第十二話 夜に二人で
テントまで戻ると、既に三人分の寝袋が用意されていた。そのうちの一つに、愛くるしい寝顔のペリアが暖かそうに身を包んでいる。
ジミオは心のスケッチブックに、その姿を克明に刻んでおいた。
「……ん、んっ。もう交代の時間なの?」
「あっ、ごめん。まだ寝ていても大丈夫だ」
「謝らなくてもいいわよ。どうせ目が冴えてて、ちゃんと寝れてなかったんだもの」
ジミオはペリアの隣にある寝袋に潜り込み、横になって彼女とは逆の方向を向いた。顔を合わせて寝るのが気まずいのであろう。
「まだ戦い足りないからか?」
「ん〜、それもあるかもしれないけど……」
「違う理由なのか?」
「うん。きっと、あたしにとって……今が楽しいからだと思うの」
「楽しい?」
「うん、明日が楽しみ過ぎて、うずうずしちゃう。ちっとも、眠くならないわ。友達と一緒に旅をして、共に戦うなんて初めてなんだもの!」
共に戦ったことなんてあっただろうか、と首を傾げるジミオ。
「ねえ、気になっていたんだけど、ジミオはどうして旅をしているの?」
アヤノには成り行きで教えてしまっていたが、彼はペリアとこの話題を交わしたことはなかった。
「笑うなよ?」
相変わらす、念を押す。ジミオに自信がつく日はまだ遠そうだ。
「俺はな、勇者になりたいんだ」
「前にそんなこと言ってたわよね。勇者ってなんなの?」
「知らないのか? 勇者ってのは圧倒的な力を持ち、人類のために偉業を成し遂げた、もしくは成し遂げる予定の人間のことだ」
「全く、あんたに似合わないわね」
「うるさい、笑うなって言っただろ」
ペリアはこぼれ出る笑いを手で抑えながら、必死に踠いている。
「そもそも、どうしてそんなのになりたいのよ? 人類のために何かしなきゃいけない義理でもあるの?」
「別に義理なんてないが……かっこいいだろ? みんなに『勇者様、勇者様だ!』って、有り難がられたり、称えられたりしたいとは思わないのか?」
「よくわからないわ。別に他人に認められるために生きてるわけじゃないもの、あたしは」
「いや、別にそんなエゴな意味じゃなくてさ……まあ、ちょっとはそういう気持ちもないこともないが。俺は人を助けることができて、その助けられた人に感謝される生き方ってのに憧れてるんだよ」
「ふーん……でもそれって、別に勇者なんかにならなくてもできるんじゃないの? 困ってる人なんて、この世にごまんといるじゃない」
「そんな小さなことじゃ意味がないんだよ。俺はみんなを助けたいんだ。最近の勇者は金持ちや政治家とつるんで、俺の家族みたいな貧しい人々はそっちのけさ。だから俺が勇者になって、貧しい人たちを助けて、そんな俺に憧れた人が新しい勇者になって、また貧しい人たちを助ける。そんな優しい世界を作るのが俺の夢なんだ」
「気が遠くなるような時間がかかりそうね、その計画。そもそもあんたが勇者になるのが前提って、流石に無理があるんじゃないの?」
折角、アヤノに慰められたばかりのに、またもや夢を否定されてしまった。
「俺のことはもういいよ」
口を尖らせながら、ジミオは言った。
「ペリアはどうして旅をしているんだ? やっぱり、強い奴を探すためか?」
「う〜ん、旅をしているっていうか、帰れなくなったっていうか……」
「迷子なのか?」
「そうじゃなくて、妖精界から追い出されちゃったのよね」
妖精界という聞き慣れない単語にジミオは顔をしかめた。
「どうして?」
「妖精界にはね、六賢者っていう偉い人たちがいて、その人達は私が世間に害を与えているって思い込んでいたから、
「妖精も大変なんだな」
「そうそう、大変なのよ……って、そういえば、もうあたしが妖精だってこと疑ってないの?」
「流石に、ここまで強情に変なキャラ設定を押し通す人間はいないだろうからな。それにペリアが本当は妖精じゃなくても、別に俺は気にしないしな。ペリアの種族が何だろうと、ペリアはペリアだろ?」
「当たり前じゃない、ふふ」
ジミオの言葉に信頼を感じたのか、ペリアは嬉しそうに微笑んだ。
「ペリアは時々、故郷を思い出して、寂しくなったりしないのか?」
「えへへっ、実を言うとこっちに来てからの方が余り不自由する必要がなくなって、住み心地がいいのよね。向こうだと、喧嘩をするだけで両親が一週間は外出厳禁にするし、学校で気が合う友達もいないし。むしろ追放されて清々したわ」
孤独な子供時代を送ってきたジミオは、彼女の過去に共感を覚えた。ハブられた理由は、恐らく対照的だっただろうが、辛い思いを共有できることに変わりはない。
「……なあ、ペリア。君にはちょっと刺激が足りなかったのかもしれないけど、妖精の世界って絵本にでてくるような、争いの無い、魔法や幸せに包まれた場所なのか?」
返答は無い。既に寝てしまったのだろう。
ジミオはもう一度彼女の寝顔を見たいがために、寝返りを打とうかと考えたが、恥ずかしくなってやめてしまい、結局そのまま眠りについたのであった。
***
「おい、起きろ」
「むにゃ…、まだ早い……」
ジミオが抵抗気味に瞼を開くと、目前には短刀の先っぽが――。
「はい! 起きました!」
心機一転。飛び跳ねるように起きたジミオは、その場に正座した。
「よし、今から特訓を開始する」
「え? どうして、俺がそんなことを……?」
「強くなりたいと言ったのは、お前だ。私がみっちり教え込んでやる。期待したまえ」
アヤノの修行は過酷そのもの。ジミオの筋肉は擦り切れる寸前まで酷使された。これからも毎朝行う予定だと聞いたジミオは、慈悲を乞いながらアヤノの足に縋りついたが、勿論、彼女は動じない。
その後、彼らは昨日手に入れた食物で軽く食事を済まし、再び国境の果てにある村を目指して進み出す。
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