第二十九話 マルコのお迎え
地下からの階段を上がり、城の一階まで戻ろうとしたが――一階は消え去っていた。
どうやら応急処置によって建て直された城は、フジタロウとペリアの戦いによる破壊を受け限界すれすれだったのが、さっきの強引な床破壊に耐えられず崩壊してしまったらしい。
「なんだか色々とスッキリしたわね」
階段を登り切って城の瓦礫の上に立ったペリアはうーんと背伸びをする。
「すっきり!」
ペリアのすぐ後ろから現れた黒髪の少女は、ペリアの言葉を繰り返した。ペリアは楽しそうに走り回る少女を持ち上げ、ぎゅっと優しく抱きしめた。少女はされるがままに撫でられているが、まんざら嫌そうでもない表情を浮かべている。
「ことは済んだようだし、ジミオ、我はそろそろ帰るとするぞ。家族が心配しているだろうからな」
ジミオはモドゥルの言葉を聞いてつい自分の両親のことを思い出した。母さんは心配しているだろうな。父さんはそうでもないだろうけど。
「そうですか。色々、本当にありがとうございました! 俺たちが無事にここまで来れたのはモドゥルさんのお陰です」
「ふはは、当然だ。我は優秀だからな。人間なんぞは比べ物にすらならない」
モドゥルはふははと豪快に笑うが、すぐに何か嫌なことを思い出したかのようにため息をつく。
「だが、困ったものだ。これだけの大仕事をしたというのに、報酬がもらえずじまいとは……。妻になんと言えばいいのだろうか……」
「案ずるな。私がルダイの代わりに報酬を支払おう。当初に約束された以上の報酬を支払ってやる」
「い、いいのか? し、しかし、理由もなく貰う訳には……」
アヤノの提案を聞いたモドゥルは目を見開き、驚きの顔をする。
「私たちと共に戦ったではないか。十分な働きだ」
「だが、それは自分の命のために必死だっただけで……」
出会った頭から偉そうな態度ばかり取っていたのに、なぜか遠慮がちになっている。人間に貰い物をすることをドラゴンとしてのプライドが許さないのだろうか。損な性格である。
ジミオはそんな彼に報酬を受け取らせる良い案を思いついた。
「そういえば、モドゥルさんって偉い学者なんですよね? なら、凄い知識を沢山持っているんですよね? 西の村の畑の現状を分析した時に使ったみたいに。その知識を俺に伝授してくれませんか? 渡す報酬はその授業代の前払いです!」
「そういうことなら……まあ、いいだろう」
やっと受け取って貰えた。
モドゥルが別れの挨拶をして飛んでいき、残されたのは四人。
「しかし、困ったものだ。宝物庫が破壊されたせいで城にある財産がほとんど消し飛んでしまった。これからこの国はどうなるんだろうな」
「そういえば、今度はアヤノがここの女王に成るんだろ? 他人事みたいに言ってるけど、他人事じゃないんだよな?」
「それはない。想像しただけで寒気がする。私は放浪するのが好きなのだ」
「でも、誰かがこの国を管理しないとまずくないか?」
「それはリズに任せる。彼女にはルダイとの血縁関係はないが、ルダイの王位は継承する価値があるほどの歴史あるものではないし、私が無理を言えば大臣も了承してくれるだろう。そんなことより、お前はこれからどうする?」
聞かれて、ジミオはそれについて特に考えていなかったことを思い出した。元々この旅に出た際も計画性の欠片すら無かったし、行先は成り行きに頼りながら決めてきたのだ。
「隣国にでも行ってみるかな。何か新しい発見が待っているかもしれない」
「オリジナリティーが全く無いわね」
ジミオのありきたりな発言に、ペリアが茶々を入れる。
「いいじゃないか。まだ、駆け出し冒険者なんだし」
不貞腐れたジミオを見て、ペリアは面白そうに笑った。
「私は契約金さえ払って貰えば、お前の次の冒険にもお供してやるぞ」
「じゃ、じゃあ、あたしも一緒に――」
とペリアが言い掛けた時、
「ペリアさん!」
空からペリアを呼ぶ男の声が届いた。
「マルコ?」
ペリアが驚きの声を発する。
「喜んでください! 六司祭が貴女の地界(ちかい)送りを取り消しました!」
空から舞い降りてきたメガネをした男の妖精は、馴れ馴れしそうにペリアの両手を掴んだ。それを見たジミオが若干ひきつった顔をしている。
「え? どうして?」
「悪しき人間共の捕虜にされていた市民を救ったペリアさんの大活躍を称え、褒美として市民権を再発行し他のです。こちらですよ」
マルコは紅色に輝く、ガラスのように透き通ったカードを差し出した。
「良かったな、ペリア」
「う、うん……」
心なしか彼女は少し浮かない顔をしている。しかし、ジミオはそれに気づいていないようだ。
「では帰りましょう、ペリアさん」
彼はペリアの腕を掴むと、強引に連れて行こうと引っ張った。だが、ペリアは足を地面に踏ん張っているので動かない。
「どうかしたのですか?」
「その……あたしがいないとジミオが……」
