第二十一話 よかった、これで解決ですね!

 右手に手綱、左手に鞭、下着っぽいけど水着ということにすれば公然猥褻罪をギリギリ回避できるかもしれない服装。SMの女王じみた服装を着用したアヤノは、平和的な交渉を持ちかける気で満々である(棒)。


「これはこれは、勇者の方々! 無事に竜を捕らえられた様でなによりじゃ。ここで、処刑するのを見せてくれるのかのぉ?」


 やけに目立っていたジミオの集団を見かけた村民が村長を呼んできてくれたらしい。

 ついでにそこら中には野次馬まで溢れかえっていた。何十人もの武装した子供と、あの図体をもつドラゴンと、セクシーな服装のお姉さんを連れていたら、流石に誰でも興味が湧くので仕方がない。


「その前にまず、一つ頼みごとがあります」

「ほう、それは一体なんなんだね?」

「この子供達の里親を探して欲しいのです」


 周りの大人達から笑い声が上がった。さらには偽善者だの、汚物だの、ジミオや子供達への悪口が飛び回っている。


「済まんが、それは無理じゃ。動物は動物らしく森で暮らすべきじゃからな」

「はあ、そうですか。なら、ドラゴンをここで解放します」


 今度は大爆笑が辺りを包んだ。ジミオの発言を冗談だと思っているらしい。竜の恐ろしい口を封じこめた手綱を見て、安心しきっている。何かしらの力を抑えるマジックアイテムだと思い込んでいるのだろう。


「ふはは、ご冗談を。その手綱を今ここで解いたら、あなた方も無事では済まない」

「いえ、こいつは完全に手なづけてあるのでご心配は無用です。あなた方に危害を与えない保証はありませんけどね。アヤノ!」


 アヤノは懐から短刀を取り出し、竜の口元の手綱に少しずつ切り込みを入れ始めた。


「え?」


 事態を未だに把握できていない村長は呆然と縄が解けるのをぼーっと見届けた。


「イグニス・スピリタス……」


 紫竜はつまらなそうに呪文を唱え、上空に大きく炎を吹き出した。すると状況は一変。その炎の凶悪な迫力を目の当たりにした人々は恐怖に怯え、我さえ助かればと言わんばかりにお互いを押し退け、悲鳴を上げながらおろおろと逃げ惑いだした。


「喰われたい者は……えーっと、おらぬか?」


 あらかじめ用意された台詞を言い放つ紫竜。あからさまな棒読みだったが、低音な声と手綱が外されて姿が晒された鋭い牙の組み合わせが、恐ろしさを十分代わりに引き立ててくれている。


「わかった! そちらの要件を受け入れる! だから、そいつを沈めるのじゃ!」

「了解。アヤノ、もう一度縛っておいて」

「いや、まだだ。次いでに、今夜の晩餐も要件に含んでくれ。なるべく豪華な料理を頼む」

「宴か? それなら、頼まれんでもやるつもりじゃ。竜を退治した祝いにな!」


 村長は口に大きな三日月を描いた。


「村長、我々にそんな余裕はありません! また宴など開いてしまえば、冬を越せなくなってしまいます!」


 村長の後ろで何やらねちねちと駄々をこねている巨男が居るが、気にしない気にしない。


***


 そういう訳で、二度目の宴会である。今回は子供達も参加しており、奴隷として扱われていた者も全て解放されている。前回と違って、皆が豪勢な食卓を楽しんでいた。

 ジミオとアヤノは村長の左右に敷かれた上質な座布団に座っており、彼らのすぐ後ろでは子供達の滑り台と化した紫竜が地面に横たわっていた。


「ところで、村長さん。どうしてここら辺の森には、あの数の子供が住んでいるんですか?」

「あれは全員、村の連中が捨てた子らじゃ」


 村長の話によると、どうやらこの村は近年連続する不作による食糧不足に陥っており、その対策として子供の数に制限を掛けたらしい。一家に一人以上の子供を作ってしまった場合、罰として多額の罰金を払い、その子供を奴隷としてオークションに出す必要があった。

