第二十五話 ホンモノの勇者

 道中何度か城の兵士や黒服に見つかってしまったが、敵はリズの鞭とモドゥルの尻尾で簡単になぎ倒された。ジミオたちは順調に宝物庫へ向かっている。


「ここが宝物庫の扉ですわ」


 大蛇の石像が左右に飾られている、石造りの巨大両開き扉。如何にも宝物庫のような雰囲気を醸し出している。


「そろそろ、鍵を持ったアヤノがここに来るはずですの」

「待たせたな」


 噂をすれば影である。


「アヤノ! これは一体――」

「話は後。ペリアを救出するのが先だ」


 アヤノは慎重に金色の玉を右の大蛇の石像の口内へ押し込んだ。すると両側の大蛇の目が赤色に染まり、大きな振動と共に宝物庫の扉が開いた。

 中には数え切れないほどのゴールド、様々な種類の宝石、高価そうな武器や身の装備が山になって寝かされている。貧乏人のジミオには少し刺激が強すぎたのか、彼の目玉は今にも眼窩から飛び出しそうである。


「勇者が来る前に、急いでペリアが入っている瓶を探せ。この中のどこかに有るはずだ」


 アヤノは呆然としているジミオの首根っこを掴み、宝物庫に放り込んだ。

 高価な物を破損させてしまわないように、気を付けて探し回っているジミオとは対照的に、黒髪の少女はお構いなしに部屋内を走り回っており、その横で一つ一つの宝を爪に挟んで鑑定しているモドゥルは、大きな図体でうっかりと億単位の価値がありそうな王冠を踏み潰していた。


「ジミオ、効率を上げろ!」

「お、おう」


 丁寧に一つずつ拾い上げて確かめてから、傷を付けない用に慎重に下ろしているジミオ。心なしか手が震えている。

 こんなところで貧乏症が仇になるとは思いもよらなかった。


「アヤノ、勇者が迫っていますわ。索敵魔法に王室に現れた魔法陣が引っかかったの」

「予想していたより少し早いな。まだ見つからないのか?」

「すまん、何も見つからぬ」


 と天井が低い宝物庫の中で大きな体を窮屈そうに屈めている紫竜。


「ない!」


 とまだ走り回っている少女。


「俺も見つけていない」


 と一向に捜索のスピードが上がらないジミオ。


「急げ! これからの戦いにはペリアが必要だ」


 数百カラットのダイヤ、古代の魔導師の呪術所、オリハルコンで作られた剣。どれもこれも売れば途方もない金額になるものばかりである。次は薄汚いガラス瓶か。さっさと捨ててペリアを探しださ――


「ガラス瓶?」


 ジミオは捨てかかった薄汚い瓶の中身を覗いた。そこには窶れた表情の赤髪の妖精が。

 体は縮んでいたが間違いなくペリアだ。


「アヤノ、見つけたぞ!」

「今すぐ開け!」

「んんーっ! 硬くて開かない!」


 全力で瓶の栓を抜こうと踏ん張るがビクともしない。


「あの……え、えっと……そ、そこまでだ、反逆者ども!」

「くっ、来たか。リズ、奴を食い止めるぞ」


 入り口には一人の場違いな普段着をしている男と何人もの兵士と黒服が整列している。目立っている男はヒョロヒョロとしたひ弱そうな体をしているが、ジミオは彼を見た瞬間、背筋に猛吹雪のような悪寒が走った。


「勇者フジタロウ……」


 ジミオは彼のことを知っていた。

 彼は王国最強と謳われている勇者だ。一昨年ほど前に王都の近くにトロールの群れが出現した際に対抗策として召喚された転移者で、なんとたった一人で百匹近くのトロールを始末したと語られている。

 その後もフジタロウは幾度となく魔神や、蛮族の集団を撃退し、シフェルト王都を外敵から守ることに成功している。


「我も戦うぞ」

「たたかう!」


 モドゥルと少女はリズとアヤノの隣に並んだ。


「気をつけろ、あのガリガリ坊主とだけはまともにやり合うな。瞬殺されるぞ。ペリアが戦いに出られるまで、時間稼ぎすることに専念しろ」


 アヤノはフジタロウを指し示しながら忠告した。


「うむ、奴からは只者ならぬオーラを感じるぞ」


 三人と一匹対百人ほどの兵隊と黒服と一人の勇者。数でも力でも圧倒されている。

 いつまで持ちこたえられるのだろうか。


「は、反逆者ども……って、アヤノじゃないか!?」

「久しぶりだな、フジタロウ」

「どうしてそんなところにいるんだよ?」


 フジタロウの口調が急に流暢になった。どうやら慣れ親しんだ相手なら普通に話せるらしい。


「ルダイの政権を終わらせるためだ」

「自分の父親に逆らうのか?」

「そんなことは関係ない。私は民の利益、そして自分の利益のために行動しているだけだ。それに奴が血縁上の父であっても、私は奴を育ての親として認めたことは一度もない。だから敬意など存在しない」

