第2話

臥竜がりょう先生! 劉備玄徳です! 今日こそはお目通り願えますでしょうか!」

 ドアの外から明るい潑剌はつらつとした声が響いた。

 っていうか、この声、女?

「はーい。どうぞ! 入って」

 流れで俺は適当に叫んだ。

「失礼致します!」

 ドアから勢いよく駆けこんできたのは、赤い髪をなびかせた少女だった。

 そのままトテトテとやってきて、俺の眼前に膝がくっつくくらいの距離で正座する。

「えー、もしかして、youが劉備玄徳さんっすか?」

「はい。私こそが、中山靖王劉勝ちゅうざんせいおうりゅうしょう後裔こうえい、姓を劉、いみなを備、あざなを玄徳と申す者にございます。 ああ! 臥竜先生! あなたに会えるこの日を、どんなに待ち焦がれたことか!」

 劉備と名乗った少女はそう言って、俺の手を取って、彼女自身の胸に強く押し当てる。

(で、でかい)

 その感触に、俺は唾を呑み込んだ。

 目の前の少女の胸は、とにかく大きかった。目算で、H~Iカップくらいはあるんじゃないだろうか。史実によれば、確か劉備は自身の耳を見られるほどの福耳だったはずだけど、これじゃあ福耳じゃなくて福おっぱいだね。

 次いで顔に視線をやる。

 顔全体はふっくらとしていて、血色が良い。目はぱっちりとして、鼻は高く、ほっぺたは柔らかそうで思わず突きたくなるような感じだ。セミロングの赤い髪の色味と相まって、とても快活な印象を与える。

 一言で言うならば女優というよりは、どちらかといえばアイドルのような、親しみの持てるかわいさを放っている顔だった。年齢は俺と同じくらいだろうか。

(つーか三国志の武将が美少女とか、それなんてエロゲ?)

 まあいいか。

 所詮俺の夢だからね。都合よくできていてもしょうがないね。

「コホン。それで、この孔明に何か御用ですか」

 せっかくの夢くらい孔明になりきってやろうと思った俺は、真面目くさった声で言った。

「はい。今日は、孔明様に相談したいことがございまして、こうしてまかりこしました」

「ほう。で、その相談とは?」

「今、漢王朝は傾き崩れ、曹操そうそうのような奸臣かんしんが天下を盗み、皇帝陛下は都を離れておられます。私は自らの力不足もかえりみず、天下に大義を広めようとして参りましたが、知恵も計略も不足しているため、結局何もできないまま、客分の身で無為に時を過ごすばかりです。今では、この通り、平穏にかまけて馬を駆り戦場に出ることもできず、ももにもすっかり肉がついてしまいました」

 そう言って劉備ちゃんは、服の裾をはだけた。

 むっちりとしたおいしそうな太ももがそこからこぼれ出てくる。

 肉がついたといっても、決してデブではない。ちょうどいい感じだ。

 あれ?

 っていうか、これって劉備が自らの不遇を嘆いたっていう、あの有名な『髀肉ひにくたん』?

 こんなエロくていいのー?

 いいんですね。

 だって、これは俺のピンクドリームだから!

「それはおいたわしい。いま曹操はすでに百万の軍勢を有し、天子を擁立して諸侯に命令を発しており、とても対等に戦える相手ではないですからね」

 俺は適当にそれっぽいことを言って相槌を打つ。

「ですが、それでもなお、私はまだ志を捨てきることができません。孔明様は、こんな私が一体どうすればいいと思われますか?」

 劉備ちゃんは潤んだ瞳で俺をまっすぐに見つめてくる。

 こんなかわいい子にそう尋ねられたら、そりゃ答えてあげるしかないなあ。

「今、南の江東の地は孫権そんけんが支配しております。その国家は堅固で、民衆の支持もあり、優秀な武将や軍師も孫権の手足となって働いています。これは味方にした方がいい相手で、敵対してはいけません。そして、荊州けいしゅうは交通の要衝で、益州えきしゅうは堅固な上に土地が豊かで穀物がたくさん穫れます。かつて、劉邦りゅうほうは――」

