【第19回えんため大賞優秀賞作】三国破譚 孔明になったけど仕えた劉備は美少女でゲスでニート志望だったの事

波口まにま/ファミ通文庫

第1話

「はははは、知力100の孔明様にかなうと思ったか。司馬懿め!」

 ぼそぼそと独り言を繰りながら、俺はクリックする。

 カーテンを閉め切った、六畳もない自室。

 親にバレないように電気を消した薄暗い一室で、俺はデスクトップパソコンのモニターと向き合っていた。

「残念! それは孔明の罠だ」

 火計、偽計、寝返り、全ての計略がおもしろいように決まっていく。

 もはや、ぎょうの一国まで追い詰められた魏の軍勢は、瞬く間にその数を減らしていく。

「……やべ。もうこんな時間か」

 モニターの右端に表示された時刻を見て、ふと我に返る。後、もう二時間もすれば日の出だ。今日も高校がある。

「でも、あともう少しで天下統一だから……」

 俺は自分に言い訳するようにそう呟いて、再びゲームに戻った。

 わかっているけどやめられない。

 それが、戦略シミュレーションの――いや、三国志の魅力なのである。

 その中でも俺は、諸葛亮孔明しょかつりょうこうめいに成り代わってプレイするのが好きだった。

 三国志好きの俺は、もう何人もの武将に成り代わりプレイしてきたが、何度もやってみたくなるのは、やっぱりなんと言っても孔明シナリオしかない。

 幼い頃は、呂布とかの武力系の将に憧れた時期もあった。だが、ある程度の年齢になってからは、もっぱら三国志のゲームの新作が出る度に真っ先にプレイするのは、孔明ばかりになっていた。

 多分、何となく悟っちゃったんだと思う。

 俺は、呂布にはなれない。赤兎馬せきとばも乗りこなせないだろうし、遠くにある武器の柄に矢を当てるなんてもっと無理だし、そもそも身長が二メートルを超えてる人間なんて化け物じみてる。

