第十話 俺、何か手伝えますか?
「イエス、マム!」
「困ったわね……」
さしたる罪ではなかったので、二日過ぎた後に無事帰還したジミオだったが、牢獄で調教された影響か、船乗りのようなポーズを取りながら、「イエス、マム!」としか答えない、壊れたレコードのようになってしまったのである。
「案ずるな。この角度で叩けば――」
ばしっ。
「あばばばばばばっ!」
アヤノがジミオの首筋に絶妙なチョップを咬まし、彼の体は弾かれたギターの線のように勢い良く振動した。
「痛ててっ……俺は古い魔法アイテムじゃないぞ」
治ったようだ。
「面白そう! 私にもそれ教えて!」
「良かろう。コツは――」
「止めろ、俺の首が吹っ飛ぶ! というか、いつの間にかアヤノと相当仲良くなってないか、ペリア?」
「でしょ!」
「お前が二日間牢獄で苦しんでいる間、暇だったもので闘技場の大会に二人で出場してきた」
「優勝したから1000ゴールドも賞金をもらったのよ!」
金額を聞いたジミオの瞳がギラリと意地汚く輝いた。隠す気が全く窺えない、清々しいほどの図々しさだ。
「でかした! お祝いに、今から高級レストランへ行こう!」
「私の取り分を分かち合うつもりは無い」
「あたしのはもう全部使ったわよ」
「前にも言った気がするが、一体全体どうやったらそんな大金を一気に溶かせるんだ!?」
「あんたもこの間、30ゴールド溶かしたじゃない!」
「私の雇い代に溶かすという表現は相応しくない。ペリア、それは投資と呼ぶべきだ。……そんなことより、お前達、ふざけていないでそろそろ出かけるべきではないのか? 私との契約期間は今日を含んで後三日だ。まあ、私としては楽な方が好ましい故、別に早急に旅立たなくてもよいのだが」
「それもそうだな。今から出発するか」
「村の場所は調べておいたわよ。あっちの西門から出て、真っすぐ一日も歩けば簡単に着くらしいわ」
善は急げ。他の連中に先を越されてしまっては、折角の機会が台無しになってしまう上に、またもや一文無しへと逆戻りである。
普段ならば躊躇や怠慢に駆られて、出発に赴く決意を得るのに大量な時間を要するジミオだが、今はペリアとアヤノ、二人もの心強い味方がいるので、そんなことはまったくなかった。
*****
チョコタートルが あらわれた!
安全な街の中から一転、外の荒野に踏み込んだ途端に魔物の群れに出くわした。敵の数は三匹。大きさと言えばジミオの膝程度までだが、頑丈な茶色い甲羅で身を守っているので、長期戦は避けられそうにない。
敵陣に先制攻撃を食らわせようと、ジミオは腰に手を当てて剣を引き抜こうとするが、言うまでもないとある事情に気づいて少し顔を赤らめた。仕方がないので、拳を振り回してパンチをお見舞いするが、彼へのフィードバックの方が大きなダメージとなった。
「か、硬すぎる……。ペリア、アヤノ、殻の部分に注意して攻撃を――」
「ぼっ、しゅーと!」
ペリアの掌から放たれた衝撃派は、一瞬にして哀れな亀さんを一匹打ち砕いた。
残された二匹も、アヤノが投げつけた鉄針に頭を一思いに刺され、なすすべもなく消滅した。
「……」
敵はあっさり、塵へと化してしまった。これは喜ばしい事のはずなのだが、ジミオの表情はイマイチ浮いていない。
「雑魚敵ね。ゴールドを全く落とさなかったわ。先を急ぎましょう」
ばくだんごが あらわれた!
「みんな、気をつけろ。こいつらは刺激すると自爆――」
どかん。
ジミオが忠告を告げ終える前に、ばくだんご達はペリアの強烈な攻撃を浴び、無害な煙へと爆散していた。
「……」
ジミオは呆然と、舞い上がる煙を見つめている。何か言いたげだが、気力が湧かないのか、無言のまま先へと進むペリアとアヤノに続いた。
オクトパイが あらわれた!
