第十七話 子供たちと遊ぶ勇者

「食料の確保。目的地への地図の入手。扉を蹴りやぶって大正解だった」


 アヤノは全くと言ってもいいほど言葉に感情を表していないのに、ジミオはなぜか嫌味を言われている気がした。


 確かにドラゴンの在り処は見つかった。けれど、チート級の強さを誇るペリアが不在な状況でジミオとアヤノに勝算はあるのだろうか。ジミオはそれが心配だった。

 アヤノは強い。それも、ただ力が一般的な人より若干上手なだけという意味ではなく、異次元的で支離滅裂なレベルで強い。ジミオが知っている人間には彼女とまともに手合わせできそうな人は皆無だ。


「俺たちだけで勝てるのかな……」

「確かに厳しいかもしれない。しかし、私とお前が行先で命を落とすことはないだろう。それは用心棒としての義務だ。保証する」


 嘘偽りや疑心が全くうかがえない、勇ましさと誠実さに満ち溢れた言葉。凛々しく胸を張らせる彼女は、圧倒的な自信を込めて喋っていた。

 そんなアヤノをジミオは羨ましく思った。自分の腕にそこまで信頼を掛けられるほどの強さを手に入れた人間が眩しく見えたのだ。


「金を払った以上、契約期間が過ぎるまでは必ずお前を守る。安心したまえ、私は銭が関連する期待に応えられなかったことはない」


 折角いい感じだったのだが、無駄に金を強調したお陰で台無しである。


 森林は薄く、広く消え去っていき、木々が年を重ねた男性の髪のように疎らになっていった。地図によると、そろそろ鉱山地帯が見えてくるはずだ。


「ん? 迷子か?」


 前方には屈みながら何やら楽しそうに笑っている少年の後ろ姿がある。

 ジミオは声をかけようと少年の肩に手を掛けた。

 そして、振り向いた少年は――


「で、出たたたたたたたーっ!」


 顔の無い少年に腰を抜かしたジミオは尻餅をついたポーズのまま両手を船を漕ぐように使って、地面を這い、妖怪少年から距離を取る。


魔森人まもりびとではないか。力は弱く、動きも鈍い。特訓の成果を確かめるには丁度いい」


 アヤノはこの魔物に手を出す気は無いらしい。


「ジミオ、こいつを倒してみろ」

「無理!」


 即答だった。まあ、悪夢が現実に突如現れたら誰もが怯むだろう。


「竜と戦うのだろう? この程度も倒せねば、奴に勝つなど夢のまた夢だ」

「そ、それもそうだな」


 アヤノの言葉でなんとか勇気を取り戻したジミオは再び立ち上がり、両手で木刀を構えた。


「やー!」


 ぐだぐだに振り降ろされた刀は魔森人を掠りもせず、地面を目一杯叩きつけた。

 反動で手が痺れたのかジミオは痛そうな表情を浮かべる。


「なんだ、今のへっぽこは! 練習で習った通りに振れ!」

「やー!」


 空気を切った。

 魔森人はさぞも愉快そうにキーキーと笑い声を上げている。


「お前はふざけているのか!」

「違う! こいつが動くから当たらないんだよ」

「殺されるのを行儀良く待つ魔物など居る訳なかろう……お前、もしや目を瞑ったまま刀を振っているのではないか?」

「そんなわけないだ……」


 心当たりがあったらしく、ジミオは口を噤んだ。


「よし、もう一度!」


 しっかりと刀を頭上に構え、標的から視線を外さないように気を使いながら振り下ろす。


 ――すかっ。


「当たる直前まで目を閉じるな!」


 当人はそのつもりなのだが、どうしても上の瞼と下の瞼が引き寄せられてしまう。

 人を斬るのであれば流血の生々しさやモラルの抵抗もあって、初心者は苦労することもあるが、たかが魔物一匹である。倒されれば煙と化す上に、その実態は魔力の寄せ集めなので厳密には生き物ですらない。