「血迷ったのか、アヤノ?」

「血迷っているのはお前だ、フジタロウ! それだけの力を持ちながら、なぜルダイの犬に成り下がった!」

「失礼な、正式に雇われているだけだぞ。俺が好きなように働いて何が悪い!」

「そうだな、それが大局を見て動けない貴様の限界だ。独り善がりな考えでせっかくの才と力を無駄にしている。お前の力が欲しくて欲しくて堪らない人間なんて腐るほどいるのに、皮肉なものだ」

「黙れ! 勇者だからって民を全て救えなんて大義名分を押し付けようとする方が間違っている! それに俺は王都を守るために何度も戦ったじゃないか、それで十分だろ! 別に俺は欲しくてこの力を手に入れたんじゃないんだぞ、なぜ俺一人がそんな責任を背負う必要があるんだよ!」


 どうやらアヤノはフジタロウと会話をして時間を稼いでくれているらしい。早いとこペリアをここから出さなければ、とジミオは精一杯力む。


「何をノロノロやっている、貴様ら! さっさとあの瓶を奪え!」


 ルダイ閣下が直々にやってきたようだ。ジミオは宝物庫の奥にいるので、だいぶ距離はあるが――スパン!

 黒服の一人が的確に投げた鉄針に瓶を弾かれてしまった。瓶は優雅に宙を舞い、すぐ側のゴールドの山の天辺に着地した。


「ペリア!」


 彼女の名前を叫びながら必死にゴールドの斜面をよじ登るジミオ。


「グラシェム・スピリタス!」


 モドゥルの凍てつく息吹をくらい、敵のほとんどがカチコチに凍りついた。

 無事なのは、身を翻して上手く躱せたのは六人の黒服と、息吹を食らいながらもピンピンしているフジタロウだけである。


「私はフジタロウの相手する。残りは任せたぞ」

「わかったわ、アヤノ」


 リズとモドゥルが各自二人を、黒髪の少女ですら一人の黒服を相手にしている。

 彼らは強い、だが長時間持ち堪えるのは無理だ。いつかはアヤノがフジタロウにやられ、残りの連中も彼にやられてしまう。普通の人間が勇者に勝つのは無理だ。


 ――カキンッ!


 アヤノの短剣がフジタロウのソードに弾き飛ばされた。


「強くなったな、フジタロウ」

「当たり前だ。お前に訓練してもらってから、俺は死に物狂いで数々の高難易度の依頼をこなしてきたからな。おかげで収入は安定してきたし、マイホームも手に入ったし、あとは頑張った分だけのんびりと嫁たちとスローライフを楽しむつもりだよ」

「くだらぬ」

「そうさ、俺は前の世界にいた時からくだらない人間なんだ! 悪いか? 俺からすればこんなくだらない人間に期待して、こんな馬鹿げた力を渡した神の方が悪いと思うけどな。無駄話はここまでだ、そろそろ終わりにするぞ。聖剣光線ホーリーソード!」


 躱しきれないと悟ったアヤノは迫りくる光線から身を守るように両腕を顔の前に出した。フジタロウが放った光線は彼女の体を一瞬のうちに飲み込み、光線が消えた後には地面の上に倒れたアヤノの体が残っていた。


「命までは取らないようにしておいたぞ、アヤノ。一応、昔は師弟の関係だったからな、情けをかけて火力を制――うぐっ!」


 急に脇腹に走った激痛にフジタロウは顔を歪めた。


「馬鹿め、誰を相手にしようが油断するなと教えたではないか」


 残った反逆者を始末しようと先へ進もうとしたフジタロウに、気絶した振りをしていたアヤノが毒針を放ったのだ。


「ば……、バカはお前だ!」


 先ほどの強烈な攻撃を正面から受けて虫の息になっていたアヤノは、なすすべもなくフジタロウに蹴り飛ばされ宝物庫の壁に直撃した。


「へ、天の祝福ヘブンズブレッシング!」


 最上位の回復魔法。魔物のギガンテスに匹敵する怪力を持ちながらも、熟練の魔導師並みに魔法を使えるのがフジタロウの神の加護チートだ。

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