「なるほど! この劉備、孔明様の慧眼けいがんに、胸のつかえが取れた思いです!」

 劉備ちゃんは俺の話を途中で遮ってそう叫び、俺の手をさらにきつく握りしめてきた。

「え、まだ、最後まで言ってないんだけど……」

 ここからがいい所なのに。

 孔明様の華麗なる天下三分オススメトーク聞いてかないのか。

「みなまで聞かずともわかります。孔明様こそ、まさに私の求めていた御方。どうか、私をお見捨てなく、天下の民のために山を出て力をお貸しください」

「ごめんねー。俺引きこもりだし、もう眠いからまた今度にしてちょ」

 こっくりこっくり船を漕ぎながら、俺はぞんざいに答えた。

 夢の中なのに、まだ眠い。

 早くベッドに行って、少しでいいから学校に行くまでに仮眠を取りたいのだ。

「そういう訳には参りません。孔明様には是が非でも私についてきて頂かなければ!」

 だけど劉備ちゃんはあくまでそう言い張って、さめざめと涙を流す。

 まあここら辺は史実通りだから仕方がないか。

 外食した時のどっちが会計を払うかのやりとりみたいな感じで、一回断ってそこをさらにプッシュするのが中国的なマナーなのだ。

 だけど今の俺にはそんなことは関係ない。

 とにかく俺は眠いのだ。

「マジで眠いから。なんなら一緒に泊まっていって。どうぞ」

 俺はそう言って立ち上がり、ベッドに向かおうとするが、劉備ちゃんはがっちり俺の手を握って離さない。

 つーか、力強っ。夢って変なところで思い通りにならないから嫌い。

「ならば、そのままお眠りください。私の妹たちが、孔明様を今の私たちの根拠地である新野しんやまでお連れしますから」

 劉備ちゃんはそう提案すると共に、俺に微笑みかけてきた。

「えー。その姉妹ってもしかして、関羽かんう張飛ちょうひー?」

「ご存じでしたか! それならば話が早いですね! 関羽! 張飛! いらっしゃい!」

 劉備が手を叩く。

「姉者! お呼びですか!」

「おー! なんか瓢箪ひょうたんみたいなのがおるー」

 また新たな少女二人が、俺の部屋にずかずかと入り込んでくる。

 あっという間に二人は俺の左右につき、劉備と合わせて三方を『逃がさねーぞ』という感じで囲ってくる。

「君が関羽?」

 俺はいかにも青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうっぽい、長い武器を持った、長身の美少女に声をかける。

「いかにも。ボクが関雲長かんうんちょうだ」

 関羽は、劉備とは毛色の違った美少女だった。

 髪は腰まで伸びる艶やかな黒髪。まつ毛は長く鼻筋が通っていて、眉は太くてきりっとしている。唇は小ぶりだ。

 かわいいというよりは美人系で、胸は劉備ほどはないが、それでもCカップくらいはあるだろう。スラリと伸びた美脚で、身長も高く、お手本のようなモデル体型だった。

 年齢は俺と同じか、ちょっと下くらいだろう。

 と、いうことは、残る一人は――。

「なーなー。孔明様ー。なんか、食い物ないんかー。オレお腹減ったんよー」

 俺の腕を引っ張る、チビっ子に視線を遣る。

 見た所、中一か中二くらい。

 茶色い短髪に、口からだらだらと涎を垂らした少女。

 こいつが張飛か。

 目はどんぐりみたいな丸い形をしていて、鼻も劉備や関羽に比べれば団子っぱなだ。

 美人ではないが、思わず餌をやりたくなってしまうような愛嬌のある顔をしている。

 ちなみに、オレのイントネーションはカフェオレじゃなくて、抹茶オレの方の『オレ』だ。

「んー。じゃあ、ポテチの余りでも食えばいいじゃん」

 俺はパソコンデスクの上にあった、食べかけのお菓子を指さす。

「おー! なんだこれ、美味いなー! さすが孔明様だなー!」

 張飛はデスクの方にかけていくと、嬉しそうにポテチを摘まみ始める。

「張飛。後になさい。今は孔明様をお連れする方が先決ですよ」

「わはったー」

 劉備にたしなめられた張飛は袋を口で咥えながら、こちらに戻ってくる。

「さあ、孔明様。参りましょう」

 劉備が俺を強く抱きしめる。

 柔らかい感触が、俺の顔を包み込んだ。

 気持ちいい。ついでに桃のようないい匂いがした。

「ふう。ボクは本当は美しいものにしか触りたくないのだが……。姉様の頼みだから仕方ないか。それにしてもこの腐れ儒者は。体力がなさすぎて話にならん」

「なー。関羽姉。こいつもっと美味いものも持ってるかなー」

 両腕を掴まれる感触がする。

「もー、好きにしてくれー」

 俺はそれ以上抵抗する気もなく、脱力して目を閉じた。

 美少女三人に連行されるなら、それも悪くない。

 何ならエロいこともしてくれればいいけど。

 夢って大体いいところで目が覚めちゃうんだよなー。

 なんて、くだらないことを考えている内に、俺は再び深い眠りの底へと沈んでいった。

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