一期一会

「声上げる方にいましたよね?」


 俺はドキッとした。

 それはもちろん、恥ずかしいからだ。

 まさかこっちのスレッドの人が声の方にいるなんて思いもしなかった。

 

 彼女のSNS上でのHN(ハンドルネーム)はスバル。

 文字スレでは時々やり取りをしていた女の子だ。


「いたよ。え、俺のこと知ってたの?」

「うん。私あっちの方も少し見てるから」


 これは誤算。

 そうかそういうこともあるよな・・・


 彼女はいわゆるROM専というやつで、会話などには参加しないが、やりとりだけは眺めていたそうだ。

 そして追撃。

 

「いい声ですよね」


 これはすごく恥ずかしいぞ。

 声スレの方ではそういった評価されることには慣れていたのだが、まさかここで・・・

 だがしかし俺の方もまんざらではない。

 そりゃ、わざわざこんな場所で声の話題を振ってくるのだ。

 少なからず俺の声を気に入ってくれていると判断して間違いないだろう。

 

 気分を良くした俺は、スバルとの会話も盛り上がった。

 スバルも習字を習っていたようで、とても字がうまかった。

 普段は丸文字なのだが、時々真面目に書いた字を上げてくれていた。

 習字を習っていたあるある話や、アニメやゲームなどの趣味の話でも会話が弾んでいった。

 そんな中、スバルからこんな提案が。


「こっちでも声上げないの?」


 おいやめろ。

 スレチ(スレッド違い)だ。

 ここは手書き文字を上げる場所であって、声を上げる場所ではない。

 そう言い訳をし、断固拒否をしていた俺だが、他の人も俺たちのやり取りを見ていたため期待の眼差し(のような雰囲気)。

 これは逃げ切れない。

 とうとう俺は声を録音し上げることにした。


「この一回だけな」


 どんなセリフだったかは忘れた。

 忘れてないけど忘れさせてくれ。

 今後この一件でずっといじられることになるんだ。


 とまあ、俺の声は案外好評だったようで文字スレの人たちにも受け入れられた。

 しかしながら俺は恥ずかしいので今後声は上げていない。

 特に何気なしにやったことが評価されるのと、期待されてやったことに対する評価、違うだろう。

 そういうことだ。


 俺に提案してきたスバルはかなり喜んでいたようだ。

 だが、翌日も翌々日も声を上げろとうるさい。

 女の子に何かを求められるのはまんざらではないが、流石にもう勘弁してくれ。

 明らかに俺をいじってくるような言い回しに、知らないはずのスバルのニヤケ顔が脳裏に浮かぶ。

 なんだかんだと断り続け、春休みも終わりが近づいてきた。


 俺たち学生は普段通りの学生生活に戻った。

 

 一期一会。


 だからこそ楽しい思い出もある。

 俺たちは春休みの終了とともに連絡を取らなくなった。


 俺とスバルの出会い。

 俺17歳、スバル15歳の春だった。

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