第二十四話 新たな敵と新たな味方
ジミオはなるべく音を立てないように廊下を走り抜け、アルベンが指し示した部屋の前に辿り着いた。
「ここかな?」
扉を開くと中には眠っているモドゥルの姿があった。彼は檻に入れられているが、体に怪我は無いようだ。ジミオは彼を助けようと走り寄る。
「モドゥル!」
「何者だ!」
見張りの黒服が二人も居るではないか。ジミオはモドゥルに注目していて、近くまで気がつかなかったみたいだ。
「ここは不味い。一旦、逃げ――」
くるりと振り返ると、元来た扉の外にも一人の黒服が待ち構えていた。
「やばい、詰んだかも」
「たたかう!」
黒髪の少女はやる気満々だが、黒服三人相手は分が悪すぎる。真っ向勝負以外の突破方法が必要だ。
しかし、妙案を考え出す暇も無い。三人の黒服はもうジミオの元へと駆け寄っている。武器を持っていないジミオの勝算はゼロに等しい。彼は頭を抱えてダンゴムシモードに変型した。
「うぐっ!」
「ぐわぁ!」
呻き声が聞こえる。だが、それはジミオの物では無い。ゆっくりと目を開くと、二人の黒服の上に足を置いているもう一人の黒服が見えた。
「アヤノ?」
「いえ、違いますわ」
彼らを助けてくれた黒服が覆面とフードを脱ぎ、彼女の薄く輝く灰色の瞳が明らかになった。彼女の素顔はショートカットの金髪美人だ。
「初めまして……ではないけれど、ちゃんと対話するのはこれが初めてね。私の名前はリズですわ。アヤノと私は共犯者なの。宜しくね」
「宜しくって言われても……」
ジミオは何が起こっているのかチンプンカンプンである。
「急ぎましょう。時間が余りないの」
「どこへ?」
「あなたのお友達の妖精さんを助けに行くのですわ」
ジミオは迷った。彼女を信頼していいのだろうか。しかし、他に当てがある訳でもないし……。
「よし、行こう」
「でもその前に、ドラゴンさんを檻から出してあげましょう。その子が持っている鍵で開けるはずですわ」
少女の鍵で檻を解錠することには成功したが、モドゥルはまだ眠っている。流石にこれを担いで逃げるのは無理があるので、どうにか起こさなければならない。
「仕方ないですわね」
懐から鞭を取り出し、リズは躊躇なくモドゥルに強力な電流を一発お見舞いした。
「あばばば、我に何をする!」
「モドゥルさん!」
「ジミオ? 我はまだ生きているのか?」
「今から脱出するところです」
リズは鞭をしまい、これからについて話し出した。
「この部屋には二つの出入り口がありますわ。ドラゴンも通れる外に通じる大きな扉、そして私たちが入る際に使った小さな扉ですわ」
モドゥルは小さな扉を通り抜けることができない。
「ですが、妖精さんが確保されている宝物庫を目指すのでしたら、こちらの小さな扉を通った方が近道ですわ」
「じゃあ、モドゥルだけあっちから逃げればいいんじゃないか?」
「それは困りますの。アヤノはみんなを連れてこい、と言ってらしたのよ。戦力が足りないと、城の兵士と隠密部隊には勝てませんわ」
「モドゥル?」
「もう、ここまで来てしまったのだ。我に引き下がる気はない」
「では、決定ですわね。ここを正面突破しますわ。それとジミオさん、こちらの武器をどうぞ」
投げ渡された武器は軽い短剣だった。
「私の持ち合わせていた武器の中で一番軽い物ですわ。アヤノがあなたの筋力不足を心配して選んでくれましたの」
要らんお世話だ、とジミオは思った。
「こんな軽いので勝負になるのか?」
「それは心配なさらず。剣先に毒が塗ってあるので、少し擦れば致命傷ですわ」
逆にそっちの方が心配である。ジミオが誤って自分を切りかねない。
「どうやって、こっちから行くんだ? モドゥルはこっちの扉を抜けられないだろ」
「想像力が足りませんわね。壁をぶち破って進めばいいのですわ」
ちょっと何言ってるかわからない。いくら力強い竜と言えども、この途轍もなく頑丈に見えるレンガの壁を壊せるとは思えない。
「この城の殆どの壁は応急処置で修理されたばかりですのよ。あなたのお友達の妖精さんが暴れて壊して回ったのですわ。城の魔術師を総動員させて、精神魔法で気絶させてなんとか捕まえたのですが、もう少しで城が瓦礫の山になるところでしたのよ」
なんというか、まあ……流石ペリアである。
「よし、行くぞ。人間達よ」
モドゥルが軽く体当たりすると壁は砂の城みたいに呆気なく崩れてしまった。