 でも、孔明は違う。

 彼の示した『出師すいしの表』に代表されるような劉備への忠義は、あくまで精神論の問題だから、気合次第でなんとかなる。

 敵に示した数々の計略は神がかってはいるけれど、それらは全部知略だ。

 武力は目に見えるけど、知力は目に見えない。だから、もしかしたら、すごく努力したら、彼のようになれるかもしれない。孔明はそんな風に思わせてくれる存在だ。

 だからこそ孔明は、凡人でも自分を重ね合わせることができるヒーローとして、人気があるのだと思う。

「よしっ。これで終わりだ!」

 俺は眠たい目をこすりながら、マウスを動かし続ける。

 堀を越え、城門を壊し、宮殿に籠った敵の大将を奥まで追い詰める。

 四方八方を取り囲んだ味方の武将たちが、一斉に攻撃を繰り出した。

 ザシュッと小気味いい効果音と共に、敵が消滅する。

「ふふふ、やりましたよ。劉備様。三顧さんこの礼の御恩に報い、あなた様の漢王室復興の志、見事成し遂げました」

 こうして長きに渡った戦乱の世は終わった。

 都にはためく漢の御旗。

 孔明は、ただ一人、今は亡き劉備の墓の前に跪き、供物を手向ける。

 そして、流れ出す、EDテーマ。

 重厚なその管弦楽は、夜ふかしした俺の耳に、子守歌のように響く。

 俺は達成感に満たされながら、重くなっていく瞼に任せて、机へと突っ伏した。

 意識が、徐々に薄れていく。

 ……。

 ……。

 ……。

「もし」

 ……。

 ……。

「もし、稀人よ。お目覚めください」

 ……

 どれくらいそうしていただろう。

 肩を叩く、高めの男の声に、俺はゆっくり目を開く。

「ん……。あんたぁ、誰?」

 寝ぼけ眼で、俺はその人物を見据えた。

 ガリガリで馬面の、三十歳くらいのおっさんだ。頭には青い頭巾を被り、何か鳥の羽をくっつけた感じの服を着ている。どことなく仙人っぽい雰囲気だ。

「私は、諸葛亮。あざなを孔明と申します。漢の司隷校尉諸葛豊しれいこういしょかつほうの子孫です。ゲホッ。ゲホッ」

 男はそう名乗ると、しきりに咳き込んだ。

「ふふふ、そっかー。孔明さんかー。いつもお世話になってやーす」

 なんだ夢か。

 寝落ちしてまで孔明の夢を見るなんて、俺どんだけ三国志が好きなんだよ。

「なんと! 私のことをご存じですか?」

 孔明さんが驚いたように目を見開く。

「そりゃもちろん知ってますよー。魏・呉・蜀。天下を三分する国々に名将がたくさんいるとはいえ、孔明さんほど有名な軍師はいないですからねー」

 俺はそう言って頷いた。

「まさか、私の胸中にしかないはずの、天下三分の計までご存じとは! さすがは天より遣わされし存在。ならば話が早い。稀人よ。どうか、私の願いをお聞き届けください!」

 孔明さんはそう言うと、跪いて平伏した。

 だめだよ。孔明さん。俺の部屋、あんま掃除してないから汚いよ。

「はいー? 願いー? 孔明さんが俺にー? どゆこと?」

 俺も孔明さんに釣られるように、デスクチェアーから降りて床に胡坐をかく。

 でも、眠いからすぐに横にコテンと転がった。

「よくぞ聞いてくださいました。この孔明。苦節二十年にして、ようやく仕えるべき主に巡り合ったのです。今のこの乱れた中国を、正しき道へと導いてくださる御方に」

 孔明さんが目を輝かして語り出す。

「はいはい。知ってますよー。人徳の聖君、漢王朝の末裔、劉備玄徳りゅうびげんとく様ですねー」

「その通りです。かたじけなくも、すでに劉備様にはその高貴な御身を曲げて、二度も私のわびしい草庵そうあんを訪れてくださいました。しかし、私には事情があり、お会いすることができませんでした」

 孔明さんはそう言って視線を伏せる。

「ああー。何か入れ違いになったんですよねー」

「違います。私は家におりましたが病気でもう余命が幾ばくもないので、会うことができなかったのです。何とか病気を治せないかとあれこれ手を尽くしてはみましたが、先日天体の動きを観察して気が付きました。すでに私の天命はもう尽きてしまったのだと」

 孔明さんは悲しそうに首を横に振ると、服の袖で目を拭った。

「ええ? マジでー? ちょっと病気になるの早すぎー。五丈原じゃなくて?」

 史実にない展開に、俺はついついため口になる。

「は? 五丈原? ともかく、私の寿命は残り少なく、とても劉備様にお仕えできる状況ではないのです」

 孔明さんはそう言ってがっくり肩を落とした。

 まじかよ。超大変じゃん。歴史変わっちゃうよー。

 まあ夢だからどうでもいいんだけど。

「そうなんだー。それで? 俺にどうして欲しいの?」

「はい、稀人さまにおかれましては、どうかこの孔明に成り代わり、劉備玄徳様をお助けする役目を、天下万民のために果たして頂きたいのです。そのために私は、こうして、禁じられた儀式を行い、稀人様をお住まいごと、この襄陽の山奥にお招きした次第です」

「うえー。儀式?」

 俺は欠伸あくびと共に、部屋を見渡した。

 いつも通りの慣れ親しんだ俺の部屋だが、確かに部屋の中央に、魔法陣やら御神酒おみきざけやら何かの葉っぱやらが配置してあって、儀式の後っぽい雰囲気になっている。

 卒業したと思っていたけど、俺の中にもまだ残っていたか、厨二魂。

「はい。稀人様の意思も確かめず、勝手なことをして申し訳ありません。ですが、他に私の大望を果たす手段もなく……」

「別に謝んなくてもいいですよー。そっかー。孔明さんは風を吹かせられるだけじゃなくて、召喚魔法もできるんすねー。さっすがー」

 ちょっと前にファンタジー系のSRPGもやってたから、記憶が交ざったんだろうか。

 夢っていい加減だなあ。

「寛大なお言葉、痛みいります。それで、稀人様。私の願い、聞き届けてくださいますでしょうか」

「ういうい。任せてといてくださいよー。なんせ俺はさっきも孔明さんの代わりに中国統一して漢王朝復興してきたばっかりなんすからー」

 俺は自分の胸を叩いて、気楽にそう請け合った。

 ゲームの中なら、俺は負け知らずなのだ。

「頼もしい! では、早速契約の杯を交わしましょう!」

 孔明さんはそう言って、手近にあったとっくりをひっつかみ、中の液体を口に含んだ。

 それから、そのとっくりを俺に差し出してくる。

「はいはーい。頂きますー」

 俺は寝転がった姿勢から再び胡坐の形に戻ると、そのとっくりに口づける。

 孔明さんと間接キッスだ。わーい。っていうか、まっず。なんだこれ。酒か?

「これで、契約は完了しました。ああ! もうこれで何も思い残すことはない」

 孔明さんは満足げな笑みを浮かべて、床に大の字に寝転がる。

 ドンドンドン!

 同時に俺の部屋のドアが、激しめにノックされた。

「やっべ。母ちゃんにゲームやってんの。バレたか」

 俺は慌ててモニター画面を見る――真っ黒だ。

 よかった。無意識の内にパソコンの電源を落としていたらしい。

 あ、そもそも、夢だから焦る必要はないか。

「どうやら劉備様がいらっしゃったようです。それでは、後はよろしくお願いします」

 孔明さんはそう言って、瞳を閉じて胸の前で手を組んだ。

「お願いしますって。孔明さんはどうすんの?」

「私は、稀人さまを異界からお招きした禁術の代償に、この身と魂を泰山府君に捧げねばなりません。それでは――。漢王朝に栄光あれ!」

 孔明さんはそう言い残すと、ゲームみたいなキラキラなエフェクトを発生させながら、身体ごと消滅する。

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