第十三話 アルベンくんリターンズ

「生い茂ってて、歩きづらいわね」

「我慢しろ、ここを抜ければすぐに到達する」


 道を知っているらしいアヤノの後を追いながら、彼らは荒野を超えた先の深い森林を駆け抜けていた。


「……チッ…またか」


 無表情のまま、彼女は口を覆う布切れの裏で軽く舌を打った。


「どうしたんだ、アヤノ?」

「右へ行くぞ」


 先刻からやたら曲がる回数が多いので、訝しそうな顔を浮かべながらアヤノの後を追うジミオだったが、別に彼がグループの舵を取っても結局迷子になるだけなので、何も言わずじまいである。


「ううっ……枝に引っかかる。本当に邪魔なのよね、この羽」

「使い道はあるのか?」

「一応、飛ぶために使えるわよ。あたしは扱うのが下手すぎて、ちっとも飛べないけど。地面が遠いところにあると、怖くなってすぐ目を瞑っちゃうのよ」

「妖精なのに高所恐怖症か。滑稽だな」


 ペリアはジミオの嘲笑にプクーと頰を膨らませた。


「あんただって人間なのに、弱いじゃない」

「弱い人間なんていくらでもいるさ。珍しくもない」

「じゃあ、弱い人間がたくさんいるのなら、飛べない妖精だってきっとたくさんいるはずよ」

「なんだかこじつけっぽいけど、そういうものなのか……?」


 もう一度右、もう一度左。

 彼らは永遠にぐるぐる回っているような錯覚を感じ始めた。ペリアはともかく、今朝の特訓でしごかれたジミオのスタミナはそろそろ限界の境地だ。


「アヤノ、ちょっと休憩しないか?」

「しっ! 静かに。何かが居る」

「えっ?」


 そう言った途端、ジミオの顔は地面の中にのめり込み、口内に泥の素朴な味が広がった。彼に状況判断をする間も与えず、アヤノはジミオの頭を強引に押さえ込んで茂みの下に伏せさせたのである。


「ねえ、どうしたの?」

「しっ! お前も伏せろ」


 一同が静まり返り、変わりに周辺の小さな物音までもが耳まで届くようになった。注意深く、その場で耳を傾けていると、不安定な足音が聞こえてきた。

 ずさーっと、足を地面の上で引きずる音。たどたどしい、不規則な足踏み。


「ただの酔っ払いじゃないのか?」

「弱っている魔物かもしれないわ」

「或いは、弱っている魔物のふりをして獲物をおびき寄せている魔物なのかもしれん」


 足音は次第に大きくなり、ジミオ達の元へと近づいてくる。茂みから顔を上げれば、正体が見えるほどの近距離までは接近しているはずだ。


「この経路では……鉢合わせしてしまう。不意打ちをしかけるべきか?」


 アヤノは連れ達の返事を待たずにジミオの背中を踏み台にし、茂みの上を颯爽と越え、未知の生物に正面から飛びかかった。


「ぎゃーっ!?」


 この間抜けでありながら、イケメンなトーンを持つ悲鳴、どこかで聞いたような気がしてならない。


「ひーっ、許してくれ! 目的は一体なんだ、優秀な俺っちが何でもしてやる! 金だっていくらでもくれてやるぞ! だから、殺さないでくれー!」


 声の主の正体に気づいたジミオは「アヤノ、そいつは始末してもいいよ」、と反射的に口走っていた。


「じみっち? じみっちなのか!? そこに居るなら、俺っちを助けてくれ〜!」

「知り合いか?」


 アヤノが片腕で容易く地面に押し付けていた男は、ジミオの幼馴染アルベン。

 屈強な彼はボロボロに敗れた見すぼらしいシャツを纏っており、身体中に傷跡が付いていた。


「始末してもいいとは言ったけど、流石にやり過ぎじゃないのか、アヤノ……」

「私の仕業ではない、此奴は元から負傷していた」


 危険は無いと悟り、アヤノは腕を彼の背中から退ける。


「ドラゴンにやられたのか?」


 癪に障るが、ジミオはアルベンの戦闘能力が桁外れだということは知っている。そのような強者さえも、打ち砕いてしまうドラゴンとは一体どれだけのパワーを――


「違う。ドラゴンなら俺っちと、連れの実力でちょちょいっとぶっ殺したんだぜ」

「なら、どうして……?」

「それが、俺にもよくわからん。昨日ドラゴンを退治した後、俺たちはキャンプを張って、記念の飲み会を楽しんでいた。ところが、そこへいきなり現れた黒服の集団に急襲されたんだ」


 アルベンは悔しそうに、拳を地面に叩きつけた。


「そこで、俺の仲間達は全員殺された。酒に強いこともあって、酔いが浅かった俺だけが運良く命からがら逃げ切れたんだ」

「ふむ、物騒だな……」


 当事者を前にしながら、まるで他人事のように答えるアヤノ。まあ、実際のところ他人事なので間違ってはいない。


「そういえば、じみっち、こいつは誰だ?」


 そう言って、彼はアヤノを指差す。


「シフェルトで雇った用心棒だ。名前はアヤノ」

「……ったく、寿命が十年は縮んだぞ。襲撃してきた集団とそっくりな服装をしてるから、殺されるかと思って小便ちびり掛けたぜ……いや、ちょっとちびったな」


 ジミオの肩を支えに使いながら、彼は再び立ち上がった。


「しっかし、残念だったな、じみっち。お前もドラゴンを狙ってここまで来たんだろうが、俺っちがもうとっくのとうに仕留めちゃったんだからな。ははは」

「……」

「せいぜい、お前らも変な集団に殺られないよう気をつけろよ。俺はシフェルトへ戻って、竜退治の報酬をギルドから貰ってくるぜ。あばよ」


 つい数分前まで仲間の死を嘆いていたアルベンは、けろっとした表情で「賞金独り占め、うひょ!」と言わんばかりの陽気な足取りで去っていった。


 もし、アルベンの言った言葉が真実なのであれば、それはとても残念な事だ。残された財産を全て叩いてまで、アヤノを雇い、四苦八苦してここまで辿り着いたのに、見返りが全く無いのはあんまりである。


「……二十本、二十一本、二十二本……」 


 失望に包まれたジミオは、再び草むしりモードに入ってしまった。


「だ、大丈夫よ。これからも、きっと機会は沢山訪れるわ」

「……三十本、三十一本、三十二本……」 

「私は諦めるにはまだ早いと思うがな。あいつが嘘を吐いていないという、証拠はあるのか?」

「四十……そういえば、無いな。うん、そうだな。取り敢えず、自分の目で確かめてからにするか」


 無事、意気込みを取り戻したようだ。単純な性格は時に有利に働く。

 残された気力を振り絞り、再び出発しようとしたその時――


「ジミオ、上だ!」


 アヤノの咄嗟の叫びに反応し、ジミオは何事かと空を見上げてみた。

 眩しい太陽の光が目を眩ませる。だが、紫色に輝く大きな浮遊物体がそれを遮り、広大な影を彼らの上に落とした。


「ドラゴン……」

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