「こちらですわ!」
リズの指示に従って城の奥へと進んでいく。
***
「うぬぬ、役立たずな警備のせいで雑魚が脱走したのはともかく、リズとアヤノが裏切るとは……。恩知らずなクソゴミどもめ、わしの隙をついて宝物庫の鍵を奪いよって! おいマーカス、反逆者どもはまだ捕まらんのか?」
ルダイは王座の上で貧乏揺すりしながら、歯をギリギリと鳴らしている。相当イライラしているらしい。
「はい、すみません閣下。ただいま兵士総動員で捜索していますので、今しばらくお待ちください」
マーカスと呼ばれた執事服を着たパッとしない顔立ちの中年男は、だらだらと汗を流しながらへこへこと謝罪する。
「いや、もういい。お前らなんぞに頼らん。とっととフジタロウを呼べ!」
「はい、ただいま」
マーカスは壁際の棚の上に乗っているバスケットボールほどの大きさの純金製のベルを持ち上げ、前後に揺らしてカーンコーンと音を鳴らした。
すると王室の中央の床に魔法陣が現れ、その中にひょろひょろとした体型の男性が顕在化した。男性は黒髪、吊り目といったここらでは珍しい特徴を有しており、誰が見ても一目で転移者だと気づけるだろう。
「あ、えっと。……お、おひしゃしぶりです閣下」
転移者は小さな音量でごにょごにょと放たれた第一声を盛大に噛んだ。しかし、ルダイは特に気にかけるような様子は見せず、彼の聴き取りづらい挨拶をスルーして本題に入ろうと会話を進めた。どうやらフジタロウのコミュニケーション能力の低さに慣れているみたいだ。
「フジタロウよ、また力を貸して欲しい。いつものように報酬はたんまりと提供するぞ」
「わ、わかりました。お手伝いしましょう。で、ご用件は……?」
「脱獄者と反逆者がわしの宝物庫へ向かっている。奴らはそこに確保されている妖精瓶を盗み出そうとしているのだと思われる。奴らがそこへ辿り着く前に殲滅してきて欲しい」
「失礼ながら閣下、妖精瓶ですか? 別に宝物庫に入れておく必要があるほど、高価なものだとは思えないのですが……」
フジタロウの疑問はもっともだった。
確かに妖精瓶は高価なマジックアイテムではあるが、それはポーションなどの平凡なマジックアイテムと比較して高価であるという意味だ。ルダイの宝物庫に秘蔵されている数多の伝説の剣や鎧、宝石や金塊などとはとても釣り合わない。
なぜ反逆者たちがその程度の物を手に入れるために、自らの命を脅かすような行為に出たのか、フジタロウには不思議でならなかった。
「あれはただの妖精瓶ではない。新世代の兵器となり得る恐ろしい代物だ」
「妖精瓶が兵器……ですか?」
一般的に妖精瓶というものは、開くと中に封印されている妖精が出てきて願い事を一つ叶えてくれるというマジックアイテムだ。しかしその願い事は妖精が行うことが可能な範囲の願いでないといけないので、妖精の魔法を生かした治癒魔法や強化魔法、飛行能力を生かしたメッセージの伝達、そして下賤だが体を提供させ奉仕してもらうためなどに使用される。
妖精の戦闘力は低いので、補助魔法以外では戦いの役に立つことはない。
「あれは普通の妖精じゃないぞ。信じてもらえないかもしれないが、あれは勇者並みの戦闘力がありながら、妖精並みの魔法耐性を持っている。もう魔法を使って応急処置の修復を施してあるが、あれが暴れたせいでこの城が半壊したんだぞ! わしが裏で行なっている妖精研究により開発された妖精特攻の精神魔法がなければ、瓶に封印することすら不可能だっただろう」
「ほう、それは興味深いですね」
フジタロウは話を聞いているのか聞いていないのかよくわからない淡白な感想を述べた。コミュ障の悪い癖だ。
「わしの国にはお前の他に二、三人しか、大した勇者がいないという戦力不足に悩まされていたが、あれさえあればそんな問題は解決。すぐにでも隣国へ攻めに行くつもりだった。だが、今、わしはその力を失いかねない危機に陥っている。奴らがあの妖精を手にしてしまえば厄介なことになる。そうなる前にあの泥棒どもを懲らしめてきてくれ、フジタロウ!」
「はい、かしこまりましゅた!」
格好つけてビシッと敬礼したのだが、やはり噛んでしまったので、あまりしまらないフジタロウであった。
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