第二十六話 助けて、ペリえもん

 フジタロウは回復魔法を掛け終わるまで身動きが取れない。しかし、掛け終わってしまえば彼の無双を止めることはもう無理だろう。これが最後のチャンスだ。 


「あと、少しで……」


 もう一息で瓶に手が届きそうという時に、残された一人の黒服にゴールドの山を蹴られ、ジミオは衝撃でバランスを崩して少し下へずり落ちてしまった。

 戦わなければいけないことを察したジミオはリズから貰った毒剣を抜き、黒服と向き合った。

 剣技では黒服に圧倒されそうだが、一発さえ決めることが出来れば、毒のおかげでどうにかなるかもしれない。先手必勝の勝負になるだろう。


 ゴールドの山の割れ目に足を固定し、しっかりと踏ん張る。足場を崩して倒されてしまうのは格好が悪すぎる。主人公の威厳を保つために、それだけは避けなくてはならない。

 ジミオは汗を滲ませた手で剣を構えた。


「はっ!」


 黒服がカエルのように素早く跳躍し、剣をジミオの頭部に向けて振り上げる。

 ジミオとしては、どうにかこれを躱して適当な隙に毒剣を差し込みたいのだが……つるっ。


「あっ」


 足場を崩した。

 その拍子にジミオは短剣を手放してしまい、ゴールドの斜面を尻で滑り落ちていった 幸いな事にどうやら、今の予測不可能なドジを踏んだお陰で黒服の一撃を躱したらしい。


「追撃が来ない?」


 用心深くゴールドの裏側を覗くと、そこには毒に犯されて苦しんでいる黒服の姿が。

 たまたま投げ出した短剣に運悪く掠られてしまったようだ。


「もう少し格好良く戦いたかったな……」


 贅沢な悩みである。だが、こんなくだらないことを考えている暇はない。モドゥルたちはまだ戦っているし、フジタロウもそろそろ回復しきってしまう。

 今のジミオがやるべきことはただ一つ。ジミオは床に転がっている瓶を拾い、渾身の力を込めて栓を引いた。


 ――すぽーん!


「ふぁ〜あ。呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん。おはよう、ジミオ」


 眠そうにあくびをしながらペリアが瓶の中から飛び出した。


「朝じゃないけどな。って、それどころじゃないんだ!」

「瓶から出してもらったから、妖精のしきたり通り一つだけ願い事を叶えてあげるわ」


 まだまだのんびりと笑顔のペリア。瓶の中に長いこと詰められていて、気がおかしくなってしまったのだろうか。


「だから、それどころじゃ……ああ、もういいよ。あいつらを蹴散らしてくれ!」


 ジミオはモドゥル達と戦闘している黒服とフジタロウを指差した。


「任せなさい!」


 血を欲する獣のような狂喜に満ちた表情を浮かべ、ペリアは葛藤の中へと咆哮搏撃。


「どどん!」


 ペリアが手元から高圧力な衝撃波を発砲すると、不意を突かれた黒服が一人塵と化した。


「流石にやり過ぎだ。もう少し力を絞って! 仲間を巻き添えにしたくないだろ」

「うるさいわねぇ。窮屈な場所に閉じ込められてたせいか、ちょっとむしゃくしゃしてるのよ。ちょっと暴れるわよ!」


 続いて衝撃波を三発。今回は不意打ちではなかったので、素早い黒服達は全弾を回避。

 しかし、その隙を付いてリズの鞭が炸裂。形勢逆転、残りはフジタロウだけだ。


「接近戦でとっとと片付けるわよ!」


 獲物に襲いかかるヒョウのごとく勢いでフジタロウに飛びかかるペリア。

 それに超反応して的確に受け身を取るフジタロウ。

 近づいただけで木っ端微塵になってしまいそうな勢いで、拳と剣の先が閉じまじる。


 ジミオにはまったくついていけない。異次元の戦いだ。


影分身シャドークローン!」


 フジタロウが分身を出現させるスキルを発動。ペリアは六人のフジタロウに囲まれた。一般的な影分身シャドークローンは分身が薄かったり、途切れ途切れに消えかけたりするので注意していれば見分けがつくのだが、フジタロウの分身はとても精密に作られていてまったく見分けがつかない。かなり熟練されたスキルのようだ。


