stage 02 足るを知る -Naoki side-

 木造家屋が立ち並ぶ小洒落た街の散策のあと、プールサイドで夕方まで時間を潰した俺たちは「Fern Restaurant」のテーブルについた。


 時間が早かったせいか客の入りはイマイチに見えたが、名物の"ガイホーバイトゥーイ"をつまみに三本目のビアシンが空く頃には、中国人、韓国人を中心に大方の席が埋まっていた。


「最近の日本人はどうしちまったんだ。食っていくだけ稼げりゃいい。酒も飲まねー車もいらねー。恋愛も旅行もめんどくせーときたか・・・。その割にはSNSで承認欲求を撒き散らすんだよなぁ。オッチャンは祖国の未来が心配だぜ」


「・・・・・・」


一人酒をかっくらい、くだを巻く俺をよそに、フアンはスプーンに乗せたカオソーイを黙々と口に運んでいる。


「ごめんな、フアン。愚痴ばっかりで。なんだか最近、燃え尽き症候群にかかってるみてーなんだ・・・」


 今やバンコクで最大手となったコールセンターの管理者で、年収は600万円+インセンティブ。おまけに目の前ではとびっきりのべっぴんさんが微笑んでくれる。


金、女、の肩書・・・。


日本を飛び出したばかりの"現採テレオペ"時代とくらべれば誰もが羨む夢の環境だ。

バンコクをはじめ、東南アジア圏のコールセンター業界で飯を食う者としては、トップクラスの位置にまで登り詰めただろう。

※現採テレオペ=現地採用のコールセンタースタッフ。語学・学歴・経験不問で給料は3,0000バーツ~。


だが、何かが足りない。


「所詮、の限界はここまでか・・・。実にあっけない。イージーモードすぎる。もっとグワッーと熱くなれる難関クエストはねーのか?」


「ナオ・・・。ワタシ、イマ、イチバン、シアワセナ」


「・・・・・・」


 フロアーでは、店のお抱えバンドマンらしきメンバーによるジャズの演奏が始まった。


しっとりくる旋律は「Bill Evans」のド定番だ。


「ジャズも悪くねー・・・。いや、むしろ音楽の最高到達点だろうな。ただよ・・・。俺にはまだ早い気がするんだ。あ~あ!チクショー!バッキバキのHIPHOPが聴きてーぜ!」


「アナタ、ヨッパライナ」


「おお、わりぃわりぃ。腹いっぱいになったか?そろそろ引き上げようぜ・・・」


     ※     ※


 夜の帳が下りた湖面に、ライトアップされたワットチョーンカムがゆらゆらと漂う。俺たちはイチャつくカップルと大声で騒ぐ観光客から逃げるように隅っこのベンチに腰掛けた。


 信心深いフアンは寺の方向に手を合わせ、なにやらぶつくさとような文言を唱えている。


「ネエ、ナオ・・・」


読経を終えて満足したフアンが、じっと俺を見つめてきた。


「เสรษฐกิจพอ่เพียง」(セータキット・ポー・ピアン)


「なんだよそれ?」


「アナターシッテルカ?ニホンゴ、ムズカシイ。タル?シル?プミポン、オオサマ・・・」


「お~。分かった分かった。って言いてーんだろ。国王陛下のメッセージだったよな?」


「ハイ。ソウデス・・・。ダカラ・・・。タクサン、イラナイ」


「ハッハハ。フアンありがとな。ホントにそうだ・・・。これ以上を望んだってしょうがねえか」


俺たちがそんな会話を最後にベンチを立とうとした時だ。


「よぉ!!久しぶりだな大将っ!」


「!?」


後ろから、一人のが声をかけてきた。

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