次の敵は単独で登場。だが、これまでの敵とは大きさが格段に違う。頭だけでも、牛二頭以上。その、こんがりと焼かれたパンのように膨らんだ頭から伸び出ている、八本の触手が荒々しく振り回され、彼らの接近を防いでいる。
「今回の敵は、少し期待できそうね」
どかん。
戦闘時間、おおよそ十秒。
「見かけ倒し……残念」
その後も、彼らは芝刈り機のように敵を雑草のごとく根こそぎ狩りつくしていった。
しまいには、彼女達の脅威が荒野の隅々に住む魔物達に知れ渡り、出会い頭に敵の方が逃げ出すようになってしまった。
「つまらないわ」
ここ一時間ほど、魔物一匹の影すら見ていないことを不服に思うペリア。
「……」
「ねえ、ジミオ。さっきから何も言わないけど、どうかしたの? お腹が空いたの?」
「どうもしない、放っておいてくれ」
彼は下を向いたまま、のろのろと気が重そうに後ろからついてきている。どうやら、自分が余りにも役に立てないので、拗ねてしまったらしい。まあ、彼女達の戦い方についていけるほど、強い人間なんてこの世に一握りも居ないだろうから、仕方のないことでもあるが。
「お前も戦ってみたいのか?」
「……はい」
「わかった、私の武器を貸してやろう」
アヤノは腰に取り付けてある黒い袋から、りんご程度の大きさの箱を取り出した。そして、その箱の蓋を開け、ひっくり返すと中からチープな作りの木刀が落ちてきた。
「すごい! 今の手品? どうやって、そんなに大きな物をその箱に入れたの?」
ペリアは興味津々に、アヤノが手に持っているアイテムボックスの中身を覗き込んでいる。
「知らないのか、ペリア? あれはアイテムボックスだ。空間圧縮魔法で作られた、便利な収納箱」
「お前たちは持っていないのか? 旅をするなら、一つは買った方がいい。一々、懐に仕舞っていては、そのうち限界がくるからな。欲を言えば、金品と武器を分けて整理するために、二つは欲しい。圧縮率十倍の安いやつなら、どこでも簡単に入手できる」
アイテムボックスは冒険者などの旅に生きる人々の間に置いて、今や必需品と言っても差し支えない。それほど、世の中に浸透している、お馴染みの魔法アイテムだ。
「ジミオ、お前に私の愛剣、
愛剣と言えど、所詮は尖った木の枝。がっくりとジミオは肩を落とし、落胆した。
「ほう、私の愛剣を見くびっているな?」
「あ、いえ、そんなことは……」
「いいや、絶対にそうだ。なんて冷たい、
アヤノは、よしよしと慰めるように、木刀を撫でた。
「非常に残念だ。お前に最も適した武器だと思ったのだが。なにせ、軽さ故に、腕力が矮小でも振り回すことができ、鈍さ故に、うっかり味方や自分を切ってしまっても怪我をさせず、安さ故に、壊れてしまっても大した損失にはならぬ」
確かに、ジミオの様な
「アヤノ、そっちこそ俺のこと見くびっているだろ?」
「ならば、この剣とお前はお似合いだ。見くびられている者同士、仲良く戦闘力を磨きたまえ」
ジミオは不満そうな表情を浮かべているが、取り敢えず木刀を受け取った。彼は素手よりは増しだと考えたのだろう。
「もうすぐ、暗くなりそうだ。今日はここらでテントを張り、野宿するとしよう」
「え〜? まだ、戦い足りてないのに」
「ペリアが戦い足りた頃には、全生物が絶滅しているだろうな」
「ちょっ、何よそれ!」
「あながち、間違いでは無さそうな見解だ」
「もー、アヤノまで!」
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