第十六話 ジミオ、勇者扱いされる

 西の果てにぽつんと存在する村は特別貧しそうには見えず、無駄に豊かそうでもなかった。人々の服装はそれなりに小綺麗だったものの、必要以上に身なりを整えていない。大した余裕は無さそうな生活感が伝わってくる。人気が極端に少ない事を除けばジミオの故郷によく似た、どこにでもある田舎町そのものだ。


「すみません、ちょっとお伺いしたいのですが」


 ジミオはピッケルを持って忙しそうに走っている男に話しかけた。


「よそ者は帰れ。おめーにやれるもんはここにはねえ」


 その他にも二、三人に声を掛けてみたが、どれも同じような答えが返ってきた。ここは部愛想で閉鎖的な村だとは聞いていたが、これは余りにも露骨すぎる。


「この村の連中は訪問者に鉱山の資源を搾り取られるのを恐れている。貿易が少ない彼らに取っては、金の出処と成る鉱山は命の次に大切な物だからな」


 確かによほど珍しい、もしくは高価な品物が無ければ、この辺鄙な田舎まで商人が訪れることはあまりないだろう。彼らの世の中から解離した生活は、鉱山より得た資源によって成り立っていると言える。


「しかし、誰か一人ぐらいまともに話をしてくれる人が居てもいいと思うんだが」


 少し年配の女が木と家の間に吊るされたロープに洗濯物を干している。

 ジミオは声を掛けてみた。


「すみません。こちらは旅の者なのですが、竜の巣について知っていますか?」

「竜の巣? あたしゃそういうのに関しては、あんまり詳しくないんでね。村長にでも訊いてみたらどうだい?」

「村長はどこに居るんでしょうか?」

「村の中央広場、ほら、あっちにそこそこ大きなりんごの木が生えてるでしょ? そこのすぐ隣に村長の家があるよ」

「ありがとうございました」

「しっかし、そこの女の子どっかで見たことがある気がするのよね。その子、あんたたちの娘なのかい?」

「い、いえ! そそそそそ、そんなわけななななななないででで――」


 顔をゆでだこのように赤く張らせて、テンパリまくるジミオ。


「行くぞ」


 意味不明な言葉を羅列させる童貞丸出しなジミオの首根っこを左腕で引っ張りながら、アヤノは村長の家へと向かった。


「さっきのような問いには嘘でも、そうですと答えるべきだ。村の孤児を勝手に拾ったと知られたら、ややこしい事態を招く可能性がある」

「え、でも……」

「赤の他人による些細な誤解を私が気にするとでも思うのか?」

「いや、些細じゃないだろ」

「どちらにせよ、赤の他人だ。あまり気にかけない方がいい」


 村長の家はその他の民家と比べれば、多少は大きさが優っているが、特別華々しいことはなかった。豪華な造りにする余裕がないのか、それとも村長の趣味なのかはわからないが、少なくとも権力者によくいる金の亡者ではなさそうだ。


「ごめんください」


 こつこつ、と玄関に礼儀正しくノック。


「返答がないな。ならば――」

「あっ! 鍵が空いてるぞ、アヤノ」

「とう!」


 時、既に遅し。

 ヒンジごとぶち破られた扉は勢いよく吹っ飛んでいき、向かい側の壁に激突して跡をくっきりと残した。穏やかじゃないですね。


「俺たち、この人に頼み事をするんだよな?」

「案ずるな。脅迫するのならば、怯えている方が容易だ」

「強盗じゃあるまいし……」


 確かに脅せば交渉に拍車がかかるかもしれないが、もう少し穏便に目的を達成したいものである。


「誰か居ませんか?」


 返事は無い。


「内部を捜索させてもらおう」

「えっ、勝手に上がるのか?」


 家内に堂々とアヤノは入りこんだ。仕方がないので、ジミオも申し訳なく思いながら彼女の後に続いた。

 扉の先に広がる部屋は清潔感があり、人間が住んでいるとは思えない片付きようだった。ソファやテーブルは有るものの、どちらも使用された形跡はまるで残されていない。壁には複数の額縁が飾られており、どれも顔をしかめた白髪の老人が描かれている。ジミオは彼らに睨まれているような錯覚に襲われ、身震いをした。