「お、俺なら、心配しなくても大丈夫だ。もう一人でも戦える。それにアヤノも居る。俺なんかに気を遣わなくてもいいぞ」
「別に気を遣ってるわけじゃ……あ、それにあの子の世話は誰がするのよ」
ペリアは黒髪の少女を指差した。
「俺が責任を持って面倒見るよ」
「せきにんもって、じみおまもる」
少女はポンと発展途上な胸を叩きながら頷いた。
「彼女もこう言ってる。俺たちは大丈夫だよ、ペリア。だからお前はそいつと妖精界に帰りなよ、そっちの世界の人たちがお前のことを待ってるんだろ?」
ジミオは良かれと思って言葉を続けるが、なぜかペリアの表情は段々と険しく変化していく。
「あっそ、わかったわよ! あたしは帰るわ! これまでどうも、あっ、りっ、がっ、と!」
手を腰に当てながら、ペリアはジミオをきつく睨みつけた。
「では、ペリアさん行きますよ」
大空へと飛び立つ二人を見守りながら、ジミオは大きく手を振った。
「なんで、ペリアはあんなに不機嫌そうだったんだ? 俺がせっかく気を遣ってやってあげてたのに」
ジミオは不思議そうにしている。
「お前は乙女心を一つも理解していないな……。彼女はお前と一緒に居たかったんだよ」
「え? そんな事は一つも言っていなかったぞ? というか、あの男なんか彼氏っぽかったじゃないか」
アヤノはやれやれ首を振り、肩を竦めた。
「まだ、引き止められるぞ。お前も本当は彼女と共に冒険したいのではないか?」
「当たり前だろ!」
今なら叫べば声が届く距離だ。ジミオは精一杯息を吸い込み、大きな声で叫んだ。
「ペリア!」
ジミオの声が届き、彼女はすぐに振り返った。
「えーっと……宿屋の借金を返済するまで、帰っていいわけないだろ!」
呼び止めたものの、何をどう言えばいいのか思いつかず、ついお金の話を持ち込んでしまったジミオ。「行かないでくれ」などと率直な感情を伝えるのは恥ずかしいらしい。
「もう返したわよ!」
「え?」
気まずい沈黙。
アヤノはやれやれとまたもや首を振り、ジミオが食い逃げで牢獄に入れられていた時に、闘技場の大会で勝ち取った賞金をペリアがどう使ったかを伝えた。
「え、いや、その、まあ……」
ジミオがもたもたしている内に、もうペリアの姿は見えなくなっていた。既に亜空間ゲートを通り抜けて妖精界へ向かってしまったようだ。
ジミオはしゅんと縮こまり、草むしりモードを始動させる。
「案ずるな。お前はまだ若い。旅の先で出会いの機会はまだいくらでもある」
ジミオは大きく溜息をつき、辛い現実から目を背けるために話題を逸らした。
「なあ、アヤノ。お前は最初からこうするつもりだったのか?」
「ルダイの事か? それとも、お前との契約の事か?」
「両方だ」
「いや、最初は妖精売りの老人からお前のことを知り、無知な新米冒険者をぼったくろうとしてお前に近づいただけだ」
「……!」
「約束遠りお前を守ったではないか」
「まあ、そうだけど……」
いまいち腑に落ちないのか、ジミオは目を細めて唇を歪めた。
「契約の期限が過ぎたらそのまま関係を断絶するつもりだったのだが、思いのほか面白い展開になったのでな、私の個人的な目的に加担してもらった。しかし一度、裏切ってしまうような形になってしまい済まなかったとは思っている。多少強引だったが、あれが最も容易に城へ潜入する方法だったからな」
「でも、この子に怪我を負わせたのは、流石にやり過ぎじゃないのか?」
血液が固まり、薄茶色に染まった少女のワンピースを指差す。
「あれは私のミスだ。利き腕ではなかったので、少々狙いが外れた」
黒髪の少女はきょとんとしている。どうやら彼女にはアヤノを責めるつもりは無いようだ。
「それに、アヤノはルダイに反逆して良かったのか?」
「奴は腐っていた。あのように堕落した者の下にいては、私は先へ進めなかったし、あやつのせいで国の成長も停滞してしまっていた。私はより高みを目指したいのだ、だから始末することにした」
「でも、実の父親なんだろ?」
「それがどうした?」
「一応、育ててくれた人だろ?」
「私を育てたのは城のメイドだ。それに、実の娘と言っても奴の数いる妾のうちの中の一人の娘だからな。特に親しみはない」
「そんなものなのか……」
平凡な親、平凡な家庭に揉まれながら育ってきたジミオには、うまく理解できない感情だった。
「ちょっと、あんたたちですかにゃん!? わたしの可愛いフジタロウ様をいじめたのはにゃ?」
しんみりと会話しているジミオたちの間に唐突に亜空間ゲートが開き、妙な語尾をつけて喋るメイド服姿の猫耳獣人の女の子が飛び出してきた。
「お、お前は誰なんだ!?」
「フジタロウ様の(自称)正妻、アリスティですにゃ! フジタロウ様の仇を取りにきたにゃ!」
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