第十一話 ゴブリンスレイヤージミオ

 アヤノはアイテムボックスから次々と寝袋、テント、そして焚き火用の薪を取り出し、一瞬の内に荒地をキャンプサイトへと変貌させた。仕事柄の都合上、普段から頻繁に外泊するので、野宿の準備はいつも整えているらしい。

 ジミオはオクトパイがドロップした触手を、薪の上に掲げられた鍋に放り込み、手から小さな炎を放出して薪を着火させた。ここまでに倒してきた魔物から、採取した食材が沢山あるので、腹の心配もしなくて大丈夫だ。


「無詠唱の炎魔術を使えるのか?」


 無表情のまま、アヤノは驚いた声音でジミオに尋ねた。


「これ、魔術なのか?」

「当たり前だろ……」

「へえ、知らなかった。母さんに習ったんだけど、俺の故郷は燃料に使える物が乏しいからな。節約のためにこうやって火を焚いていた」

「戦闘でも使えるのではないか?」

「無理だと思うぞ。料理する時以外に出せた事は無いし、これ以上の威力は出せないからな」

「役に立たんな……」


 ジミオは視線をアヤノから料理へと戻す。手軽な茹で料理だが素材は結構な高級品だし、味は絶品だろうなあ、と涎を垂らしながらジミオは考えた。


「これ……美味しいの?」


 ペリアは疑わしそうに鍋の中を見ている。


「失礼だな、こんな高等食材は滅多にありつけないんだぞ」

「ふ〜ん。じゃあ、あたしも食べてみようかな」


 アヤノが用意してくれた調味料を、ジミオは勘に任せて鍋に適当に振り込んだ。


「そういえば、ペリアが何かを食っていたのを見たことないな」


 ジミオは高級旅館での食事を思い出し、そう呟いた。


「妖精は人間と違って、食事を取らなくても大丈夫なの」

「そうなのか。じゃあ、何をエネルギーにして動いているんだ?」

「う〜ん、さあ?」

「さあって……自分の事ぐらい、知っておくべきだろ」

「へへ、ごめん。学校の授業は殆ど寝ていたから、生体についてとか、全然わかんないのよね」


 鍋の中から香ばしい香りが漂い出してきた。そろそろ、食べ頃だろう。

 ジミオは自慢の木刀を目前に構え、煮えたぎる鍋の中で蠢いている真赤なタコ足を見事に串刺しにした。


「思ったよりは便利だな、これ」

「敵を切る物で、食事をするのは衛生的にどうかと思うわ」

「食材もその敵なんだから、同じことだろ。そもそも、この剣はまだ使ってないし」


 迷うことなく、ジミオはタコ足にかぶり付く。ぷりっぷりに赤らんだ、その触手は絶妙に柔らかく、噛むたびに口内をエクスタシー状態へと飛揚させる。


「ほっ、ほっ、あつい! でも、旨い!」

「どれどれ、私にも一本くれ」


 アヤノは腰に纏っていた短刀を鍋に差し込み、獲った触手をぱくりと丸ごと口に含んだ。


「うむ、確かに絶品な味だ。ペリアも一つ食べたまえ」

「や、やっぱり遠慮しておくわ。なんか汚い気がするし……」


 結局、ジミオとアヤノが二人で全てを平らげてしまった。太陽は既に地平線の彼方に沈んでおり、彼ら三人の他には人間が近くにいないので、瀕死状態な焚き火と星明かりを除いて、周辺は真っ暗である。公平にじゃんけんを行った結果、ジミオが最初の見張りを引き受けることとなり、女性らは睡眠を取りにテントへと潜り込んだ。


「……そろそろ、寝ついたかな?」


 忍び足でテントへと進み、表面に耳を当てて寝息が聞こえるか確認するジミオ。


 ――沈黙。


 起こしてしまわないように、音を立てずにゆっくりと歩き、地べたに寝そべっている木刀を拾う。彼は早速アヤノに貰った木刀を試そうと思ったのだ。


「おーい、魔物や〜い!」


 たった一人で、暗い荒野を突き進むジミオ。ただでさえ危険な行為なのに、敵を刺激するような発言を繰り返している。


「怖がりのビビり魔物! 俺が相手してや……痛てっ!」


 突然、痛みが彼の右脛に響いた。地面を調べると、やたらと先鋭な小石が落ちている。慌てて辺りを見渡すと、そこにはちっぽけなゴブリンがキョトンとしながら立ち止まっているではないか。背丈や未熟な歯並びから、若い子供ゴブリンだと推測できる。ジミオでも倒せそうな敵だ。


「よし、いくぞ!」


 勢いよく木刀をぶん回し、呆然と立ち尽くしている子供ゴブリンのこめかみに刃が直撃。結果、小さな魔物は夜空を仰ぎながら飛んで行き、着地と共に煙と化して消滅した。


「よっしゃ!」


 弱いもの苛めをして、プライドを取り戻すことに成功したジミオ。あっさり倒されてしまったゴブリンと同等な哀れさである。


「次の雑魚も掛かってこいや!」

「ガギャッ!」


 薄汚い呻き声がジミオの耳に届いた。音量からして、さほど遠くない位置からだと思われるが、辺りが暗くて居場所の見当がつかない。


「隠れてないで、出てこい! この臆病者が!」

「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」


 いつの間にか、大勢のゴブリンに囲まれているではないか。彼らのグロテスクな顔についた黄色い目玉は憎しみに満ちており、今にも切れそうな血管が何本も浮き上がっている。どうやら、仲間が殺されたことに激怒しているようだ。


