stage 42 不正選挙 -Naoki side-

 20●●年、統一地方選の告示日を迎えたシャンバラ国の選挙事務所前に黒山の人だかりができた。ヴィクラマシーラのお膝元である甲州市と、信者が集まる上野原市に2名の公認候補者を立てた我が教団は、これから7日間の選挙戦に挑むのである。

 

「I Have a Dream!我々の夢は、ここに伝説の理想郷シャンバラを築くことです!」


第一声を放った候補者への罵声は止まなかった。


「殺人集団オウムは山梨から出て行けー!!」


「国家転覆狙うシャンバラ信者を駆逐せよー!!」


「麻原の娘、アーチャリーの首を吊れー!!」


恫喝とも取れる口汚いヤジは公職選挙法に触れる明確な選挙妨害だ。

宗教への理不尽な憎悪は、地下鉄サリン事件から数十年が経つ現在も、山梨県民、いや、多くの日本人の腹の底でくすぶっていたのである


「ナオキさん、僕は怒りを通り越して情けない。同じ人間にここまで汚い言葉を吐けるなんて・・・。初めての選挙戦は試練になりそうですね」


「あいにくの荒れ模様になっちまったな。ヤツらは度脱が怖くねーのか?」


「いえ。どれだけシャンバラを批判しようが、これまでに一般市民が呪い殺された事例はありません。自分たちは標的にならないと高をくくっているのでしょう。度脱はオウムが起こしたとされる無差別テロとは似て非なるもの。最低限の犠牲で効果的な人物を厳選・・・」


「ちょっと待て!!その先はシェルターの外で口にするんじゃねー!」


「す、すみません・・・」


「多少は教団への理解が得られた頃だと思ってたがな・・・。これじゃ、いっとき抗議が激しかった街宣右翼も真っ青だ。ただよ、定員割れギリギリの甲州市と上野原市で勝つことは、それほど難しくはないはずだ。あくまで計算上だが、からの票が100も入りゃ当選は確実さ」


     ※     ※


 ヴィクラマシーラでの演説予定時間は30分も押している。


「誰もが幸せに暮らせる地域を実現できるのはシャンバラ国だけです。しがらみにとらわれないクリーンな政治。仏教思想に基づく慈悲のセーフティネット。STANDARD TRUTH!STANDARD FUTURE!甲州市から日本を変えていこうではありませんか!」


 妨害に負けずなんとか出陣式を終えた候補者は、次の演説場所に向かって移動を始めた。


『オム~マニ~ペメ~フム♪オム~マニ~ペメ~フム♪オム~マニ~ペメ~フム♪オム~マニ~ペメ~フム♪』


選挙カーの屋根では、五色のタルチョとシャンバラ国旗が拡声器から流れるマントラに合わせてはためいている。


     ※     ※


 タルチョとはチベットの寺院や峠の端に見られる経文が書かれた祈祷旗だ。五色の順番は青・白・赤・緑・黄の順に決まっており、それぞれが天・風・火・水・地の五大を表現する。このタルチョが風にはためくたびに、お経を読んだのと同じ功徳があるとされている。また、「オム・マニ・ペメ・フム」(Om・Mani・Padme・Hum)は、チベット仏教徒に最もよく唱えらる観音菩薩の真言(マントラ)だ。


     ※     ※


「ヒロ、お世辞にもセンスが良いとは言えないカズさんのデザインにしちゃワリとイケてるだろ?あの誇り高き"ロータスフラッグ"が山梨県全域に翻る日がやって来るぜ」

※ロータスフラッグ=白地に蓮の花が描かれたシャンバラ国旗。


「18歳以上の信者数がイコール得票数です。いくら批判をぶつけたところで選挙結果には逆らえません」


「あとは、この日本に1ミリでも民主主義が保たれていることを願うばかりだ」


「・・・・・。そろそろ上野原市の様子も見に行きましょう。きっと向こうにもマスコミが駆けつけてますよ」


     ※     ※


 一週間後。想定外の結果を受けた関係者一同は超戒の間に集まっていた。

なんと、シャンバラ国の候補者は2名揃っての落選だったのである。


「ナオキさん、断じて許容できません!うちはコアな信者票だけで600をもってました。すぐに異議申立てをすべきです」


「最下位当選者の得票数が600~700で決してるんだ。まさかとは思ったが・・・。数が合わねぇ」


「・・・・・・・」


「みんな、聞いてくれ!これは紛れもないだ。日本がこれほどまで腐りきってるとはな・・・」


「ではさっそく選管に・・・」


「やめろ!!もういい。この期に及んで結果は覆えらねえよ。そもそもだ。あぶれ者の俺たちが堅実にいこうって作戦が失敗だった」


「夢は断念・・・ですか?みんなで理想郷を作ろうって誓ったじゃないですか!」


「バカタレ!!そうじゃねー。歯を食いしばって頑張らなきゃらならねえ時もある。だけどな、どうにもなんねーもんは潔く諦める。事物に拘り過ぎて囚われることは執着だ。基本中の基本だろ!」


「・・・・・」


「わりぃヒロ。怒鳴るつもりじゃなかったんだ・・・。俺にはまだ策がある」


「・・・・」


「教団の自治計画を"プラン2"に移行する!」

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