第二十二話 信じてたのに……

「アヤノ、出発するぞ」


 珍しいことに今朝はジミオが目覚まし役だった。ペリアのことが心配で一刻も早く出発したいのだろう。


「そうだな」


 アヤノが了承すると彼らはすぐさまに準備を整え、村長にお別れの挨拶をした後に森へと向かった。


「ペリアが居ないので、多少は難易度が上がるが不可能ではない」

「まっすぐ抜けるぞ」

「ぬけるぞ!」

「ん?」


 はきはきとした甲高い声。どうやら黒髪の少女が付いてきてしまったようだ。


「いや、危ないからだめだよ」


 不服そうに頬を膨らます少女をジミオは一生懸命なだめようとするが、彼女は引く気は無さそうである。


「たたかえる。あぶなくない。ぺりあ、たすける」

「無理だ。村の人たちはもう君を虐めないよ。だから、帰りな」


 黒髪の少女はむすっと唇を尖らす。


「たたかえる!」

「ああもう、面倒臭いなあ」


 どうしたものかと、ジミオは頭を掻いた。


「なら、ここで戦わせてみろ」

「は?」


 アヤノが出した突然の提案に、ジミオは首を傾げた。


「ここで彼女が戦えると証明させるのだ」

「こんな小さな子を、魔物と戦わせるわけにはいかないだろ」

「たたかえる!」


 黒髪の少女はぴょんぴょんと跳ねながら、拳を振るっている。


「本人はこう言っている、問題無い。万が一、危険な状況に陥ったとしても私が瞬時に助けるから心配するな」

「なら……まあ、いいか」


 魔物との戦いの厳しさを思い知らすのが、彼女を説得する方法としては一番手っ取り早いのかもしれない。


「単独の化けガラスが木に止まっている。あれを倒せ」


 アヤノはギャーギャーと喚き立てている鳥型の魔物を指差した。

 ジミオが魔物を初めて倒せたのはつい最近の出来事だ。最初は弱っちいもっちりスライムすら倒すのに苦戦した、このような幼い子が簡単に魔物を倒せるはずはない、とジミオは確信していたが――

 黒髪の少女は信じられないスピードでカラスの元へ急接近し、その場に落ちていた石ころを的確に投げつけて魔物を一発KO。悪戦苦闘などまったくなく、カラスはすぐに死んだ。


「少なくともお前よりは強いな」

「アヤノ、やっぱり才能って有るんじゃないか?」

「当たり前だろ」

「でも、言ったじゃないか! 上に立つ人間は皆苦労してそこまで辿り着いたって! 最初からできる人間なんていないって!」

「もちろんそれも正しい。だが、全ての人間の到達点と開始地点が等しいとは言っていないぞ」


 ジミオの眼球が白く染まった。草むしりモード再開である。


「そう落胆するな。彼女だって森の中で長いこと自分の身を守ってきた。ある程度の戦闘技術を会得していて当然だ」


 意外なことに彼女はフォローをしてくれたが、ジミオの自尊心はとっくのとうに化けガラスと共に灰と化していた。


「たたかう。ペリア、たすけたい」

「案ずるな、約束通り連れていく。しかし、私が見込んだだけの事はある。将来優秀な戦士になれるかもしれん」

「俺もなれると思うか?」


 アヤノは数秒考え込んでから、「ありえないことはないかもしれない」と言葉を濁した。

 先を急ごうとジミオ一行が森へ踏み込むと、雲が日差しを遮ったのか突然に辺りが暗くなり、聞きなれた低い声が鼓膜に響いた。


「我も一緒に行ってよいか?」


 日光を遮断していたのは紫竜の巨体だ。


「お前達の友人が拉致されてしまった責任は我にある。せめて、お詫びにシフェルトまでお前達を届けさせてくれ」

「ありがとうございます、ドラゴンさん!」

「その呼び名はよせ。我の名はモドゥルだ」


 モドゥルが両足を地面に着けた拍子に、地面が少し揺れ動いた。


「それは都合がよい。是非、お願いしたい」


 アヤノはそう言うと、モドゥルの背中に飛び乗った。


「少年、お前も乗れ」

「モドゥルさん、俺のことはジミオって呼んでください」

「それがお前の名か? よろしい、記憶しておこう」


 ドラゴンは小太りした容姿とは裏腹に飛ぶスピードは快速であった。

 村はあっという間に縮小していき、地平線の向こうに隠れていたシフェルトがみるみる近づいてくる。

 黒髪の少女は楽しそうにきゃっきゃとはしゃいでいるが、ジミオはそうでもないらしく、失神寸前の表情を浮かべていた。アヤノはいつものように無表情のまま、黙々と武器の手入れを行っている。

 彼女の短刀が太陽の光を反射し、ジミオはあまりの眩しさに目を瞑った。


「ついたぞ」


 半日も掛からずにシフェルト王都に辿り着いてしまった。


「悪いが我はここから先へはついていけん、危険すぎるのでな。我の帰りを待っている家族がいるのだ。働いた分の賃金はもらい損ねてしまったが、背に腹はかえられん。命だけでも無事だったことを喜ぼう」