 けれどジミオは躊躇ってしまう。初日にゼリースライム相手に剣を失ってしまったことがトラウマとして、彼に付き纏っているのかもしれない。


「何を怖がっている! ペリアを助け出したいのならば、真面目に戦え!」


 ペリアという言葉にジミオは反応した。


「やー!」


 ごすっ。刀が魔森人の脳天を直撃し、中空な音を立ててのっぺらぼうは消滅した。


「良くやった。初勝利だ」


 アヤノは褒めて伸ばす方針らしい。

 魔森人は大した敵ではない。それはジミオも理解している。けれど、この些細な出来事はジミオに自信をつける一役を果たしたのだ。


「きゃははっ!」


 今度は前方で三人の子供が屈んだまま笑い声を上げている。


「ここは俺に任せて」

「いや、彼らは――」


 アヤノが何かを言い掛けたが、ジミオは既に闘気を漂わせながら突進中。


「たぁー!」


 鋭い攻撃。だが、彼の刀は瞬時に立ち上がった少女に片手で受け止められた。

 勿論、木刀はまったく鋭くないので彼女は無傷である。


「え?」


 三人の子供の顔には有るべきパーツが全て揃っていた。鼻、口、そして敵意に満ち溢れた目。

 ジミオは少年少女達の気が済むまでぼこぼこに殴られた。


***


 気がつくと彼は毛布を被せられて、見知らぬ小さな洞窟内に寝そべっていた。


「目が覚めたか」


 入り口から覗き込んだのはアヤノだ。


「アヤノ…、助けてくれても良かったんじゃ……」

「私は大人だ。子供の戯れにちょっかいを出すような真似はしない」


 戯れにしては明らかに度が過ぎていた気がすると、ジミオは講義を持ちかけようとしたが、子供相手にすら力負けした自分の滑稽さに気づき、話題を逸らそうと試みた。


「ところで、ここはどこなんだ?」


 アヤノは質問に答えず、洞窟の外に出て彼を手招いた。まだ少し手足が痛むのか、ジミオは歯を食いしばりながら体を自力で起こし、洞窟の入り口へと足を引きずりながら進んだ。

 外は辺り一面全て荒地だった。知らぬ間に鉱山地帯まで連れてこられたらしい。

 そしてアヤノの傍では、見覚えがある四人の子供が申し訳なさそうに唇を噛み締めていた。

 そのうち三人は先程ジミオを無慈悲な袋叩きに合わした子供達。もう一人は昨日、竜から助け出した黒髪の無口な少女だ。


「ここはこいつらの住処らしい。大人の力を借りず、子供だけで森の魔物を狩って必要な物品を集めながら、遣り繰りしているようだ」


 驚いたジミオは子供達を二目してみると、彼らの体には見落としていた様々な苦労の痕跡が残されていた。全員の背中、膝、腕などの至る所には魔物によって付けられたと思われる傷や打ち身。右手の指が五本揃っていない少女。左足が不自然に曲がっている少年。

 そして、一人の男の子は常に右目を瞑っているが、恐らく失明しているのだろう。

 言葉が見つからず、ジミオは愕然と目を見開いた。


「ごめんなさい」


 黒髪の少女は頭を下げながら謝罪し、他の三人の頭も順番に押さえつけながら、無理やり下げさせた。どうやら彼女は子供達の間ではボスのような存在らしい。


「いや、元々は俺の不注意が引き起こした事故だ。謝ることはない」


 少女は、ジミオが発している言葉の意味がわからないらしく、首を傾げている。彼女は難しい会話ができないようだ。


「えーっと、俺許す。全部おーけー。気にしない気にしない」


 ジミオは笑顔を作り、和解したことを彼女に伝えようと手を大きく振る。

 すると、少女は安堵して少し微笑んだ。


「ジミオ、歩けるか? 日が暮れるまでいくばくかの時がある」

「まだ少し痛むけど、多分大丈夫だ」

「そうか。ならば出発だ」

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