第三十話 終章

 にゃーにゃーと喚く彼女は背負っていた鎌を取り出して片手に持ち、刃をジミオの首元に構えた。


「早くフジタロウ様をボコボコにした奴の名前を吐け、糞が! ……じゃなくて、吐くにゃん!」

「すまん、そのにゃんとやらには一体どういう意味があるのだ?」


 ジミオが殺されかけているが、アヤノはそんな些細なことはお構い無しに気になっていたことをアリスティに訊ねた。


「フジタロウ様の趣味ですにゃん! 詳しくはわたしも知らねー……ですにゃん! それよりさっさとフジタロウ様の仇を教えるにゃん! じゃないと、面倒だからこの場にいるみんなを殺ってやるにゃん!」

「ジミオ、これはチャンスだ。彼女はどうやら亜空間ゲートを開く魔法を使えるらしい。うまく使えばペリアを追いかけられるかもしれない」

「ま、マジか!  アステラなんとかかんとかさん!」

「アリスティにゃ!」

「妖精界への亜空間ゲートを開いてくれないか?」

「妖精界?  なんにゃ、それは?  わたしをバカにしてるのかにゃ?」


  アリスティの鎌を持つ手がぎゅっと固く握られ、冷たい刃がジミオの肌にすっと触れる。


「亜空間ゲートは基本的に過去に訪れた場所へ行く時しか使えない。だが、先ほどそこに開かれていたゲートが残した残留魔力を掻き集めれば、同じものをもう一度開けるかもしれない」

「つまり、ゲートを再構築するってことにゃ? でも、なんでわたしがあんたたちの言うことを聞く必要があるにゃ?」

「お願いします!!!  一生のお願いです!   お礼になんでもしますから!」


  ジミオの渾身の土下座。


「にゃ、にゃんだかよくわからんが……、切羽詰まってるみたいだし、まあ、やってみてあげるにゃ」


 効果は抜群のようだ。


*****


「ねえ、マルコ?」

「はい、どうかしましたか?」


 ペリアはマルコに腕を引かれながら亜空間の中を飛んでいる。


「あたしはあの人間とパーティを組みたいの、だからこちらの世界にはいつ来てもいいのよね?」

「申し訳ございませんが、それは無理です」

「どうして?」

地界ちかいに降り、人間とパーティを組むにはまず二年に及ぶ講習を受ける必要があります。その後、試験に合格した優秀なものだけが地界へ送られるのです」

「冗談じゃないわ! それなら、あたしは帰るのを止めるわ!」

「待ってください! 帰ってきて、追放を取り消しにしていただかないと、私も六司祭の一員として困るのです」

「あんたの都合なんて知らないわよ」

「ですが、追放された野蛮人が国民の危機を救ったと知れ渡ってしまうと、六司祭の信用が……」


 自身が発した言葉の浅はかさに気づき、マルコは口を紡ぐ。

 ペリアはそんな彼を横目で睥睨した。


「なによそれ? 結局、この市民権の再発行って、あたしのためじゃなくて、六司祭の面汚しを防ぐためだけじゃない! 追放された時も一緒、あんたたちのくだらない都合であたしの未来を決めて欲しくなんか――」


「ペリア!」


「ジミオ!?」


 咄嗟に振り向くペリア。

 亜空間の中を人間大砲のように飛んできたジミオは、勢い余ってペリアに突撃し、彼女に抱きつく形で再会を果たした。


「頼む、帰ってきてくれよ。俺にはお前が必要なんだ」

「え、は、フヘッ!?」


 予想外の言葉に動揺をまったく隠せていないペリア。水が湧いたヤカン並みの蒸気が額から噴き出している。


「わ、悪いわね、マルコ。あたしやっぱり帰らないことにするわ。彼のことが放っておけないの」

「で、ですが……」

「というわけで、こんな市民権カードは糞食らえよ!」

「わ、わかりました! 帰らなくても大丈夫ですから! ですが、せめてそのカードだけはちゃんと持って行ってください、でないと私の面目が立たない」

「はぁー、仕方ないわね。とりあえずもらってあげるわよ。じゃあ、ここであんたとはバイバイね」


 そう言うとペリアはマルコをえいやと思いっきりぶん投げ、彼を妖精界へ繋がる亜空間の果てまで飛ばした。


「よ〜し、帰るわよ。あたしの本当の居場所へ!」


*****


「えーっと、目を瞑らずにしっかり……無理無理無理! ちょっと、アヤノ! 上! 上よ! あたしたちを受け止めて!」

「帰ってきたか」


 上空から届いた声に惹かれてすぐさまに振り向くと、そこには隕石のような速度で落下するペリアとジミオの姿があった。

 アヤノは悠然と落下してくる様子を見守り、キャッチボールでもしているかのように軽く二人を両腕で受け止めた。


「ふえええぇ、怖かったわ……」

「どうして、戻ってきたんだ? ジミオの熱い告白に心でも奪われたのか?」

「え? そ、そんなわけ……」


 ペリアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「そうよ! まだ、この子に名前をつけてないわ。これは母親としての義務よ。うっかり忘れて帰っちゃうところだったわ」

「既に考えてあるのか?」

「え? その…勿論よ! この子の名前は……アリア!」

「ありあ?」


 首を傾げる黒髪の少女。


「あたし達の名前から一文字ずつ取って、アリアよ。アヤノのア、ペリアのリ、ジミオの……ペリアのア!」

「明らかに俺だけ入ってないんだが……」

「まあ何はともあれ、戻ってきて良かったではないか、ジミオ。これで旅先、いくらでもいちゃいちゃできる」

「ちょっ、アヤノ! 変なこと言わないでよ!」


 ますます紅潮するペリア。そんな楽しげにしている仲間達を見守りながら、ジミオは思った。旅に出て本当に良かったと。

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