「小賢しいわね。ふーん――どん!」


 ペリアは床の上にドスンと足踏みをした。すると数多の大きな亀裂が現れ、平たくて整っていた戦いの場は荒れ果てた廃墟のように凸凹になってしまった。


「ズドン!」

「……んぐっ!」


 分身の一人がペリアの衝撃波を胸にくらった。すると、フジタロウの顔に激痛の表情が浮かび、他の分身はすぐにかき消えた。どうやら本物だったみたいだ。


「バ、バカな……、床の割れ方と分身を見比べて本体を探し当てたのか?」

「そうよ、分身は本体の鏡写しなんだから、本体以外は床の割れ方に対して不自然な立ち方になっていたわ」

「な、ならば、聖剣ホーリー――!」


 アヤノを一撃で始末した必殺技だ。いくらペリアが頑丈でも、流石にまともにくらえばまずいことになるだろう。だがペリアは剣を振り下ろそうとしているフジタロウから目を背けず、受け身を取ろうとする仕草すら見せず、落ち着いた表情で再び床に片足を勢いよく落とした。


「――光線ソード!」


 勇者が放った光線はペリアの頭上を素通りし、後ろにある黄金の山に直撃した。今の攻撃で失われた財宝は並みの富豪の生涯年収を超えていただろうが、今はそれどころではないので誰も気にかけていない。


「くっ……!」

「ちょっと地面を揺らされた程度で外しちゃうなんて情けないわね。今度はこっちからいくわよ!」


 ペリアが衝撃波を三弾打つ。フジタロウも剣から衝撃波を三つ放ち、それら打ち消す。


「ちょうど良い機会だし、この間手に入れたこれを試してみるか」


 片手をポケットに突っ込み、勇者はそこから手のひらサイズの赤いオーブを取り出した。おそらく彼のポケットの中にアイテムボックスが仕込まれているのだろう。


「灼熱の宝玉……! 古代魔人の神具ですわ。持っていると魔力を消費せずに炎魔法を放てますの」

「その通りだ。だが、俺はこれを――」


 オーブは床の上に叩き落とされ、リズが古代魔人の神具と呼んでいた、おそらくとても高価であろうものは赤い煙と化してしまった。


魔力吸収アブゾープション!」


 勇者が呪文を唱えると、迷いなく天上へと向かっていた煙は逡巡するようにフジタロウの周りを回りはじめ、ついには彼の体に吸収された。


「うおー、限界突破リミット・ブレイク!!!」


 視覚、聴覚、そして触覚が空気中に放たれるおびただしい量の魔力に反応する。どうやらフジタロウは神具に含まれていた魔力を全て取り込だみたいだ。

 常人であれば膨らませすぎた風船のように破裂していただろうが、そんな常識は人類を超越した勇者には通用しない。


灼熱螺旋砲メラミック・トルネイド!」


 最上位の火魔法と風魔法の融合技だ。青い炎が渦巻きながら、口を開いた大蛇のようにペリアに襲いかかる。

 ペリアはそんな恐ろしい攻撃にぴくりとも怖じけず、正気の沙汰とは思えない意気込みで真っ向から飛び蹴りして迫り来る炎に突っ込む。

 すると、ペリアの足に弾かれた炎が辺り一面に分散し、隕石群のように宝物庫中に降りかかった。


「ちょ、ちょっと危なくなってきましたわね。私たちは離脱しましょう」


 ジミオたちは気絶しているアヤノを抱えながら宝物庫から逃げ出した。あれは彼らのような人間が居ていい場所ではなかった。

 神と神のぶつかり合いだ。

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