応えることで生きてきた
5つ歳の離れた姉と私は、性格が正反対である。
姉は要領がよく、楽観的。
自分をしっかり持っているが、社交的で思いやりも強く、自分も相手も傷付かない術を持っている。
対して私は、要領が悪く、悲観的。
自分に自信がないため、懐疑的で思い込みが激しく、傷付いたとしても自業自得と捉える。
真逆と言っていい程差があるが、実に仲の良い姉妹である。
今でも、「足して2で割ればちょうどいいのにね」と姉はよく言う。
姉は、小さい頃から自分の好き嫌いがはっきりしていて、尚且つそれを素直に伝えることができた。スカートは履きたくない、髪は短いほうが好き、お腹が空いていないから食べたくない。
母には、姉がわがままで反抗的に見えたのかもしれない。二十歳そこらで嫁ぎ、初めての育児で母自身も姉を責めてしまったのだろうと、今になれば同情もできる。
姉が嫌だと手放したものは、私が引き受ける形となった。
フリルのついたワンピースを着、好き嫌いなくご飯を平らげ、小学生の頃は腰まで髪を伸ばしていた。
母の要求を抵抗なく受け入れ、それに応えることが私の役目であると思っていた。
その素直さと、期待に応えようと努力することは、自分の長所だと思っていた。
言われた通りにすれば、相手が喜ぶ。期待を裏切ること、人のがっかりした顔を見ることが、私にとって何よりもの苦痛だった。
中学までは、それでよかった。それでいいのだと思い込んでいた。
高校から疑問を抱き始め、進路を決める頃には、うっすらと息苦しさを感じていた。
それでも私は、それを表面に出す方法が分からなかった。
他県の大学に進学し、就職のため上京した。
親の望みをすべて叶えることはさすがに出来なかった。
勤務地も、職業も、期待外れ。
それでも、私は初めて自分自身で人生の選択をした気がして、嬉々としていた。
スタートはいつも、上手に切れていたと思う。
姿勢を正して、口角を上げ、挨拶をする。身嗜みに気を付け、相手との距離感を間違えないよう、笑顔のまま様子を見守る。
人見知りだと言っても、周りは信じない。そう見えないように、怯えているだけなのだ。
人との距離が近づくほど、不安が増す。
実は中身のない人間。自分の意思がない人間。臆病で暗い人間。
いつかメッキが剥がれる。失望させる時がきっと来る。
友達や同僚と笑いあっていても、ふとその恐怖が襲い来るのだ。
そんな私が、都会で上手に生きられるはずがなかった。
自分で決めて行動しているつもりでも、いつの間にか流されている。
都合の良い人間だと思われても、それが私の存在価値なのだと心は深く潜る。
「これから先どんなことしたい?」
「趣味はなに?」
「家でもそんな感じなの?」
「分からない」「何となく」と答える勇気もなく、必死に言葉とそれに見合う表情を探した。見つからないときは、激しく自分を責めた。
当たり障りのない質問ですら、次第に私の気管を塞いでいくようだった。
私は私が分からない。
一歩も外に出られない日が続いた。
故郷の空気は、10年前と変わらず澄んでいた。
私は今、生きる練習をしている。
避け続けてきた自分と、対話をしている。
責め続けてきた自分を、許し、慰めている。
初めから、誰もそんなに期待などしていなかったのだ。
私は、自分の首を絞めていた手を空にかざし、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
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