第二十三話 勇者、二度目の牢屋へ
目が覚めるとジミオは両手両足をきついロープに縛られ、冷たい岩の床に寝そべっていた。左右と背後には壁。正面には鉄格子。
言うまでもなく牢屋である。
「はあ……。そうだよな。やっぱり上手く行き過ぎてたよな、流石に」
アヤノに裏切られたことに関しては大した驚きは無かった。冷静になって考えてみると、アヤノが彼らと繋がっていることを疑うべきだったのだ。
不自然なほどに色々な事情を詳しく知っていたのは怪しかったし、そもそも服装が黒服の集団と似ている事を全くの偶然として取り扱うのは無理があった。
けれど、ジミオは彼女をまったく疑っていなかった。事が上手く運ばれているという錯覚に溺れていたのだ。
「運が悪かったな、坊ちゃん」
反対側の牢屋に入れられている老人がジミオに話しかけてきた。
「だがこれが大人の世界っつうもんよ。いい教訓だと思っちょきな。まあ、生きて出られはしねいけどの、がははは」
前に王都へ来た時に妖精をジミオに売ろうとした商人だ。
「お前はどうしてここに?」
「がはは、聞いちぇくれるのけい? 笑える話やけどの。ちょっくら、妖精商売で得た売り上げを報告せずにねこばばしちょったらバレてしもうての、懲役十年貰っちもた。がははは!」
彼がなぜ面白そうに笑っているのか、ジミオにはわからなかった。
「これからよろしくの、坊ちゃん! 短い付き合いやけどの」
「短い? 懲役十年じゃないのか?」
「坊ちゃんは死刑にされちょるのよ。二、三日経ったら首すっぱんよ。がははは!」
ジミオの顔が青ざめていく。
「助かる方法は……無いな。助けてくれる人間はもういないし……いや、アルベン……あいつには期待するだけ無駄だな」
絶望に飲み込まれたジミオは呆けたように壁際に座り込んだ。
そもそも、ここまで到達できたのは全てを他人頼りにしていたからだった。
ペリアのお陰でテラネペンテスに喰われずに済み、アヤノのお陰で西の果ての村へ辿り着き、モドゥルのお陰で黒服達を撃退できた。
ジミオは優秀な彼らに便乗して調子に乗っていたのだ。これが彼の浅はかさへの報いだ。
ペリアが攫われた時、ジミオはアヤノが居なければ何もできなかった。
アヤノが負傷した時、ジミオはモドゥルが居なければ何もできなかった。
黒髪の少女が助けを願った時、一人だったジミオは何もできなかった。
結局、最初から最後まで彼は虎の威を借る狐のように図に乗っていただけなのだ。
ジミオはそんな自分がシフェルト城に攻め込んで、ペリアを救い出せるなんて思っていたのを馬鹿らしく感じた。
「早く殺してくれないかな」
少し涙を目元から漏らしながら彼は呟いた。
潤んだ視界の先には白いワンピースを着た天使のような少女が見えてくる。
「もう天国から迎えが……」
「ここ、あける」
「君は……一体どうやって?」
黒髪の少女が鍵を持っていて、ジミオの檻を開こうとしている。
「あやのがなげたの。かぎ、ついてた」
アヤノが助けてくれた? 彼女は彼らを貶めた張本人のはずなのだが……いったいどういうことなのだろうか。
――ガチャン。
檻の扉はすぐに開かれ、ジミオは無事脱出に成功した。
「坊ちゃん、ついでにここも開けちぇくれんかの」
老人が図々しく頼みごとをしてくるが、ジミオは彼のことをガン無視した。
「坊ちゃん! 鍵を持っちょるやないか! 減るもんじゃなかろ」
「悪い、大人の世界は厳しいものなんだ」
少し余裕ができてきたのか、ジミオは老人を嘲笑しながら先ほどのセリフをそっくりそのまま返して煽った。相変わらずすぐに調子に乗るやつである。
「坊ちゃん! くっそ! おい、警備! 囚人が逃げちょるよ!」
ジミオは少女を連れ、追っ手が現れる前に急いでその場を後にした。
「どうする?」
「まずは誰か味方を探そう。俺たち二人の力じゃここから無事には出られない」
「あやの?」
「アヤノはまだ信用できるかわからない」
鍵をくれたとはいえ、アヤノは少女に怪我を負わせた。いまいち、彼女の真の目的がわからない。これも、もしかしたら罠なのかもしれない。
「まず、ペリアを探すべきだ」
「ぺりあ!」
少女の瞳が明るく光り、口が嬉しそうに広がった。
「でも、どこにいるのか見当もつかないなぁ……」
長い通路には数々のわかれ道が有り、沢山の扉が壁沿いに続いている。この中から、ペリアが閉じ込められている部屋を見つけるのは困難。恐らくジミオがペリアを見つけられる前に、彼らが警備隊に捕まってしまうだろう。
立ち止まっている訳にもいかないので、ジミオと黒髪の少女は廊下を真っすぐに突き進んでいく。今の所は運良く敵と鉢合わせていな――ズドン!
ジミオは突然開いた扉に正面衝突した。
「ジミオじゃないか」
「アルベン……」
面倒な時に面倒な奴に出会ってしまった。
「こんな場所でなにやってんだよ」
「それはこっちの台詞だ」
「俺っちは騎士団の仕事で、ここの警備をやってるだけだ」
つまり現状は敵である。
「おい、アルベン!」
廊下の向こうから兵士が走ってきた。ジミオは黒髪の少女の手を引いて、慌ててアルベンが出てきた部屋へ飛び込んだ。ちょっと汗臭い。ここは着替え室なのだろうか。暗くて周囲がよく見えない。
「脱獄者を見なかったか? ルダイ閣下が奴は重要人物だと言い張っている、直ちに捕まえないとまずいことになるぞ」
「いや、知らねーよ」
「なら、お前もとっとと探しに行け!」
「はいはい」
「はい、は一回にしろ!」
そう言うと兵士は去って行った。ジミオはほっと安堵し、暗い部屋から顔を出した。
「っち、うるせー奴……。ところで何で隠れてんだよ、ジミオ?」
「ありがとう、アルベン」
「なんで俺がお礼を言われるんだ? もしや……」
ジミオはごくりと唾を飲み込む。
「到頭、お前も俺っちのかっこよさに惚れたのか?」
あまりにもくだらない勘違いにジミオは素でずっこけてしまった。ナルシストの思考は理解に苦しむ。
「いや、脱獄者って俺のことなんだが」
「ぶはははは、嘘つけ! お前みたいな糞雑魚がルダイ閣下に狙われるわけないだろ」
腹が立つがジミオは彼を無視した。勘違いしている方がこちらには好都合だ。
「そういえば聞いたか、ジミオ? 捕らえられたドラゴンがこの城にいるってことを」
間違いなくモドゥルの事である。
「本当におかしいんだよな。俺っちが確実に仕留めたはずなんだが。とはいえ、捕らえられた実物を見ちゃった以上、俺っちの記憶を疑うほかないんだよなあ」
アルベンがいつもの悪い癖で頼んでもいない自分語りを始めた。会話を誘導すればモドゥルの居場所を突き止められるかもしれないと思い、ジミオはアルベンに率直に訊ねた。
「ドラゴンはどこにいるんだ?」
「お前も見に行くのか? この廊下をまっすぐ進んで、突き当たったところを右だ」
「サンキュー、アルベン」
「おう、またな。俺は脱獄者を探しにいかねーと。めんどくせ〜」
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