剣戟(5)
レイピア(刺突用の片手剣)が、巨体の胸を貫いた。
シャルルとアルマンが、決闘が行われているリュクサンブール宮殿の裏側にたどりついたのと、ほぼ同じ瞬間、銃士ボドワンはジュサックの剣によって絶命したのである。
「ボドワン!」
夜目がきくシャルルは、暗闇の中でも、斃れたのが誰なのかが分かった。
その声に、交戦中のアドルフ、アランたち銃士、ジュサックら護衛士がいっせいにシャルルとアルマンのほうを注目する。
「シャルル! なぜここに来たんだ! ポールに逃げろと言われなかったのか?」
護衛士たちに囲まれながら、アドルフが怒鳴った。アドルフと背中を合わせて戦っているアランは、すでに何ヶ所も重傷を負っているらしく、いまにも倒れそうである。
「この枢機卿の護衛士たちは、シャルル君を狙って、ポールの下宿屋を取り囲もうとしていたのです」
「偶然出くわした俺たちが決闘を申し込んで、ここで退治してやろうと思ったが……このありさまだ!」
ごふっとアランが血を吐いて片膝をついた。アドルフが助け起こそうとするが、そうはさせるかとジュサックが猛烈な突きを連続で繰り出す。アドルフはそれをかわすので手いっぱいだ。
「いかん、アランを助けないと」
シャルルとアルマンが剣を抜く。だが、アランの命運はすでに尽きていた。
最後の力を振り絞って立ち上がったアランではあるが、もはやレイピアを振るう余力は無く、意識朦朧と棒立ちになっていたところをぐさりぐさりと三人の護衛士に胸を刺され、
「友よ!」
悲痛な叫びを残して斃れたのである。
「畜生! アラン!」
アドルフが友に呼びかけたが、アランの魂はすでに昇天している。
「友だち二人に先立たれて、寂しかろう。お前もすぐに後を追わせてやる」
ジュサックによって右肩を突かれ、痛みのあまりアドルフが剣を落とす。心臓に最後の一撃を加えんとジュサックが剣柄に力を込めたそのときだった。
背後に、ただならぬ殺気を感じたのである。
ジュサックは野性的本能で、右に飛び退いた。その直後、この荒くれ護衛士の左肩をレイピアの刃が切り裂いた。ピュッと血が噴き出す。
目の前で立て続けに兄の友人が二人も殺されて激怒したシャルルが、たった一人となったアドルフを救うべく、猛然と護衛士たちの囲みに突っ込んできたのである。
「おう、シャルル・ダルタニャン。この銃士を殺してから、お前と遊んでやろうと思っていたのに、せっかちなガキめ」
ジュサックは下卑た笑いを浮かべ、右手のレイピアを下段に構えた。左手に持つマンゴーシュ(左手用短剣)は上段の構えである。
レイピア剣は十六世紀から十七世紀にかけて、ヨーロッパで平時の護身用として使われた、主に突きで攻撃するための剣である。この当時の決闘は一般的に、右手にレイピア、左手には補助の短剣を持って戦った。短剣がなければ、剣の鞘や帽子も使う。相手を傷つける武器としてではなく、敵の攻撃を受け流したり、防御したりする盾としての役割が強かった。
だが、ジュサックと対峙しているシャルルは、左手に何も持っていない。
「マンゴーシュを買う金も無いのかい、田舎っぺ」
図星だったが、シャルルは「馬鹿め!」と言って強がった。
「我が家の剣術は、臨機応変に戦うために、決まった得物を左手に持たないのさ。そんなことより、なぜ枢機卿が俺を狙う? 近衛銃士であるアランやボドワンを殺したのも枢機卿の命令か?」
「質問攻めする前に、自分の身を守りな」
「何?」
護衛士の一人が、横合いからシャルルに斬りかかってきた。
(しまった!)
ここで護衛士の一撃をかわしても、ジュサックが第二撃の突きを繰り出してきたら、そこでおしまいだ。
「シャルル!」
シャルルを救ったのは、アルマンだった。冷静に状況を見守っていたアルマンは、ジュサックと睨み合っているシャルルを狙い、じりじりと攻撃の機会をうかがっていた護衛士の動きをいち早く察知したのである。
シャルルに剣の切っ先が届く前に、その護衛士はアルマンによって右手首を貫かれていた。ぐわぁ、という悲鳴とともに護衛士は剣を足もとに落とす。
彼にとどめを刺したのは、剣を拾って復活したアドルフである。護衛士の脇腹をぶすりと刺し、「これで二人目だ!」と叫んだ。
シャルルたちが駆けつける前に、すでに剣を折られて重傷を負っていたボドワンが、
「ガスコンの最後の意地だ!」
と、自分の剣を折った護衛士に飛びかかり、絞殺していたのである。その直後、ジュサックによってボドワンは心臓を突き刺されたのだった。
六人だった護衛士は四人に減っている。対するシャルルたちは、深手のアドルフを含めて三人。双方、切っ先を敵に向けて対峙した。
「お前たち、まだ子どものくせして、たいしたものだ」
アドルフが苦しげに、しかし、笑みを浮かべながらそう言った。ジュサックの強烈な突きは、何ヶ所もアドルフの身体を貫いている。いまは奇跡的に動けるが、自分がもう助からないことは分かっていた。
(ポールは何とか逃がした。この勇敢な後輩たちも、死なせてはならない。アラン、ボドワン、そうだろ?)
ぐおぉ! と吠えると、アドルフはジュサックに挑みかかり、猛攻をかけた。
「お前たちは、後の雑魚どもを片付けろ! このジュサックという殺人狂は俺に任せな」
「しかし、アドルフ。その傷で……」
「心配するな、シャルル。俺はこう見えても、銃士隊では一、二を争う剣士なんだぜ」
ジュサックが馬鹿にしたように鼻で笑い、アドルフに応戦する。
「シャルル。アドルフさんに助勢しようにも、他の護衛士たちが邪魔だ。ここはやはり、俺たちでまず残りの三人を何とかしよう」
「……分かった。俺とお前で、護衛士を一人ずつ一撃でやる。そして、残った一人を二人がかりで倒すんだ」
一撃で、とシャルルが言ったのは、相手のほうの人数が多いのに時間をかけたら、こちらが不利になると考えたからである。そして、さっきの戦いぶりから見て、アルマンが並大抵の剣士ではないことに勘付いていた。アドルフたちとの戦いで護衛士たちも傷つき、疲労している。一撃必殺は無理ではないはずだ。
「いざ!」
シャルルとアルマンは同時に駆け出し、それぞれ見定めた敵に突撃した。
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