好きという感情
俺はいくつかバイトを掛け持ちしていた。
普段は定食屋と別の飲食店。
年末年始は短期の別のバイトをしていた。
もちろんお金が欲しかったのが一番の目的ではあったが、学校にバイトに趣味、忙しい毎日が心地よかったのだ。
新年も迎え、学校の友人たちと顔を合わせると一人の友人から声をかけられた。
「他校でお前の連絡先教えてほしいって女子がいるんだけど」
は?
どういうことだ。
俺のことを知っていて連絡先の知らない他校の女子・・・
そんな子・・・
いたわ・・・
俺は年末限定のバイトをしていた。
定員5名程の小規模なバイトであったため覚えている。
ほとんど会話はしなかったが、そのバイトの中に近くの学校の女子が2人いた。
おそらくその2人のうちのどちらかだろう。
自慢ではないが、俺が通っている学校の偏差値はそこそこ高い。
地元にある進学校と同等かそれ以上ある。
さらに加えて在学しているのは男ばかりときた。
他校の女子としては、そこそこ高学歴かつ女に飢えている男を捕まえるのにもってこいの学校だ。
・・・という話を聞いたことがある。
まさかそのパターンか?
俺は内心パニクっていた。
それもそうだ。
女子と連絡先交換なんて一大イベント経験したことないんだから。
過去にやっていたバイトで交換したことはあるけれども、基本的には業務連絡用だ。
今回の連絡先交換とはわけが違う。
頭の中は混乱しながらも、俺は承諾しその女子とメールアドレスの交換をした。
案の定年末のバイトにいた子の一人だった。
女子との会話に免疫のない俺は何を話していいのかわからずも、交換したのがメールアドレスだけだったことに安堵する。
電話とか言う即座に受け答えしないといけないようなコミュニケーションツール、俺が使いこなせるわけないだろう。
正直やり取りの内容は覚えていない。
「好きな食べ物はなんですか?」とかそんな仰々しい会話をしたような気もする。
けれども覚えている内容が2つある。
「SNSやってますか?」
そう聞かれた。
悩んだ。
SNSの使い方というのは、人にもよるだろうが大きく分けて2パターンある。
リアルの関係とネット上の関係を完全に切り離すパターンと、リアルの人たちとの関係をネット上にも反映させるパターン。
どちらかと言えば俺は前者のタイプだ。
リアルでの顔とネット上の顔がある。
あまり知り合いとSNSで友達になりたくない。
だがどう聞かれたか復唱してみよう。
「SNSやってますか?」
やってるかやってないかの二択だ。
SNSで友達になりたいだろうという意図が容易に想像できる。
やってないと否定することもできる。
だが俺が登録していたSNSは当時中高生の間でかなりメジャーな部類に入り、むしろやっていない人の方が少ない。
それもあってか、クラスの友人数名には既に俺のアカウントがばれている。
そういうこともあり、悩んだ結果俺は答えた。
「やってるよ」
そして返答。
「じゃあ友達になりましょう」
今思えば断り方なんていくらでも思いつくのだが、流れでSNSでも友達になることになった。
俺はネット上ではオタク的な趣味や発言を存分にしていた。
だがネット上の俺の顔は彼女にとって受けが良かったらしく、俺の趣味などにも幻滅せず受け入れてくれていた。
俺のギター演奏も気に入ってくれていたようだ。
むしろ彼女もオタク気質であったため話す内容はとても気が合った。
SNSでのやりとりやメールでのやり取りも続き、いくらかの月日が流れた。
展開を予想できたとは思うが、告白された。
「好きです。付き合ってください」
俺が覚えている2つ目の内容。
ただその一文が書かれたメールを開いたまま俺はただ天井を見ていた。
ジプトンの継ぎ目を一つ一つ眺めていた。
1分だったか10分だったか1時間だったか、いくらかの時間が経ったのち俺は返信をした。
「ありがとう。でもごめん、付き合えない」
俺は分からなかった。
好きという感情。
彼女は俺のことが好きだと言う。
俺はどうだ?
彼女のことが好きなのか?
生まれてこのかた18年、好きという感情を抱いたことがない。
クラスメイトに「かわいい」という感情を抱きこそすれど、「好き」かどうか聞かれれば疑問符が浮かぶ。
中学生の頃、クラスメイトが付き合いだしたなどの話題も興味なかったし、なんなら「なに中学生の分際で色恋に夢中になってんだよ」とかそういう感想が出るような人間だった。
そう、俺は彼女のことを好きになれなかったのだ。
付き合っていくうちに好きになればいい?
その自信もなかった。
モテたいと言っていたのはなんだったのか。
今、少なからず一人の女子に好意を抱かれているではないか。
これは俺が求めていた結果ではないのか。
モテたい。
でも好きにはなれない。
この自分勝手な葛藤の末に俺は彼女から向けられた好意を拒絶した。
「そうですか。わかりました」
文面だけで伝わる沈鬱さを感じ、俺は罪悪感でいっぱいになった。
それ以降のやり取りは覚えていない。
ただ、SNS上での関係についてはその後も続いていたのを覚えている。
28 火月 @kz_shin
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