「お前はそこで待っていろ」


 迷うことなく、屋敷から一歩踏み出すジミオ。


「お前じゃない。そこの女の子だ」


 アヤノは玄関で棒立ちしている、前髪で顔が隠れた少女を指差した。


「そ、そうだよな! 知ってた、知ってた。名前が無いと、ややこしいなぁ。あははは」

「ついて来い、ジミオ」


 二人は最初の部屋を通り抜け、裏口の先に続く廊下に足を踏み入れた。


「な、何か聞こえないか?」


 ジミオは身震いしながらアヤノにしがみつき、そう呟いた。

 唸り声みたいな低いトーンだが、奇妙なメロディーにも聞こえる。


「奥の部屋からだ。確かめるぞ」

「や、やめておかないか? 危険な感じがする……」


 アヤノはジミオの臆病風に吹かれた言葉には耳を貸さず、音源の元へと歩み寄り、不吉な歌声が流れ出している部屋の扉をそっと僅かに開けて中を窺った。


「アカネイア、エレブ……ユグドラル、バレンシア………………ヴァルム!」


 老人が呪文の詠唱をしている。そして詠唱が終わると、最後に理解不能な奇声を上げ床に倒れこんだ。


「異端宗教の儀式らしい」

「珍しい。国の辺境にはまだ残っているんだな」


 アヤノとジミオはその儀式を扉の隙間から眺めた。

 髪を後頭部に丸く纏めた四人の大男が倒れた老人を取り囲み、真剣な顔つきで老人を見守っている。


「神は告げた!」


 老人は突然、悪魔に取り憑かれたように目を大きく見開かせた。


「竜を滅し、我らの村へ幸福を運ぶ勇者の存在を。竜を浄化する者の在り処を」

「どこぞでございましょうか?」

「次に村を訪れる旅人じゃ。我らの依頼を受け、竜を下界の彼方まで葬り去ってくれよう」

「それは、先日も言いましたよね。その時の若者達は殺したとほざいていましたが、またまた今日も竜が現れたんですよ?」

「これ、黙りなさい。村長様のお告げの有り難みがわからんのか?」

「あぁ、はいはい。ありがたやありがたや」


 ねちねちと文句を言い、面倒くさそうに受け答えをした巨漢は、他の連中より一回り幼い顔立ちをしている。新米なのだろう。


「話は聞かせてもらった! 我々が竜を倒しに来た英雄である」

「ちょっ、何言ってるんだよ……!」


 ドアを押し開き、清々しいほどの図々しさでアヤノは怒鳴り込んだ。


「おぉ、わしの夢に出てきた者と同じ顔立ち! 間違えようがない! 神は彼らのことをわしにお教え下さったのじゃ!」


 一人を除き、大男達は驚きと感心に溢れた眼差しをジミオ達に向けた。


「また、適当なこじつけを……。そうやって無理に宴会を開催する切っ掛けを作りたいだけでしょうに」


 信仰心が足りていない幼い顔立ちの巨漢がねちねちと文句を呟いた。


「皆の衆、今夜は彼らの到着を祝おうではないか! 村中の新鮮な肉や果実を有りっ丈かき集めるのじゃ!」


***


 そんなこんなでジミオ一行はありがたく、ご馳走を頂戴する事となった。


「この油っぽい骨つき肉……。口に広がる食感が堪らないぞ」

「……」

「お前は食わないのか?」

「ペリアが危険な状況にいるかもしれないのに、こんなことを呑気にやっていていいのか?」


 ネガティブなオーラ満載のジミオを無視し、アヤノは骨のみが残るまで骨付き肉をしゃぶり尽くした。


「ペリアを助けたいのなら、腹一杯食べろ。それで、明日のために備える。我々の敵はあのおぞましい怪力を持つ竜だ。体調は可能な限り好調にしておくべきだと思わないか?」

「まあ、確かにそうだけど……。そういえば、黒髪の女の子は?」


 村長の家の玄関で置き去りにしたっきり、彼女の姿を見ていない。


「自分の家へ帰ったのではないか? 或いは、森の中へ戻ったのかもしれん」

「ペリアが知ったら怒るかなぁ」


 ジミオは深いため息を吐き、気分転換するために腹の欲望を抑えることを諦めた。


「確かに旨いな」

「だろ?」


 本国では手に入らない珍しい果実。堅くて太い皮を纏っているが、それを剥き、露わになる内側にはじゅわりと流れ出るハチミツのように甘い汁が隠されていた。


「こちらも食べてください」

「ん? ありがとう」


 幼い男の子はジミオにこんがりと焼かれた羊肉を乗せた皿を運んできた。彼は無事食物を手渡したのを確認すると、足を引きずりながら元来た方角へ帰って行った。

 なぜ足を引きずっているのだろう? もしかしたら、どこか痛めたのかもしれない。そう考えたジミオは去っていく子供に声を掛けようと立ち上がった。


「なあ……」


 少年は足を挫いてはいなかった。足首に鉄球を結び付けられていたのだ。


「まさか」


 ジミオは驚きの声を上げた。


「人間の所有はかなり昔に国が禁じたはずだろ」

「ここは、国の手が届かないからな。国の法に従う必要は無い」


 肉を貪りながら、アヤノはあの少年に対してさぞも関心が無さそうに答える。


「でも、あんな非人道的なことを平気でやるなんて……」


 もしかしたら黒髪の少女も彼らに捕まって働かされているのかもしれない、という不安がジミオの頭を過った。


「歴史を少し遡れば、王都の連中も同じことをやっていた。この村の連中に彼此言う権利は無い。それに私たちの行動でどうにかなる問題でもないだろう?」


 アヤノの言っていることは筋が通っているように聞こえる。しかし、ジミオは自分の中で渦巻く感情を無視することはできなかった。どうしてもこの現状を許すことができなかった。

 そうだった。彼は世の中の理不尽さを覆すために旅へ出たのだ。そして、今、ジミオは自分が最も憎んでいた物を目の当たりにしている。

 だが意欲が燃えるたぎるその反面、ジミオはその理想がいかに非現実的だということも心得ている。彼の貧弱な力では世界はおろか、こんなちっぽけな村一つ変えることは不可能。所詮、自分はその程度なのだと彼は自虐的な心情に陥った。


***


 その晩、ジミオは酷い悪夢に魘された。四方八方から迫り来るのっぺらぼうの子供達。どの子も手に皿を掲げていて、ジミオのことを執念深く追いかけてくる。

 降り注ぐ恐怖から逃れようと、ジミオは必死に少年少女達を避けながら永遠に続く道を進むが、勢いよく転んでしまい、地面と衝突してしまった。

 慌てて起き上がると目の前には見覚えがある容姿の少年が待ち構えており、ジミオの前に鉄皿を差し出した。


「こちらも食べてください」


 皿の上には、ジミオを恨めしそうに見つめる少年の顔があった。

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