剣戟(6)
が、ここでシャルルは、頭で描いた作戦など、実戦では簡単に破られてしまうことを思い知る。
三人の護衛士のうち、満身創痍の護衛士二人は、シャルルとアルマンの予想以上に善戦してねばり、しかも、残りの一人がシャルルと斬り合っている護衛士の加勢に来たのだ。
前後の敵が、同時にシャルルに襲いかかる。
(こんなところで、死ねるか!)
シャルルは前方の護衛士の突きをかわすと、敵の懐に潜り込んで右手首をつかみ、足を引っかけて押し倒した。後方の護衛士が繰り出した技は空を切る。
倒れいく瞬間に、シャルルのレイピアによって腹を刺された前方の護衛士は、激痛のあまり気絶した。シャルルはすぐさま横転して後方の敵の二撃目をよける。
「こいつ!」
三撃目をと護衛士が右腕を突き出そうとしたときだった。今度は、彼が後ろから刺された。アルマンの剣が、護衛士の身体を背中から胸にかけて貫いたのである。即死だった。どさりと死骸が倒れる。
「私のほうは、片付いた。さすが枢機卿の護衛隊だ。右手をちょっとやられた」
アルマンは左手でレイピアを握っていた。
「ありがとう、助かった。傷は大丈夫か」
「後で君の膏薬の世話になるよ。その前に、アドルフさんを助けよう」
アルマンが剣を地面に刺した後、左手を差し出し、シャルルを助け起こす。
(手が震えている……)
少年二人は、同時に友の顔を見た。シャルルとアルマンは十五歳だ。いずれは剣士として、誰かを殺すことになるだろうと覚悟はしていたはずだが、まさか、今日、そのようなことになるとは。ニコラが注文した仕出屋の料理をがつがつと食べていたときの自分たちには、まったく想像できなかったことである。
ぎゅっと、シャルルとアルマンは、初めて出会ったときに交わした握手よりもずっと強い力で、互いの手を握り締めあった。
「俺は、へっちゃらだぜ」
「私もさ」
アドルフとジュサックの戦いは、熾烈を極めた。瀕死のはずのアドルフが、わずかに押している。おのれの死が決定的であるがゆえに、捨て身の技を躊躇なく繰り出せるのだ。
「アドルフ、いま加勢する!」
シャルルとアルマンが、ジュサックを取り囲もうとする。
ジュサックは、ついに自分一人になった。だが、その危機的状況がこの喧嘩狂いには快感だったのである。恍惚とした表情で、ジュサックは叫ぶ。
「やはり、近衛銃士と遊ぶのは楽しい!」
「この殺人狂が!」
ついに意識を保つのが難しくなってきたアドルフが、これで終わってくれと祈りを込めて入魂の一突きを放つ。
だが、運命はアドルフに無慈悲だった。ジュサックは、アドルフのレイピアを左手のマンゴーシュでたやすく受け流してしまったのである。
「力みすぎだよ、アドルフ君」
ジュサックの剣がアドルフの喉を貫く。それでもアドルフは立っていたが、残虐な護衛士に、さらに心臓を刺され、ついに力尽きて斃れた。
全て一瞬の出来事で、シャルルとアルマンがアドルフを助ける時間も無かった。
アドルフの亡骸を踏みつけ、ジュサックはシャルルとアルマンに歩み寄る。
「さて……。後はシャルル・ダルタニャンと、そのお友だちだけか」
ジュサックは剣についた血を払うと、「ふむ。どちらからにしようか」と呟いた。まるで子どもがいまから遊ぶ玩具を選んでいるような口ぶりである。
「シャルル・ダルタニャンは殺したら命令違反になるからなぁ。とりあえず、お友だちを始末するか」
「いや、俺と勝負しろ」
シャルルが一歩前に出て、剣を構えた。
仲間の死に泣き叫ぶわけでも、ジュサックの非情さに激怒するわけでもなく、ただ一本の剣が倒すべき敵を狙うかのごとく、シャルルはジュサックを睨んでいる。
「可愛げのないガキだ。お前の兄は、お前ぐらいの年齢のとき、俺に殺されかけて、子兎のように震えていたというのに」
「ジュサックといったな。俺に可愛げが無いのなら、貴様には武人としての誇りが無い。勇敢に戦った敵の遺体を粗末に扱い、命を弄ぶような言動の数々……。あんたは腕に覚えがあるのかも知れないが、俺から見たら下等な剣士だ」
「下等? この俺が? ……もう一度、言ってみろ」
「下等な剣士、剣に恥ずべき男」
「殺してやる……」
命令など知るものか。ジュサックはレイピアの切っ先をシャルルに向けた。じりじりと両者の距離が埋まっていく。
そんなとき、馬のいななきが聞こえた。
(誰かが来る……?)
シャルルは、ジュサックに警戒しつつ、闇の彼方、複数の蹄の音がする方角にちらりと視線をやる。
やがて、赤い衣を着た男が栗毛の馬に乗って、シャルルたちの前に現れた。そばには青鹿毛の馬に乗った黒マントの剣士が、ぴったりと付き従っている。少し遅れて、五人の護衛士と思わしき男たちも、騎馬でやって来た。
「何だ、新手か!」
アルマンが叫んだが、ジュサックも困惑している様子である。
(あの青鹿毛の馬に乗っている男は、コンスタンスとシャルロットを襲った、例の黒マント野郎ではないか!)
コンスタンスが、彼は枢機卿の配下だとか言っていたことをシャルルは思い出した。
赤衣の男が馬を下り、シャルルとジュサックに向かって歩いてくる。老けたその顔は六十歳近い老人に見えた。ジュサックはその人物が恐ろしいらしく、剣を持つ手が小刻みに震えている。残酷な護衛士ジュサックがなぜ?
「誰だ、おっさん?」
シャルルが、ぞんざいな言葉で言った。
「おい、シャルル。あの赤の僧衣は、リシュリュー枢機卿だ」
アルマンがシャルルの腕を引っ張り、小声で教えた。そう言われて、ローマ教皇の最高顧問である枢機卿は真紅の衣を身に纏う、という話を子どものころに大人たちから聞かされたことをシャルルは思い出した。
(そんな大物が、なぜこんなところに?)
リシュリューは路上に斃れている近衛銃士、護衛士たちの死体を見回し、
「ああ……」
と、天を仰いで嘆息すると、ぎょろりとジュサックを睨んだ。
「げ、猊下。こ、これは……」
剣を鞘にしまい、ジュサックはしどろもどろで何とか言い訳をしようとする。しかし、リシュリューはそのような猶予を与えなかった。
「ぎえっ」
家畜が屠殺される瞬間にあげるような声を発し、ジュサックが倒れる。
シャルルとアルマンは、ジュサックの顔面に拳を食らわしたフランスの宰相を唖然と見つめるのであった。
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