「えー、申し上げにくいのですが、一人ずつお手合わせ願えますかね?」

「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」「ガギャッ!」


 ジミオの提案は拒否されたみたいだ。ゴブリンの集団は各々の大口をぱかっと開き、ジミオの頭蓋骨など楽々貫いてしまえそうな鋭い牙を剥き出しにした。


「ガギャッギャッ! ガギャッギャッ!」

『ガギャッギャッ! ギャッギャッギャッ!』


 親玉と思われる、銀のナイフを装備したゴブリンの掛け声に、周りの仲間達は怒涛の返事で答える。さぞ、ご立腹なご様子だ。

 ジミオは震えながらも体制を整え、健気に剣を構えようとするが、恐怖に押し負かされて地面に膝を落としてしまった。


「ガギャー!」


 ゴブリン達は一斉に飛びかかった。


「ひぃーっ!」


 ジミオは防御本能の赴くまま、体をダンゴムシのように丸め、後頭部を両手で覆った――


 ……。

 

 …………。


 ……………………。


 ――だが、衝撃はいつになっても訪れなかった。


「お前は何をやっているのだ」


 いつの間に来たのか、アヤノがジミオの前に立っていた。


「あばの〜! こゔぁがっだよ〜、ぐすん。ぢぬがとおもた! あびがど!」


 ジミオは鼻水と涙を満遍なく垂らしながら、膝をついたままアヤノの足に抱きついた。


「私の仕事はお前の安全を守ることだ。わざわざお礼など言わなくてよい」


 彼女はアイテムボックスからハンカチを取り出し、ジミオの顔を拭いた。


「だが、その仕事を今後も円滑に遂行するために一つ知りたいことがある。なぜ、自分を危険に晒した? 夜は敵の位置が窺えない故、私のような玄人でも大変危険だ」

「だっで……っいぐ。だって……」

「一旦、深呼吸をしろ。まともに話せていないぞ」


 すーはー。すーはー。


「その…、俺だけ役に立たないのは、なんか申し訳なくて。みんなと一緒に居ると、俺が戦う前にアヤノとペリアが全員仕留めてしまうし、今の内に練習して追いつこうと……」

「別に申し訳なく思う必要は無い。かく言う私は、全く気にしていないからな」

「でも、俺が気にするんだ! 俺は勇者になりたいのに、自分一人の面倒すら満足に見られないなんて……。あ、笑わないでくれよ。俺みたいな奴の器には、見合わない夢かもしれないが」

「他者の立派な夢を笑う訳がなかろう」


 アヤノの真剣な眼差しはジミオに取って、何よりもありがたい救いであった。これまで、彼が自分の夢を伝えた人達は、皆例外なく嘲笑や、幼い子供に向けるような暖かい笑みを返してきたのだ。

 だが、アヤノは違う。残酷な否定も、軽率な肯定も口にせず、ただ彼の意思を立派だと尊重してくれたのだ。


「お前は自分に自信を持て」


 優しくジミオの肩に右手を乗せ、アヤノは彼を励まそうとした。


「持とうにも、それに根拠を与える才能や力は俺には無いんだ。だから、俺の自信なんて単なる自意識過剰に過ぎない」

「自意識過剰で当然だ。誰に取っても、自信と言う物は自意識の塊なのだからな。もう少し、自分を信用してみろ。最初から強い人間などこの世にはいない。頑張れば、お前だって少しは――」 


 続けるべき言葉について冷静な熟考を重ねているのか、彼女は口をしばし紡いだ。


「――強くなれそうもないな」


 彼女の言葉は容赦なくジミオのメンタルを瓦解。


「どうせ、俺なんか……。どうせ、俺なんか……。どうせ、俺なんか……」


 意気消沈してしまったジミオはその場に屈みこみ、草の根を一本一本丁寧に抜く作業に没頭している。

 何か他に励ましに使える言葉はないかと首をかしげるアヤノ。


「んー、あ、そうだ。何も才能を一つの事柄に絞る必要はない。料理はどうだ? 今日の飯は格別だった」

「……本当?」


 ジミオはピタリと手の動きを止めた。


「ああ、これまで私が食べた物で一位二位を争う」

「ははは、まあな。俺も料理に関してはちょっとばかりこだわりがあってだな、両親にも旨いって、良く褒められたもんだ。がははは!」


 あっさり復活。単純な奴である。


『ピーヒョロリオ〜』


 ジミオの笑い声を覆うように、甲高い笛の音が静まり返っていた荒野に響き渡った。


「魔物の群れが活性化する兆しだ。後は私に任せて、お前は寝たまえ」

「いいのか?」

「構わん。どうせ、お前に見張りなど務まらないからな」

「それもそうだな……。お休み、アヤノ」


 アヤノは返事をせず、落ち着いた眼差しで荒野を見渡していた。

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