stage 09 その名はテルマ -Naoki side-

 一行が徒歩でやってきた場所は街の北東に建つ仏教寺院だ。

ジンが見つけたプラント候補の物件とは、カレン族の村に続いて意外な施設だったのである。


「キリスト教会の次は寺かよ?罰当たりなヤツだな・・・。順番的に今度はモスクか?アッハハハハ」


「この世に生まれてきた以上の罰を、お前は知ってるのか?」


「は?どうした急に?ジンちゃんはひねくれてんなぁ。家庭環境悪かっただろ?」


「物心付く前から俺は組織の中で育った・・・。ヨンファだってそうさ。神や仏がいるんなら、いったい俺たちは何のために生まれてきた?」


「何のためにか・・・。今はよく分かんねーけどさ。遅くはないぜ。これから一緒に探しに行けばいいじゃねーか」


「ケッ!B級漫画の主人公みてーな青臭えセリフぬかしやがって。バカに聞いて損したぜ!」


     ※     ※


 その「隠し部屋」は派手に飾った本尊の裏手から、猿梯子さるばしごを降りた地下空間に広がっていた。天井こそ低いが面積はゆうに150平米を超えていそうに見える。


「なんだよここ?ドラクエみてーだな・・・」


「どうだ大将?気に入ったか?」


「ああ。スゲーよ。そもそも大麻草は適当に種をまくだけで育っちまう丈夫な植物だ。イケんじゃねーか?」


「ハッハハハハ。それは良かった。間もなくここに栽培に必要な照明器具やら空調ダクトを運び入れる。リフォームが済み次第、最高のシードと最新の設備による本格的な水耕栽培が始まるぜ」


「現実味を帯びてきたな。順調にいきゃあ初収穫は4、5ヶ月先ってとこか・・・。こうしちゃいられねー。センターに戻ってさっそく市場調査だ」


「おお!頼むぜ営業部長。どこに出しても恥ずかしくねーブツなんだ。いつまでもヴァンビエンにたむろするバックパッカーどもに吸わせておくのは勿体無いぜ」


「アッハハハ。一日も早くに付いてもらわねーとな」


「ナオキ、この機会にマリファナのブランド名を決めておかねーか?」


「う~ん。そうだな・・・。寺の地下で栽培された大麻・・・。無限の智慧が湧き立つハーブ・・・。よしッ!チベットに伝わる埋蔵経典にちなんでなんでどうだ?」


「テルマか・・。悪くねぇ」


 この日、なぜ俺の口からテルマなどと言うマニアックなネーミングが飛び出したのか?


 60年代、LSDの幻覚体験と埋蔵経(テルマ)である『死者の書』に描かれた臨死体験が類似することが話題になった。そして、その噂はまたたく間に広がり反戦を謳うヒッピーたちの間でセンセーションをまき起こした。


俺は以前、カズさんから「ユングも虜になったバイブルだ」と、「死者の書」をされて読んでみた経験があった。おそらく、当時受けた強烈なインパクトが潜在意識のどこかに眠っていたのであろう。 

後々、このテルマが教団の活動を支える「金のなる木」に成長するばかりか、宗教とは縁遠かった俺が、チベット密教そのものと深く関わっていくことになろうとは知る由もなかったのだ。


 こうして、俺たちの夢を乗せた大麻生産工場が仏教寺院の地下室で産声をあげたのである。

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