第二十八話 ペリアの安否

 電気ショックの刑から解放され、ルダイは観念したのか悪事を白状し始めた。


「子供を攫っていたのは、妖精集めに必要だったからだ。わしが現役時代の時に気づいたのだが、妖精が現れる場所には二つの条件がある。一つは十歳以下の子供が居ること。そして、二つ目はその子供が不幸な境遇に晒されていることだ。原因は不明だが、その条件が満たされていない場所に妖精は現れない」

「俺は十歳以下じゃないし、別に不幸なきょ……いや、待てよ。不幸な境遇かな」


 とはいえ、それではペリアが突然にジミオの前に現れた理由を説明できない。追放されたとか言っていたし、何か特別の事情があったのだろうか、とジミオは考えた。


「ジミオ、静かにしろ。ルダイに話させろ」


 さっきまで気絶していたアヤノが目を覚ました。まだ体が自由に動かないのか、モドゥルの上でぐったりとしている。

 ルダイが話を続ける。


「だが、王とはいえ、王都付近で人身売買するわけにはいかないからな。バレてクーデターでも起こされたらたまらん。なので、不幸な子供を探すのに最適かつ情報があまり行き来しない遠方の村を利用した。

 問題はそこへ行くためには広大なダンジョンを抜けなければならないことだ。安全に行き来するにはある程度の力が必要だが、人攫いのために勇者を動かすわけにも行かんので、わしはダンジョンを飛んで超えられるドラゴンを雇うことにした」

「その子供達はどこに居るのかしら?」

「王室の秘密扉から入れる研究室だ」


 アヤノがリズに一瞥を送ると、リズは無言で頷く。この二人は阿吽の呼吸である。


「そちらは私に任せてください。責任を持って西の村に送り返しますわ」

「ついでに手遅れになる前に、最果ての村へ向かった遠征部隊を止めてきてくれ」


 リズはアヤノの頼みを了承すると、颯爽と走りながら城へ戻っていった。


「妖精の瓶はどこに隠してある?」


 アヤノが尋問を続ける。


「地下倉庫だ。鍵は――鍵が欲しければ、わしを解放しろ」

「ルダイ、拷問道具なら私のアイテムボックスにいくらでもあるぞ?」

「いや、違う。縛られているせいで、ポケットにある鍵が取り出せんだけだ」

「……」


 気まずい沈黙。


「隙間から取り出せないのか?」

「無理だ。あのバカがギッチギチに巻きつけたからな」

「仕方ない、我のブレスで麻痺させてから解くか」

「ちょっ、おい、やめっ!」


 モドゥルが吹き出した毒々しいオレンジ色の霧がルダイを包み、王が出していた悲鳴は瞬時に途切れた。びくびくと火魔法で炙られたトレントのように痙攣しているが、多分大丈夫だろう。


「鍵を見つけたぞ、アヤノ」

「よし、急いで戻るぞ。ペリアの安否が心配だ」


 泡を吹いて倒れているルダイを放置し、彼らは城へ向かって進み出した。


*****


「みんな、あたし勝ったわよ!」

「ペ、ペリア!? 大丈夫なのか?」


 城の中に駆け込むと、内部からこちらへ向かっていたペリアに出会った。

 彼女の腹付近は何十ものトマトを上に押しつぶされように真っ赤に染まっており、ワンピースはボロ雑巾のように見すぼらしくなっている。


「多分、大丈夫よ。もう傷は癒えてるみたいだし。生まれつき傷が治るのが早い体質なの」


 ゾンビのような格好をしているが、ペリアは何事もなかったかのように微笑んでいる。


「ペリア!」


 黒髪の少女はそんな姿のペリアを恐れている様子はなく、真っ先にペリアの胸の中に飛び込んで、ぎゅっと抱きついた。


「念のために回復魔法をかけてやろう、サニィタテム・スピリタス!」


 モドゥルが吹き出した桃色の霧がペリアを包む。すると傷や汚れはみるみると落ちていき、あっという間に彼女は端麗な姿を取り戻した。


「急いで捕らえられている妖精を助けだしにいくぞ、ペリア。ルダイが地下倉庫に大量の瓶を隠しているらしい」

「わかったわ」

「地下倉庫は王城のほぼ全域まで広がっているが、入るには王室、もしくは書庫にある隠し扉を使う必要がある。ここからだと書庫の方が近い、あちらの廊下の先にある部屋を目指してくれ」

「そんな回り道してないで、急ぎましょ。行くわよ……そーいっ、どん!」


 ペリアがぴょんと軽く跳ね、落下と共にドスンと山一つ割りかねない衝撃が石造りの床に与えられる。もちろんごく普通の石がペリアの攻撃に耐えられるはずもなく、床は綺麗に真っ二つに割れ、足場を失ったジミオ達は真っ逆さまに地下倉庫の中へ落ちていった。


「痛ててっ……」


 うまく着地できなかったジミオは顔をしかめながら尻をさすっている。


「ここが地下倉庫ね」


 ずらっと壁に並ぶ棚には千単位の妖精瓶が飾られてある。赤い妖精、青い妖精、男性の妖精、女性の妖精。各瓶の中には多様多種な姿の妖精が身を縮こまらせながら眠っている。


「これを一個一個、開くのか……。手間がかかりそうだな」

「そんな面倒くさいことしないわよ。よっ、こ〜ら、せ!」


 ――どすん!

 ペリアが右足で床を踏みつけると大きな揺れが発生し、棚から次々と瓶が落ち始め、振動の波数と共鳴したガラスが粉砕。七色の粉が周囲に撒き散らかる。全ての妖精が一瞬で解放されたみたいだ。


「やっと、出れたわ!」「おれはしょうきにもどった!」「な、なんだ?」


 混乱する妖精達を見守りながら満足そうに微笑むペリア。


「これで一件落着ね」

「ああ、そうだな」


 妖精達は事情を知るとジミオ達に感謝を伝え、亜空間ゲートを開いて妖精界へと帰って行った。


「お前は帰らないのか?」

「あたしは追放されてるから、無理よ」

「そういえば、そうだったな」


「それに、別に帰りたくもないし……」


 ペリアが小さく呟いた言葉はジミオの耳に届かなかった。


「ねえ、あたしが居ない間、あんた大丈夫だったの?」

「当ったり前だろ。俺の新しい剣術の腕前見せたかったぞ。ありとあらゆる強敵を片っ端から、じゃっぎじゃぎに切り刻んで――」

「転んで剣が勝手に飛んでった時のこと?」

「な、なんだ瓶の中から見えてたのか。でも、少しは強くなったのは本当だぞ。アヤノに教えてもらった通りに、目を瞑らずに最後まで振り切れば意外と当たるようになった」

「ふ〜ん。あたしは目を瞑っていても百発百中だけどね」

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