stage 16 これが方便だ! -Naoki side-

 俺とヒロは、照明の落ちたスタジオで余韻に浸っていた。

大きな窓ガラスの外に、BTSから吐き出された人々の気だるそうな表情が見て取れる。

※BTS=バンコク・スカイトレイン。タイの首都を走る高架鉄道。


「無事に終わりましたね・・・」


「ああ。心地いい疲労感だ」


「お疲れのところすみませんが・・・。ちょっと質問があるんです」


「ん?なんだ?」


「初めて打ち明けた日のナオキさんもそうでしたが・・・。元オウム信者と聞いてカズさんとアヤカさんは不快に思わないのでしょうか?気にも留めない様子なんで逆にこっちが戸惑ってます」


「アッハハハハ。ヒロはオウムで何を学んできた?いつか話してくれただろ?浄、不浄の区別なく全てをありのままに観る。それがヴァジラヤーナの教えだってさ。違うか?」


「ナオキさん・・・。いや、あなた方はいったい何者ですか?」


「何者でもねー。強いて言うならバンコクキッドか・・・。カズさんが名付け親なんだけどよ。バカっぽいだろ?でもなぁ、バカこそが最強だ」


「・・・・・」


「この話はもういいだろ?そんなことより、今日はまた一つアイディアが生まれたぜ」


「・・・・・」


「客たちを見て気付かなかったか?やっぱり最初に飛びついてきたのはセレブの駐妻やを気取る女子会メンバーだったよな?」


「たしかに・・・。残念ながら悟りのの字もないエクササイズ感覚のヨガを求めにきた客層ですね」


「そうだ。"ヨガスタジオに通う私って素敵"ってタイプの薄っぺらな連中さ。アイツらに菩提心を起こさせるには神秘体験が一番だ」

※菩提心=悟りを求める心。


「まさにその通りです」


「かといってだ。"こちらを一服どうぞ!悟りへの近道です!"なーんつってドヤ顔でジョイントでも勧めてみろ?どんな反応が返ってくるか・・・」


「無謀ですね・・・。もくろみが外れましたか。そう簡単に瞑想とマリファナのセット販売なんて都合よく行きませんよねぇ」


「ところがどっこい・・・。ハッハハハハ」


「??」


「お前、アヤカ姐さんのセリフ覚えてねーか?」


「アヤカさんの・・・。セリフ・・・」


「良く思いだせ!ただのバカと伸び代があるバカの分かれ目だ」


「・・・・・・・。あっ!マリファナクッキー!!」


「ビンゴ!!アッハハハ。やっぱり姐さんは勝利の女神だぜ!」


「はい!」


「よし。そうとなりゃ話は早い。沙羅双樹のカリキュラムに"瞑想前のティータイム"を付け加えなきゃな・・・」


「あなたの徹底ぶりは尊師以上かもしれません」


「甘ったれんなヒロ。腹を決めろ。これが方便だ!」

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