとしている徐福を見つけた。

裸足なのにも構わず、庭に出て、門へと駆ける。

「ちょっと待って! 待ってくれ! 徐福!」

 俺はあらん限りの大声で叫んだ。

「ど、どうされたのですか、孔明様。そんなに慌てられて」

 徐福が、馬車から顔を出し、目を見開く。

「行っちゃだめだ。その手紙は偽物なんだ」

「何をおっしゃるのですか。孔明様。手紙は確かにこの目で確認しました。間違いなく母の筆跡でした」

 徐福は馬車から降りると、懐から大切そうに手紙を取り出して、しげしげと確認する。

「それが程昱ていいくっていう曹操の軍師の計略なんだよ。徐福は親孝行だから、筆跡さえ誤魔化せれば、お母さんからの手紙の真偽を深く疑うなんてしないだろうと踏んでのことだ」

 俺は滔々とうとうと説明する。

「確かに曹操の下には奸智に長けた参謀がたくさんおりますから、ありえない話ではないと思われますが、孔明様はどこでそれをお知りになったのですか。母からの手紙を偽りだと申される根拠はなんでしょうか」

 徐福は迷うように顎に手を当てて考え込む。

「先ほど怪しげな風が吹いたから、気になって易を立ててみたんだ。それで知った」

 まさか『三国志の歴史を知っているから』などと言う訳にもいかず、適当にでまかせを言う。ちなみに易とは、たまに街の角で、箸みたいな棒をじゃらじゃらやってる占いである。

「なるほど。そうでしたか。孔明様のお言葉ですから、ないがしろにする訳には参りませんが、かといって、もし手紙が本当だったらと思うと、私は……」

 徐福が逡巡して言葉を詰まらせる。

「逆に考えてみてくれ。俺は徐福のお母さんは烈女だと聞いている。徐福ほどの名軍師を育てられた御方が、自らのために娘が志を曲げ、正統なる漢王室の後継者である劉備様の元を離れることを本当に喜ばれるだろうか。もし、曹操の手にかかったとしても、劉備様を助け、逆賊曹操を討つことを望むんじゃないか?」

 事実、演義の徐福の母親は、徐福が曹操の下に向かうと、それを恥として自殺してしまうという超絶バッドエンドを迎えている。単に俺が手柄を立てたいだけでなく、徐福のためにも彼女を止めてやらなければならないのだ。

「私は非才の身ではございますが……確かに、母が私の知っている母のままで、心変わりされていなければ間違いなくそう言うでしょう。私が劉備様にお仕えすると決まった時も、これまでにないほど喜んでおりましたから」

 徐福が遠い目をして顔をほころばせる。

「そうだろう。そこで提案だ。とりあえず、明確な拒否はしなくてもいいから、道が不通だから行くのに時間がかかるとか適当に理由をつけて先延ばしにしつつ、徐福はお母さんの真意を手紙で確かめてみたらどうだ? 当然手紙は曹操に検閲されるだろうが、親子の間でしか通じない符丁を織り込んだ手紙くらい、頭のいい徐福なら書けるだろう」

 明確に拒否してしまうと、曹操が逆上して徐福の母親を殺してしまう可能性がある。まだこの世界の曹操がどういう性格の人物か分からない以上、ここは玉虫色で事を進めた方がいい。

「それはもっともなご提案です。ありがとうございます。もし、孔明様がお引き留めくださらなければ、私はとんだ天下の笑いものになるところでした。さすがは神算鬼謀の噂に違わぬ御方ですね。それでは、即興で孔明様にお礼の歌を一曲――」

「いや、遠慮しとく。それよりも、このことを早く劉備様に知らせてやらないと!」

 また歌い始めようと口を開いた徐福に背を向けて走り出す。

 我ながら、初日から中々の大手柄じゃないか?

 きっと劉備も喜んでくれるはずだ。

「あ、ア、アー。お待ちくださいー。私、体力的に走るとかはちょっとー」

 中途半端にメロディのついた声が、後ろから聞こえてくる。

 まあ、その内に追いつくだろう。

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