第4話
喉の渇きと共に、ゆっくりと意識が
「あら。お目覚めですか?」
直後、俺の目に飛び込んできたのは美少女の顔。
「うおっ……あれ? 動かねえ」
びっくりして思わず寝返りを打とうとした俺は、足に結び付けられた縄に気が付く。
「おはようございます。
「あっ、そうなんすか。……で、あんた誰?」
俺は引きつった顔で問う。
「うふふ。孔明様たら、冗談をおっしゃらないでください。
美少女はそう言って、俺の拘束を解きはじめた。
「あ、あはは、そういえばそうでしたね」
俺の口から乾いた笑いが漏れる。
身体から一気に血の気が引くのを感じた。
待って。ちょっと待って。
じゃあ、まさか、昨日の俺の夢に出てきた孔明さんがマジもんで。
この女体化劉備もガチで。
俺はノリで孔明さんの代役を引き受けちまったって訳か?
おいおい。ふざけんなんよ。
ありえるかそんなこと。
(夢から覚めたら夢ってオチだよな。そうであってくれ)
もう俺の直感は、このヤバい状況が現実だとひしひしと理解し始めていたが、それでも俺は信じ切れず、目の前の巨大おっぱいに手を伸ばした。
バシッ。
俺の手が、劉備に強めに払われる。
手の甲が赤くなってじんじんした、
あ、だめだ。これ。
だって、俺の夢だったら、俺に都合よくおっぱいをもませてくれるはずだもん。
「どういうおつもりですか?」
劉備が俺に冷たい視線を送ってくる。
「いえ。朝から若い娘の乳を揉むと寿命が一年延びるという、一族に伝わる健康法なんです。ほら、男女の気を交わらせて整える陰陽的な」
俺は真面目くさった顔で口からでまかせを述べた。
昔から嘘と演技は得意な方なのだ。
学校でもホラッチョ
うん。そうだよ。俺の名前は
「なるほど、
劉備はそう言って、恥ずかしそうに身体をくねらせた。
かわいい。
けど、今は正直それどころじゃない。
「そうですね。失礼致しました。まだ少し寝ぼけているのかもしれません」
俺はそう言って頭を
「そうですか。では、
劉備がそう言って立ち上がる。
「ありがたい。頂きます」
俺は彼女の申し出に頷いて、その後に続いた。
*
「みんな。今日から私に仕えてくださることになった、孔明先生です。あの『
二十畳ほどの広間みたいな所に連れていかれた俺は、居並ぶ劉備の臣下を前に、そう紹介される。
「諸葛亮孔明です。劉備様の
孔明っぽいことを言って頭を下げてから、俺は周囲を見渡す。
まず気が付くのは、かなり女性が多いことだ。
昨日見かけた
しかも、かなり若い。
史実なら、もうこの頃の劉備たちは中年にさしかかっているはずなのだが、どう見てもほとんどが二十歳未満にしか見えない。
「ふん。隠者を気取っている割には、随分遅いお目覚めだな。そんなので本当に姉上のお役に立てるのか?」
劉備の右にいた関羽が、嫌味っぽく言う。
ライバル心剥き出しの目だ。
そういえば、史実の三国志でも、関羽は最初めっちゃ孔明を敵視してたっけ。
「そうなのだー。劉姉が孔明様が起きるまで食べちゃいけないって言うから、オレもうお腹ぺこぺこなんよー」
劉備の左に侍っていた張飛が、その言葉と共にお腹を鳴らす。
「そう言わないで、私たちが無理にお連れしたから、孔明様は疲れていらっしゃるのです。ともかく、こうして皆がそろったのですから、早速朝餉を頂きましょう」
劉備がそう言って腰かける。
彼女の横(関羽の隣)に席を用意された俺も、それに倣った。
「いただきます」
(これからどうするか)
提供された雑穀のおかゆをもそもそ食べながら、俺は考える。
心の中で、二つの感情が揺れ動いていた。
俺の中の冷静な部分は、今すぐに元の世界への帰還方法を探すべきだと訴えている。
そりゃそうだ。いきなりこんな訳のわからない状況に放り込まれたのだから、帰りたくないはずがない。
でも、同時に心の中の楽天的な俺は、こうも思ってしまうのだ。
(本当に、孔明の代わりが務められたら、それって超かっこいいよな)
もちろん、俺は孔明ほど頭が良くない。それくらいは自覚している。
でも、俺には三国志の知識があるのだから、これから起こることをあらかじめ知っているという大きなアドバンテージがある。
そしてなにより、俺はあの諸葛亮孔明本人から、彼の後を継ぐ者に選ばれたのだ。
『もしかして』を期待してみるくらい、許されてもいいのではないだろうか。
俺は、夢想する。
劉備を助け、史実の孔明でも成し得なかったような、漢王室復興の偉業を成し遂げる俺の姿を。
都にはためく漢の旗。
喜びに沸く民衆。
文武百官は平伏し、俺の一挙手一投足を拝む。
まさにゲームのような理想的なエンディングだ。
(それに、この世界の劉備は女の子。ってことは……)
史実の劉備と孔明は同性だったから、その関係は君臣の情に留まっていた。
でも、もしこれが異性同士だったら。
(当然、ラブもあるよね?)
あるに違いない。
終始側にいて、身を粉にして助けてくれた男を好きにならない道理がない。
(まあ、どちらにしろ、しばらくは孔明のふりを続けなくちゃいけないな)
劉備は俺があの有名な諸葛孔明だと思っているから、今も関羽と張飛に並ぶ上席を用意するような厚遇をしてくれているのである。もし俺が偽者だと分かれば、間違いなく劉備は俺を軍団から追い出すだろう。そうしたら、俺は何もわからない異国の地で、路頭に迷うことになってしまう。もちろん、元の世界に帰る方法を探すのも難しくなるだろうし、孔明の代わりとして活躍するなど論外な状況になるに違いない。
(何とかボロが出ないようにしないと)
俺は針のむしろにいるような心持ちで食事を終え、箸を置く。
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