【第七章】STANDARD TRUTH
stage 41 ロータスビレッジ構想 -Naoki side-
昨今のアソークコールセンターは立ち上げの頃と比べてすっかり様変わりしていた。
AI導入促進事業部が完成させた「アンチエモーションズ:Anti Emotions」が異次元の超効率を実現し、今や大手通販会社の受注窓口もワンオペで回せるほどコールセンターの無人化は進んでいたのだ。
電話対応に代わって主軸となった業務は「ネットパトロール」だ。SNSに投稿されるヘイトスピーチや児童ポルノ、テレビ番組などの著作権・肖像権違反を監視し、権利者への報告やサイト運営者への削除依頼を行う仕事である。このように、AI化とともに撤退せざるを得ないと危惧されたアジアのコールセンター業界は、新たな潮流に乗って生きながらえていた。
斜陽の祖国に見切りをつけ、バンコクに活路を求める日本人は後を絶たない。そんな、病めるバンコクキッドたちをシャンバラ色に染め上げ、十分に教えが行き届いたタイミングで「山梨県」に送り返す。
かくの如き、信者増殖のサイクルがうまく回っている。
アソークコールセンターで働く社員の約半数がシャンバラ教徒という状況は極めて異常な割合だ。しかし、なにをやろうが、すでにAJコミュニケーションズの筆頭株主はシャンバラ国なのである。教団に対する否定的な書き込みは削除し、褒め称えるコメントだけを拡散させるといった情報操作も意のままだ。
だか、順風満帆なシャンバラ国を根底から揺さぶるニュースが飛び込んできた。改元を前に麻原を含むオウム真理教元幹部ら13人の死刑が執行されたのである。
「ヒロ。なんつったら良いか分かんねーけどよ・・・。さぞカリンも落ち込んでるだろ」
「ええ・・・。彼女の悼みは計り知れません。Twitterに書き込まれる心無いコメントもエスカレートするばかりです」
「ネット弁慶どもは頭がイカれてるぜ。親が侵した罪を子も償わなきゃならねーって理屈なら、現代に生きる日本人は全員切腹すべきだ。どんな家系だって先祖を遡れば必ず何人かはぶっ殺してるはずだからよ」
「尊師の治療を求める声は最後まで聞き入れられずじまい。真相が解明されぬままの処刑ショーです」
「・・・・・」
「尊師や兄たちは悪魔でも怪物でもなかった。社会通念とは乖離する部分もありましたが、それすらも宇宙の構成要素。マリファナを吸った経験のないオールドタイプには理解不能でしょう」
「実体があると思い込んだバカの洗脳を解くのは骨が折れるぜ。だからこそ、こんな時でもシャンバラ国に立ち止まってる暇はない。金剛乗の教えは節板の抜けた竹。一気に昇るか地獄に落ちるか二つに一つだ。首謀者グループには極楽浄土への切符なんて配られねーぞ」
「もちろんです。もう失うものはない。僕がアーチャリーを支えます。彼女の力強い宣言に勇気をもらえたから・・・」
「"私はヴァジラヤーナの鬼になる"」
「はい・・・」
「俺も焼きが回ったか・・・。チクショー。おっちゃん涙が出てきたぜ」
「ナオキさん・・・。僕たちのために泣いてくれてありがとうございます。いつか旅立ったみんなと再会できる日がやってくる。そんなインスピレーションが瞑想中に降りてきたんです。だから・・・、寂しくなんてありません」
「・・・・・」
「さて。大事なのは、いま、ここ。政界進出の作戦会議に移りましょう」
「おう、そうだった。早いとこ骨子をまとめねーと間に合わねーぜ。足りない頭で知恵を絞ってみたが、俺たちイロモノ団体が、いきなり国政に打って出てもオウムやハッピーサイエンスの二の舞を踏むだけだ。それよりも、派手さには欠けるがシャンバラ国から一人でも多くの市議会議員を巣立たせて自治に食い込もうと思う。先ずは天然の要害に囲まれた甲州を盗ってみねーか?」
「山田長政の次は戦国武将ですか?ハッハハハハ。 国政ではなく地方選に目をつけた点はさすがです。僕たちが目指す未来型国家に広い領土は必要ありません。シャンバラ国の勢いをもってすれば、信者たちが集まる上野原市で確実に当選者を出せるでしょう」
「だろーな。在家信者にとって、"コモアしおつ"は東京まで1時間半の通勤圏内だ。なおかつヴィクラマシーラ最寄の塩山駅へも4、50分の距離にある。これ以上に望めない立地だろ?大枚はたいて1エリアを買い占めた甲斐があるぜ。ハッハハハハ」
「山梨県だけに甲斐ですね。アッハハハハ。ナオキさんに座布団一枚!」
「お、おう・・・」
※ ※
『コモアしおつ』とは山梨県上野原市にあるニュータウンだ。
バブル景気による地価高騰のなか、手頃な価格で一戸建てを求めるニーズに応えるべく、1987年に積水ハウスが四方津駅北側を造成し、1991年より戸建販売、宅地販売を開始した。
80万平方メートルの敷地内には住宅地や公園のほか、小学校やスーパーマーケットや医院などがある。 また、最寄駅である四方津駅とは「コモア・ブリッジ」というガラスドームに包まれた斜行エレベーターで結ばれている。
※引用「コモアしおつ」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2018年3月12日22時(日本時間)現在での最新版を取得。
※ ※
「コモアの住民には破格の和解金を支払いましたからね・・・。喜んで都内のタワマンに移った家族も多いそうです。いずれは全エリアを手中に収め、悲願の"ロータスビレッジ構想"を成就させましょう!」
「国盗りは小さなとこからコツコツだ。俺たちの支配地域へは、だせぇネット弁慶どもや差別主義者、右翼、左翼の入国を禁止する。無論、死刑なんて野蛮なもんは即刻廃止だ。アッハハハハハ」
「呪殺は肯定で死刑は否定。世間ではダブルスタンダードと叩かれそうです」
「ダブルスタンダード?違うな。俺たちはマルチスタンダードを採る。いや、"STANDARD TRUTH" か・・・」
「スタンダードトゥルース。カッコいい響きです!若干、中二病はいってますが、さっそく教団のキャッチコピーに採用しましょう。そもそも人間の生殺与奪を政府や裁判所などという欠陥組織がジャッジできるはずもありません。我々が無条件で命を託せるのはシャンバラ王のみ・・・。パー太郎は黙ってろって話です。アッハハハハ」
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