第二十話 一難去って

「母さん、俺は先に行って待ってるよ」


 ジミオは未だに幸せそうな顔を浮かべている。完全に放心状態だ。


「少年、助かったようだぞ」

「へっ?」


 目を開くと、ジミオの前には先ほどまでと同じ洞窟が広がっていた。


「天国って案外しょぼいんだな」

「だから、まだ生きておると言ったではないか。それにしょぼいとは何事だ。我がここを作るために寝る間も惜しんでいたことを知っておるのか」

「そういえばアヤノは……」


 紫竜の言葉に興味がないジミオは、急いで岩陰を確かめに行った。

 だが、そこにアヤノの寝転ぶ姿は無い。


「もしかして、黒服に連れ去られたんじゃ……」

「ジミオ、良く持ち堪えた」

「アヤノ!」


 彼女はいつもの澄ました表情で、どこからともなくこちらへ歩み寄ってきた。


「痺れ毒は?」

「アイテムボックスに入っていた薬剤が効いてきたのでもう大丈夫だ」

「そうか、よかった。なあ、アヤノ。ペリアはここに居ないらしいし、これから俺たちはどうすればいいんだ?」


 竜の巣にペリアの面影はなかった。当事者の竜も事態をあまり理解していないらしいので、手がかりが尽きてしまった。


「そんなことは決まっているだろう。ペリアが確保されているシフェルト城へ向かうぞ」

「えっ?」


 初耳である。アヤノはいったいどうやってその情報を入手したのだろうか。


「先ほど竜がルダイ閣下との繋がりを暴露した。ルダイはシフェルトの王だ」

「つまり、ペリアはルダイ閣下のところへ連れて行かれたのか?」

「多分な。まあ、奴に訊けば簡単にわかることだ。竜よ、貴様は妖精の少女をシフェルト城へ連れ去ったのだな?」

「……我は首にされたようだし、別にゲロっても大丈夫だろう。お前の言う通りだ、我は彼女を城へ連れ去った。故意ではない。我は雑用ペットとして、一昨日ルダイに雇われた。そして託された仕事が村の村民を脅し、子供を連れ去るということだった」

「シフェルトの王が子供を攫っている? 一体、何のために……」


 もしかして、シフェルトの王はロリコンなのだろうか。仮にも国を統一した元勇者なのだから、そのような醜態はとても信じられない。金に心を飲まれ、欲望が赴くままに解放されてしまったのか。


「しかし、なぜ我がクビになったのか未だに理解できん。妖精を連れて行った時、機嫌を損ねた様子はなかったのだが」

「損得を割り出した結果、貴様を雇い続ける意味が無くなったのだろう。給料未満の働きしかできなかった自己を恨むが良い」


 アヤノは紫竜の心を抉るような言葉をずばりと告げた。


「それに知っていると思うが、貴様の首には高い賞金が懸かっている。今朝、その討伐金はさらに増量されたらしい。貴様の働きにより生じる利益より、そちらの方が割に合っていただけの話だ」


 あれだけの討伐金がさらに増量されるとは……。本当にこの辺鄙な村にそんな額があるのだろうか。でも、どうしてアヤノは討伐金が値上げされたのを知っているんだ?

