第八話 勇者だって腹は減るさ

 空腹に苛まれる中、ジミオはとある巧妙な作戦を編み出した。


「アヤノ、俺が損をするような状況に陥った場合は、どのような敵からでも守ってくれるんだよな?」

「そうだ」


 確認を取り終えた彼は、にやりと悪意に満ちた笑顔を浮かべ、トチ狂った首なし鶏のように、どたばたと走りながら作戦を実行へと移す。

 空腹は彼を異常な精神状態に持ち込み、理性を容易に踏みちぎり、凶暴な猛獣へと豹変させるのだ!


「頼もう! ありったけの料理を所望する!」


 ジミオは最寄りの料亭に飛び込み、威勢良く恥知らずな大声を張り上げた。

 店員は驚きの余りきょとんと立ち尽くしていたが、お客様だとわかれば話は早い。


「注文っす! 店のもん総出しっす!」


 一時も途絶えることなく運ばれる絶品の数々。みるみる伸びていく皿の塔。カスを飛び散らかしながら豚のように料理を食べるジミオ。

 その混沌とした光景をペリアとアヤノは静かに窓の外から見守っていた。ガラスの模様がジミオの下品な食い様を覆う、絶妙なモザイクとして機能している。


「ごちそうさま」

「お客様、全部で銀貨2枚と銅貨8枚でございます」


 安っ! とジミオは胸中で叫んだ。しかし、よくよく考えてみればこの程度の値段が妥当……いや、むしろこれでもまだ高い方であると気がつく。


 最近やたら狂いに狂った、「ここだけハイパーインフレ?」と突っ込まれるのを待っているかのような高値とばかり出会うので、金銭感覚が麻痺していたのだ。

 本来、金銭の取引では魔物からしか得ることができないゴールドは余り使われず、大半の買い物は国が発行する銀貨や銅貨で賄われている。

 その日の市場状況にもよるが、基本的には銅貨百枚で銀貨、銀貨十枚でゴールドという形で両替することが可能だ。

 だが、無一文のジミオには、そういう事情は全くもって関係ない。


「お客様?」


 ウェイターは反応しないジミオを不審に思い、再度呼びかけた。

 すると彼はポケットから小銭を取り出す仕草をし、ウェイターの不意を突いて――


 ――DASH!


 その姿はあまりにも滑稽であった。ジミオは大量の皿を乗せたテーブルを飛び上がる弾みで転倒させ、ふっくらと満たされた大きな腹を抱えながら外を目指して全力疾走。

 正直、大した速度ではない。彼を捕まえるのは容易だろう。だが、油断していたウェイターはひっくり返されたテーブルの下敷きになっており、身動きが取れない。

 ジミオは勝ち誇ったような笑みを顔に宿した。


 外で待っていたのは、呆れ果てた表情を浮かべるペリアと無表情を貫くアヤノ。

 彼女たちは特に口出しせずに彼の後をつける。


 ああ、仲間(一人は金で雇っただけだが)を持つことはなんて素晴らしいのだろう、とジミオは思った。危機に陥っても、世間を敵に回しても、くだらない失態を繰り広げても、必ず彼の側に立ってサポートしてくれる。彼らはジミオの掛け替えのない――


「警備の者は居るか! 食い逃げだ!」

「傭兵さ〜ん!」


 前言撤回。

 アヤノとペリアにいち早く通報され、ジミオは見事に裏切られた。


 その後、特筆する必要があるような波乱の展開はなく、ジミオは暑い日の素麺よりもあっさりした具合に王都の警備隊に捕まったのである。


「アヤノさん! 損害を受けそうな場合、敵が誰だろうと助けてくれるって言いましたよね?」


 目に涙を浮かべながら、ジミオはそう問いかけた。


「雇い主の精神的向上を計らうのも私の仕事だ。牢屋でお前の道徳観念を見直し、存分に精進してきたまえ」

「そ、そんな〜!」

「あんたって本当に馬鹿よね……」


 頑強な巨男に引きずられながらも、ジミオは爪を地面に食い込ませて必死に無駄な抵抗をしている。


「一つ、助言しておこう」

「な、なんだ、アヤノ?」

「牢獄は男ばかりでむさくるしい場所。そして、そこにいる者の殆どは長期滞在者だ」

「それが、何か?」

「平たく言うと……掘られないように気をつけろ」


 ほられる?

 きょとんとした視線を返すジミオ。


 そして、ジミオの永くて程々にねっとりとした牢獄での調教が始まったのである。

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