第二十七話 決戦

「おい、少年。ルダイの姿が見当たらんぞ」

「なんだって?」


 宝物庫から出たジミオたちは周囲を見渡してみたが、確かにルダイはもうどこにもいなかった。


「どこへ行ったのかしらね? そこのお兄さん、教えてくれる?」


 リズは絡みつくように一人の兵士の背後に迫り、鞭を彼の喉を締めるように当てて尋問を始めた。


「ひっ! ぶ、ぶ、分が悪くなったとか言って閣下は逃げた。どこへかは知らん」

「役に立ちませんわね……。ジミオさん、フジタロウはペリアちゃんに任せて探しに行きますわよ。逃すわけには行きませんからね」

「でも、どこへ行けばいいんだ?」

「おそらく西の森ですわ。主がいなくなってダンジョンが消えたので、遠征部隊を果ての村へ向かわせたと今朝聞きましたわ。きっとルダイは彼らと合流して、戦力を補充するつもりよ。先回りして、捕まえれば私達の勝ちですわ。ドラゴンさん、アヤノを背中に乗せて運んでくれるかしら?」

「うむ、了解した」


 狼が兎となり、兎が狼となった。


***


 灼熱螺旋砲メラミック・トルネイドの甚大な魔力は全てかき消され、宝物庫には溶けた金具や焼け尽きた衣服が残されている。

 この場において、いまだに傷一つ負わずピンピンしているのはペリアとフジタロウだけだ。


「まさか足一本で無効化するとはな。ルダイも言っていたが、やはりものすごい魔法耐性だ」

「あの程度が人類の頂点に立つものの魔法なのね。正直、拍子抜けしたわ。せいぜい石ころを踏んだ程度の痛みしか感じなかったもの。今度は、その立派な剣でかかってきなさいよ。飾りじゃないんでしょ?」


 余裕があるのか、ペリアは挑発的な言葉を投げかけている。


「それじゃあ、お言葉に甘えて――加速アクセラレート!」


 フジタロウは地面を蹴り、目にも留まらぬ神速でペリアの前へ駆け寄った。そして走りながら構えていた剣を、急に立ち止まったことにより発生した慣性力を利用してペリアの脇腹へ高速で切り込もうとする。

 だが、ペリアはその弾丸のごとく迫ってきた剣を片手で掴んで止め、勇者の脚に強烈な蹴りを入れた。想定外の反撃に不意を突かれたフジタロウは動揺していたが、高レベルの打撃耐性と物理耐性スキルの効力で足場を崩さずに蹴りに持ちこたえ、ペリアの握力から逃れるために剣を精一杯振り上げた。


「体は結構丈夫なのね。あたしの攻撃に耐えた人間はあんたで二人目よ、喜びなさい」


 フジタロウはペリアが無駄口を叩いている間に再び攻撃を仕掛ける。しかし今度は先ほどのように渾身の一撃を叩き込むのではなく、隙を狙いながらなんども飛び込んで放つ手数が多い攻撃だ。純粋な力比べでは勝てないと悟ったのだろう。

 光の速度で幾度も幾度も繰り返し剣が斬りかかってくる。ペリアは飛び抜けた反射神経でそれらの攻撃を一つ一つ見切り、体を捩ってしっかりと回避する。


「面倒ね……」


 ペリアの攻撃は基本的に一定の溜め・・を必要とする。彼女の武術は衝撃波を出すための構えをしたり、体内の力を一点に集中させたりしなければならないからだ。

 つまり手数の多い攻撃をかわし続けていたら、いつになっても致命傷になりうる反撃を叩きこめない。力量では勝っているのは明確だが、体力的な差は定かではないので、このままではじり貧な戦いになってしまう恐れがある。


「どど……いっ!」


 衝撃波を出す構えをしようとするが、フジタロウにその隙を見事につかれ、ペリアは剣先を頰にくらった。即死効果が付加されている剣なので、本来であればそこで試合終了なのだが、ペリアの魔法耐性は剣の即死効果を無効化できるらしい。

 だが傷はくっきりと残っている。彼女の顔にできた赤い線から一滴の血の雫が流れ落ち、ペリアはそれをぺろりと舐めた。


「怒ったわ……」


 ペリアが再び衝撃波を出す構えをする、フジタロウが再び剣を突き刺すように構えて突っ込む。だが、ペリアは躱そうとする仕草を一切見せない。


「どど――」


 ――ぐさっ。


 フジタロウの剣がペリアの腹を貫き、大きな血飛沫が上がる。


「――ん!」

「何!?」


 フジタロウは驚愕する。ペリアは攻撃を無抵抗に受けることによって、フジタロウを逃げられない位置まで引き寄せ、この至近距離で最大火力の攻撃を放とうとしていたのだ。


 ――ズッドーン!!!


 新幹線に跳ねられたような勢いでフジタロウは吹っ飛ばされ、宝物庫の壁を破り、廊下の壁を破り、さらにその奥の壁とそのさらに奥の壁を破って、彼の体は城から飛び出て行った。いくら頑丈な体とはいえ、骨折程度ではすまないだろう。


「……か、勝った」


 安堵の表情を一瞬浮かべ、ペリアは床の上に倒れた。


***


「ひーっ、ひーっ……! 走ったのは何年ぶりだろうか」


 そのころ、ルダイは重そうな腹をぶよんぶよん揺らしながら全力疾走していたが、城との距離は一向に伸びていなかった。


「こんな事なら、鍛えるのを止めなければ……」

「イグニス・スピリタス!」

「ひえーっ!」


 突如、前方は火の海と化した。後方にはドラゴンがいる。完全に袋の鼠である。


「ルダイ様、止まって下さる? 命までは頂きませんわ」

「黙れ! わしに刃向かう奴は皆殺しだ!」


 ルダイは金色に輝く宝剣を構え、敵対意識を全面的に押し出した。降伏する気はさらさらないようだ。


「えいっ!」


 モドゥルとリズに気を取られたルダイは、黒髪の少女にあっさりと剣を掠め取られてしまった。


「おおおおい、返せ! それは禁断の古代魔法にコーティングされた――ンンン!!!」

「ルダイ様、落ちついて下さる?」


 リズの言葉は優しいが、微笑みながら鞭で人をぐるぐる巻きにするその姿は悪魔そのものだった。

 適度な電流を流し、気絶したのを確認したリズはルダイの手足を縄で縛った。聞き出さねばならない事がまだいくつかあるのだ。

 しばらく待つと、気を失っていたルダイが意識を取り戻した。


「ルダイ、なぜお前は子供達を攫ったんだ?」


 ジミオが初めに聞いた。


「知りたいか?」

「え? まあ、そうだな」

「わしを逃がしてくれるのなら、教えてやろう。この情報があれば簡単に儲けられるぞ。瞬く間に億万長者だ」

「……」


 口車に乗せられやすいジミオは彼の提案を真面目に検討している。


「ジミオさん、適当に脅せばすぐに吐いてくれますわよ」


 と、リズ。


「ふん、やれるもんならやってみろ。わしは口が固いぞ」

「それ!」


 ――ビリビリビリビリ!


「わわわわわわわわわかった、わかった! 話す、話す! 話すからやめんかい!」


 ルダイ閣下、想像以上にちょろかったもよう。

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