 ――とジミオは少し疑問に思ったが、村の村長から直接聞いたのだろうと自己解決した。


「なんと? つまり奴は我の討伐金を自作自演で吊り上げてから、我を狩ろうとしていたのか? おのれそのような扱い、労働省が許さぬぞ!」


 ジミオが労働省とは何だと尋ねると、「これだから、人間の社会は……ろくな政治機関すら確立しておらん蛮族の塊だ」と紫竜がぶつぶつ文句を垂れ流して始めた。

 紫竜は放置し、ジミオはアヤノへと会話の対象を移す。


「つまり、あの黒服達は竜が冒険者達に狩られないように守っていたが、なんらかの理由で守る必要が無くなったから、賞金を稼ぐために殺しに来たってことなのか?」

「珍しく察しがいいな、ジミオ。先日、出会ったお前の知り合いもルダイの隠密部隊に狙われたのだろう」


 アヤノに褒められたジミオは少し嬉しそうに顔を赤らめる。聞きようによっては罵倒にもなるのだが、彼はポジティブに捉えることにした。


「でも、アルベンは竜を殺したって言ってなかったか?」

「恐らく、実際に殺したのだろう。しかしその事実を隠蔽し、他の冒険者に討伐金を横取りされないために、こいつが代役として雇われた。そして急ぎの策だった故、外見が似ているだけのへっぽこを雇わざるを得なかった」

「へっぽことはなんだ! 我は第一竜学院を主席で卒業した――」


 言われてみれば胴体は大きいものの、対して恐怖を感じさせない性格の竜である。

 戦闘能力は決して低く無かったが、引きこもったまま尻尾や息吹を駆使して攻め、決して敵に堂々と立ち向かわない、臆病な戦闘スタイルは竜らしくない。食物連鎖の頂点に立つはずの竜から、生き延びるために必死な小鼠のような印象を受けた。


***


 洞窟の外には追い返した子供達とその仲間が待っていた。


「増殖している」

「細菌みたいに言うなよ、アヤノ……。本当に子供の相手は得意なのか?」


 ざっと数えて三十人超。皆がボロボロな布や葉っぱを纏っており、いかにも前時代的な石槍やパチンコで武装している。


「てつだう!」


 黒髪の少女の掛け声を受け、他の子供達が一斉に竜に飛びかかった。


「な、何事だ? や、やめんか、くっ、くすぐ……むはっ、むほほほ!」


 子供達の武器は紫竜の硬い鱗には傷一つ付けらない。


「あの、えっと、そこの君! もう大丈夫なんだ。だいじょうぶ、おーけー」


 ジミオは黒髪の少女に事態の安全性を伝達しようと色々なポーズでコミュニケーションを取ろうとする。

 その間抜けな雰囲気を察し危険がないと感じたのか、少女がもう一声を上げると子供達はドラゴンの元から離れだした。


「しかし、すごい数の子供だ。人間共の間では育児放棄が流行っておるのか?」


 身体中にこびりついた泥を払いながら、竜は訊いた。


「そんなわけないだろ。きっと何か事情があるはずだ」


 一人の人間としてジミオは子供をそのように扱うことをとても信じられなかった。人の内心的なモラルがそのような行動を許すはずがない。

 黒髪の少女の周りに集う子供達は非常にやせ細っていた。果実が乏しく、魔物が多いこの森での暮らしは過酷そのものであろう。


「この子達に安全に住める場所を与えられたらいいのに」

「与えればいい」


 単刀直入に答えるアヤノ。


「俺がこんなに沢山養えるわけないだろ。無一文だぞ? 主にお前の所為で」

「方法は他にもある。里親を探す。自立するための知識と資金を渡す。奴隷として他国へ売り飛ばす」


 アヤノは指を折りながら、三つの提案を示した。


「最後のはおかしいだろ」

「私は目的を遂行するための、選択肢を全て述べたまでだ。人道的なことは考慮していない」


 自分自身満足に自立できていないジミオが、子供達を一人前に育て上げるのは無理な話で、結果的に一つしか選択肢は残されていない。


「やっぱり、村の住民達に頼むしかないな」

「いや、効率重視。奴らを脅迫するべきだ」


 アヤノの冷徹さが又もや明るみに。


「そうだな」


 しかし、ジミオは特に疑問を持たずに意思を疎通させた。大分アヤノの方針に感化されたのか、彼女の方向性は事態を難なく解決すると確信したからだ。


「う〜ん、脅迫か。ペリアが居たら簡単に脅せそうだけど」


 他に都合がいい、且つ恐ろしい物といえば――


「ドラゴンさん。一つ頼みごとをしても大丈夫でしょうか?」

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