stage 01 メーホンソーン -Naoki side-

 さて、さっそく俺たちが掴んできた「栄光の数々」をお披露目したいところだが、いきなりのメインディッシュもつまらない。そこで、少し遠回りになるが時計の針を前世紀「B.S.:BeforeShambhala」の20●●年に戻させてもらおう。


     ※     ※


 アソークコールセンターがシステムメンテナンスに入ると、俺は兼ねてから旅に行きたがっていた彼女を連れてアパートを出た。


目的地にタイ北部の「メーホンソーン」を選んだ理由は、海よりも山が好きなラオス山岳民族出身の"フアン"からの強いリクエストだ。

※フアン=人身売買でタイへと連れてこられた少女。チャトチャック・ウィークエンドマーケットでナオキと出会う。詳しくは前作を参照のこと。


「おいおい、お前・・・。顔色が真っ青だぞ。大丈夫か?」


モーチット・マイ(バンコク北バスターミナル)を発った長距離バスのシートでは、フアンがげんなりとした表情でヘッドレストに頬をうずめている。

荒っぽいドライバーは客の乗り心地などお構いなしに、アップダウンが続くワインディングロードを爆走中だ。


「ウウゥ・・。ナオ、キモチワルイデス・・・」


「やっぱり飛行機で来ればよかったな・・・。もうちょっとの辛抱だ。頑張れよ・・・」


バスのルートを見たときから嫌な予感はあったのだが、タイ王国のIDを持たないフアンは、セキュリティが厳重な空港に近付くことを極度に嫌がる。裏ルートで作った偽造IDがあるとはいえ、いつなんどき警察に捕まり、祖国に強制送還されてしまうのでは?と戦々恐々なのだ。


このように、俺たち「訳ありカップル」の二人にとって、ワイロが効かなくなったタイ王国は、かつてほど安心できる居場所ではない。


古き良き時代の終焉。


そしてそれは、新時代の幕開け前夜だった。


     ※     ※


 チョーンカム湖のそばに建つ「Piya Guest House 」にチェックインを終えると、フアンの体調はみるみると回復した。山の空気をうまそうに吸い込んだ丸顔にいつもの笑みが戻っている。


 レンタルバイク屋でを借りた俺たちは、標高600mのコン・ムー山へとバイクを走らせた。


「なぁフアン。たまには、小汚ねえバンコクから離れて田舎でゆっくりするのもいいもんだな」


頂上の駐輪場にバイクを止めた俺は、フアンとともに「ワット・プラタート・ドイ・コンムー」からメーホンソーンの町並みを見下ろしていた。

左前方に横たわるのは、短い滑走路が1本あるだけのローカル空港だ。


「ナオ。アリガト。ココハ、ワタシ、ウマレタイナカ、オナジニオイ・・・」


拙い日本語でつぶやくフアンが感慨で目を潤ませた。


「ゴメンサナイ・・・。ワタシハ・・・。ワタシ・ハ・・」


神経質なフアンは、せわしないスケジュールの最中、俺を旅に急き立てたことに後ろめたさを感じているようだ。


「いいんだよ。気にすんな。いつか俺は・・・。世界中が流す涙を丸ごと買い取ってやれたらって・・・。本気で思ってる」


「・・・・・」


そっと胸に抱き寄せた一つだけの宝物。


華奢なフアンの肩が小刻みに震えていた。


「バカな男についてきてくれてありがとな」

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