「モドゥルさんは貧乏なんですか?」


 妙な親近感が湧いたので、ジミオは思わず失礼なことを尋ねてしまった。


「竜の里の連中は皆貧乏だ。戦争に負けてからは、人間に搾り取られる毎日だからな。だが、竜の種族を絶えさせぬために皆頑張っている。だから我も人間の社会へ働きに出向いた。結局、騙されていたようだがな」

「そうだったんですか」


 生物の中では絶対的な王者と称されているドラゴンですら、世の中の理不尽さに晒されているとは。意外な事実を耳にしたジミオは社会が腐敗していることをより確信した。


「じゃあ、ここでお別れですね。色々ありがとうございました、モドゥルさん」

「また会えるといいな。人間は総じて屑だと思っていたが、中にはまともな者もいるものだ」


 ジミオ一行はモドゥルの背中から降り、飛び立とうとする彼を見守っている。

 そして、モドゥルの足が地から離れる刹那――


「待て、敵がいる」


 アヤノが小声で警告を発した。

 すると、辺りの岩陰や木陰から数十人の黒服が姿を現す。


「待ち伏せされていたのか?」

「いや、私が呼び寄せた」

「え?」


 ジミオは訳がわからずきょとんとしているが、アヤノがここで冗談を言うとは思えない。


「アヤノ、良くやりましたわ。まさか難なくここまで連れてくるとは思いませんでした」

「ああ。ことが都合よく運ばれたので、手間も大して掛からなかった」


 アヤノが黒服の一人と馴れ馴れしく話し合っている。


「ちなみに、その女の子は……?」

「彼女は次世代の隠密部隊に成りうる素質を持っている。若い内にこちらで育てようと思って連れてきた」

「それは素晴らしいですわ!」

「アヤノ、これは一体どういう……」


 混乱した頭を整理しようとジミオは思考を必死に巡らせている。


「おお、捕らえたか! 流石、我が娘のアヤノだ」


 食べ過ぎの後遺症と思われる豊満な腹、数々の宝石を纏った豪華な身のこなし、汚く乱れた長い髭。趣味が悪そうな上位階級のお手本と言える、中年男性がアヤノを娘と呼んでいた。


「ルダイ!」


 その男を見てモドゥルが叫んだ。


「お帰り、モドゥル。わざわざ見せしめ処刑されるために戻ってくるとは、仕事熱心なことだ。ふはは、楽しみだな。わしの英雄伝に竜殺しを追加する事となるのが」


 ゲスい笑みを浮かべながら、ルダイはモドゥルを煽った。


「そして、貴様が噂のちょっと知りすぎた少年だな。残念ながら貴様の冒険はここまでだ。リズ、奴らを牢に放り込んでおけ」

「はい、わかりましたわ」


 リズと呼ばれた黒服が手に持っていた鞭を振ると、強力な電流が発生し、それを額に食らったモドゥルを瞬時に気絶させた。


「モドゥル!」


 ジミオは紫竜の元へ駆け寄ろうとしたが、飛びかかってきた黒服に押し倒されてしまった。


「あやの?」


 現状の深刻さをわかっていない黒髪の少女が、助けを求めてアヤノに歩き寄る。


「だめだ! 逃げろ! 君も捕まっちゃう!」


 彼女は戸惑っていた。ジミオが何やら狼狽した声音で叫んでいるが、裏切りを理解していない彼女にはアヤノが危険な人物に見えない。困った表情をしながら、彼女は一歩づつアヤノを目指して進んでいく。

 だが、そんな迷いはアヤノが断ち切った。


 ――シュッ!


 鋭い鉄針がアヤノの手元から放たれ、見事に少女のワンピースを貫き彼女の服を地面に釘付けた。先が彼女の足を掠ったのか、スカートが内側から少し赤く染まっている。


「動きを止めた。彼女を捕まえろ」


 アヤノは彼女に怪我をさせた事について全く動揺した様子はない。


「じみお、たすけて」


 少女は怯えた顔でジミオに救いを縋った。しかし、ジミオは身動きが取れない。


「アヤノ、どうして……むぐぐっ」


 黒服に怪しい布で口を覆われ、ジミオの意識が遠のいていく。


「ジミオ、悪いがお前との契約の期限は昨日までだった。そして、今の私の決断は私の利益を追求した結果だ」


 アヤノはそう言い残し、城の方角へ去って行った。


「ルダイ閣下、朗報です。西の森の主が討伐されました」

「ほう、今日は全てが上手くいくな。そろそろ、あの村へ遠征部隊を送り込むぞ。村人は全て捕らえてこい。あいつらを奴隷にして鉱山を採鉱させ、大儲けしてやる」


 ふははは、とルダイは下品な笑い声を上げる。


「この調子で金が集まれば、大陸統一も夢では無さそうだな。ガハハハ!!!」


 ――ジミオの意識が途絶えた。

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