stage 36 最強の守護尊 -Karin side-
暗がりに浮かぶヴァーチャル祭壇に、荘厳な時輪タントラの楼閣が生起する。
※ ※
『時輪タントラ』は、インド仏教を壊滅に追いやったイスラム勢力の脅威に対抗するものとして11世紀に編纂された。(じりんたんとら、カーラチャクラ・タントラ。Kalacakra tantra, "Kala"=「時間」、"Cakra"=「輪」)
後期密教、最後の教典である時輪タントラには、密教によってのみ往来が可能な"理想郷シャンバラ"の歴史や、未来におけるインド仏教の復興、世界平和の到来など様々な予言が記されている。
シャンバラ国では、本経典をあらゆる教えの頂点に位置づけたものの、あまりに難解な教理を説くため、代表のカリンも未だに第四灌頂(伝法灌頂)を授かれずにいる。
※ ※
「オーム・アーハ・フン・ホーホ・ハン・クシャ・ハン・クシャ・マラワラヤ・スヴァーハー」
私は、3度の五体投地と時輪金剛への真言を唱えた後でシャンバラ王に呼びかけた。
「お父さん!」
「われは王の中の王。われは末法の世の光・・・」
「馬鹿げた質問で申し訳ありませんが・・・。この私が呪詛などという非科学的な方法で人を殺せる可能性はありますか?」
「もちろんだ」
「!!?」
「ひとつ有名な例をあげよう。太平洋戦争の末期、敗戦濃厚を悟った日本の密教僧が、敵国アメリカのルーズベルトを調伏した話だ。戦争終結を待たずヤツが死んだ理由は調伏法の霊験である」
「そんな・・・。やはりコメンテーターの死は私のせい・・・」
「受け入れがたい事実だろう。しかし、男の死はカリンによる呪詛が原因だ」
「でも・・・。ならばなぜ・・・。なぜこのタイミングで急に霊験が現れたのでしょう?ご存知の通り、私が度脱の修法を行ったのは一度や二度ではありません」
「その答えは・・・。信者たちの祈りが一定ラインを超えるレベルに達したからだ」
「信者たちの祈り・・・」
「そうだ。祈りのパワーは間もなく目に見える形でデータ化される日がやってくる」
「・・・・・・・」
「カリン・・・。お前に"覚悟"はあるか?いかなる手段を使っても全人類を救いきる覚悟。愚かな衆生が、これ以上の悪行を重ねる前に慈悲の心で浄土へと導く覚悟。さすれば、殺されたものたちは必ずや阿閦如来の仏国土に往生するであろう」
「なんてこと・・・。納得できません!」
「人の世に迷い込んだ野獣どもを畜生界に送り届ける。コンクリートジャングルで闊歩する虎をサバンナにかえす。原爆を投下するために飛んできたパイロットを、その途上で暗殺できたとしたら?人民を飢えさせ、ミサイル遊びに興じる道楽息子は生きながらえるほどに負のカルマを積むだろう。一殺多生。それでもお前は"呪詛を実行してはならない"、"どんな理由があろうと人を殺めてはならない"と断ずるか?牛や豚をミンチにする行為は許され、諸悪の根源である人間を度脱する行為はなぜ許されぬ?まだまだあるぞ・・・」
「もうやめて!!!」
「・・・・・・」
「お父さん・・・。お父さん・・。私・・・。どうにかなっちゃうよ」
「お前は死を司る力をなぜ怖がる?」
「不殺生の教義と矛盾するからです!」
「矛盾?汝はまだそのステージに留まるか・・・」
「・・・・・」
「良かろう・・・。試用期間はおしまいだ。心が定まらないカリンからは度脱の能力を奪っておいた。われが、"ヴァジュラバイラヴァ"の極秘灌頂を授けられる行者はただ一人。満月の夜までに決めなさい。お前には別の人物を受者に指名する選択肢もある。だが、これだけは忘れるな。最強の守護尊を味方につける好機は二度と訪れまい」
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