バンコクキッドNAO~ニューワールドオーダー~
綾瀬一浩
【第一章】「足を知る」か、それとも、「欲望の海で溺れる」か・・・。
stage 00 秘密集会タントラ -Naoki side-
「ある時、ブッダは一切如来の身・語・心の三密の真髄である諸々の金剛女陰において、真実の法を説き始められた」
エクスチェンジタワー(アソーク交差点の南東角にある高層オフィスビル)のミーティングルームでは、ガンデンポタン(インドにあるチベット亡命政府)から呼び寄せたラマ(高僧)による「秘密集会タントラ」の灌頂が行われていた。
※ ※
秘密集会タントラ(ひみつしゅうえタントラ Guhyasamāja tantra、グヒヤサマージャ・タントラ)とは、インドから日本へ伝わることのなかった後期密教経典郡、いわゆる無上瑜伽タントラに分類される経典の一つであり、チベット密教では「死者の書」とともに核となる教えだ。
冒頭から釈迦が性瑜伽を行うシーンから始まり、スカトロジー(糞尿や経血を食す)やカニバリズム(人肉摂取などを薦める)までをも含む刺激的な内容は、弘法大師空海が中国唐代の恵果阿闍梨より受け継いだ「純密」に対し、「左道密教」(堕落した密教)などと揶揄される傾向にある。
また、高い階梯にいるラマからイニシエーション(灌頂)を授かることが密教世界への唯一の入口であり、どれだけ熱心に独学を重ねようが、この儀式を省いた修行では全く意味をなさないことが特徴だ。
※ ※
信者たちがかぶるヘッドギアは密教エネルギー「ヴァジュラ」を計測中だ。
我が国が誇る自慢の量子コンピューターを用いた脳波解析が進んでいる。
「ヨシキ、センスがいい新人は徹底的にマークだ。こんな老いぼれ導師の灌頂でもそこそこの数値を刻んでるヤツがいるぜ」
「老いぼれって・・・。ナオキさん、チベット坊主には結構な額を支払ってるんすから。まぁ、本国のカリンさんが主催の大灌頂だったらビルがまるごと吹っ飛んじゃったかも知れないっすね。はっははは」
「それは勘弁だな。ようやく加盟国間の協議がまとまったんだ。ロータス連合の総本部は地理的にもバンコク以外には考えられねえ」
「分かってますって。とにかくこの中から、いったい何人が"ブレイン・コンピュータ・インターフェース"を埋め込むところまでステージを上げられるかです」
「うちの教祖に言わせりゃカルマ次第か?この俺だって未だに疑いを捨てきれてるわけじゃねーんだけどよ。実際に今、こうやって宗教と科学が結びついた現実を見りゃ信じるもクソもねーだろ?まさか、ネオオウムなんて呼ばれてたシャンバラ教団が世界をリードする時代がやってくるとはな・・・」
往年のバンコクキッド読者なら、宗教とは最も縁遠いキャラクターのナオキがなぜこんな場所にいるのか?と違和感を覚えたはずだ。いや、それどころか不可解な単語の連発で、気でも狂ったのでは?と疑われても仕方がない。
当然だろう。
そう。これはそんな現代人の想像を超えるバンコクキッドたちの物語。
ある時期から、突然仏教に傾倒しはじめたカズさんがヒントをくれたのだ。
目に見えない何かの存在。
この世で最も効率的かつ、皆がハッピーになれるビジネスは「宗教」であると。
A.S.(After Shambhala)●●年、シンギュラリティを迎えた世界は新たな秩序で動き始めていた。
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