 だが、その制度にはもちろん多くの村民からの反発があり、避妊用具の手に入れにくさや、若い村民の性教育の乏しさも合わさって、多くの問題を引き起こした。

 二人目や三人目の子供を世間から隠しながら育てる人、誤った妊娠から生まれた子供を森へ捨ててしまったり、罰金を取られる前に奴隷として売り捌いた人。

 隠して育てらている子供の中には、一生閉じ込めて置くことに親が無理を感じ、ある程度育ったら森へ捨てられてしまう子供や、窮屈な生活に耐えられず、自分の意思で逃げ出した子も居たようだ。

 間違った法が人々を非人道的な行為へ追い込んでしまったのだ。

 もちろんその法は現在では撤回されているが、森の中の子供たちや、奴隷になってしまった子供たちは、その過ちの生きた証として残ってしまったのだ。


「しかし、食糧難だというのなら、竜の討伐のために大金を用意できたのは何故だ?」


 アヤノが村長の話の矛盾点らしきポイントを突いた。確かに食糧難に困るような村が、莫大な賞金を竜の首に賭けられるのは不思議である。


「あぁ、それはのう――」


 それにも少々複雑な事情が絡んでいた。この村は全方位を森のダンジョンに囲まれており、そこを通過することができる腕利きの冒険者しか訪れる事ができないのである。なので、行商人はほとんど訪れず、食べ物を外から仕入れるのは非現実的だった。

 海から水を汲むように銀と銅が採掘できる鉱山地帯が近くにあるので、資金はたんまりと手に入るのだが、それらを他所との貿易に使う機会は無いに等しいというジレンマを抱えていたのだ。

 結果、村の土地で栽培を行わなければいけなかった。だが近頃は作物の出来が非常に悪く、食糧不足に悩まされていたとのことだ。


 そして、それに追い討ちを掛けるように、新たな問題が更に降りかかった。村に竜が出没し始めたのだ。その竜は村の畑を荒らすと言い張ったが、幸いな事に子供を一人生贄として捧げれば見逃してやるとも言った。

 森の周辺で暮らす子供達は害獣同然の扱いだったので、村の人々はその子供達の中から一人捕らえて竜に渡す事にした。しかし、竜は近いうちに再び訪れた。その後も何度も何度も。

 森の子供達は村人達を警戒するようになり、彼らを捕らえるのはとても困難となった。


「それで貯まった鉱石をゴールド換算した報酬で、竜を退治する依頼を出したのじゃ。竜を殺せる自信がある腕利きの冒険者なら、森を難なく抜けられるし、貿易の足掛かりとしても使えるからのう。万が一、森の主を退治することができれば、ダンジョンも消え去って正に一石二鳥の作戦じゃった」


 けれど依頼を出した途端、外からの人の流れがぴたりと止んでしまったらしい。


「冒険者は欲張りじゃから、真っ先に飛びつくかと思ったのじゃが。近頃の若いもんはチキンすぎてなっとらんのう」


 ジミオがアヤノに視線を送ると彼女はゆっくりと頷いた。


「ルダイの隠密部隊の仕業だ。森を通る途中、数多の死体を見つけた」

「俺は一つも見なかったけど……」

「私が避けて通ったからだ」


 そういえば、アヤノは森をやたら曲がりくねった不自然なルートで通り抜けていた。それにはそんな理由があったのか。


「そういえば村長とやら。不作が続いていると聞いたが、あの畑の事か?」


 ジミオ達の会話に聞き耳を立てていた紫竜は、寝かせていた顔を持ち上げて村長に訊ねた。


「そ、そうじゃが」


 びくびく震えている。近頃の若者がなんたら言っていた割にはこいつも臆病者である。


「土地が死んでおる。土の栄養を補充せずに使い続けるからだ。全く、人間の農業はまるでなっとらん」


 紫竜はどすどすと地面を揺らしながら畑の元まで歩いていく。


「ナチュリ・スピリタス!」


 呪文を唱えると、澄んだ緑色のオーブが彼の口から放出されて上空で爆発した。飛び散った光る粉は風に乗って畑一面に運ばれ、触れた植物達を生き生きとした緑色に染めていく。


「おおー!」


 歓声を上げる村民達。


「土に栄養を与えた。だが、同じ栽培方法を続けていればいずれまた土地が死ぬぞ。適度に場所を変えることだ」

「ありがたや、竜神様!」


 つい昨日まで殺す気満々だったのに調子のいい奴らである。

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